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"付き添い”の男性のアプローチは優しかった

大学3年生の秋、わたしは友人に連れられて街コンに参加した。念願の国立大学に編入し、学祭を目前に控えていたそのころ、わたしは例にもれず浮かれたお気楽な大学生だった。就活もまだ本格化しない、宙ぶらりんな時期。3月にそれまで付き合っていた彼氏と別れて以来、新しい恋人が欲しくてたまらなかったわたしは、躍起になって合コンばかり行っていた気がする。

それでも、合コンはことごとく失敗に終わっていた。だから友人の街コンの誘いにも、飛びつくように二つ返事でOKをした。

下北沢で開かれたその街コンは、小洒落たイタリアンが会場だった。駅前で友人と待ち合わせてレストランに入ったとき、参加女性たちの気合いの入りように気圧されたのをよく覚えている。普段着のニットとジャケットという出で立ちだったのはわたしたちだけで、他の参加女性はみんなきちんとしたよそ行きのドレスを着ていた。

あまりのアウェイさに開始早々帰りたさMAXになっていたわたしたちといちばん最初にマッチング(男女とも2人組で参加し、男性たちが10分ごとに席を移動するというよくあるスタイルだった)したのが、ややふくよかな男性と背の高い無口な男性の2人組だった。彼らは2人とも穏やかな好青年といった雰囲気だったので、わたしたちの緊張は幾分か和らいだ。

彼らは職場の同僚でエンジニア、20代半ばだという。ふくよかな男性が主に喋り、背の高い方はそれに肯くだけでほとんど口を開かなかった。どちらがこの街コンに申し込んだのか、どちらが言い出しっぺなのかは、火を見るより明らかだった。それなのに、街コンが終了後わたしたちに「このあとお茶でもどうですか」と誘ってきたのは言い出しっぺではなく付き添いの方だったので、いささか驚いてしまった。

会場の外で彼らと合流し近くの喫茶店に入ったのだが、街コンのときとは打って変わって付き添いは饒舌になっていた。わたしと付き添いは映画の話で盛り上がり、互いにおすすめを教え合うなどした。「ちょっととっつきにくい気がしたけど案外いいやつかもな」と付き添いに対する印象が変わり、会話がひと段落したところで、我々は解散した。

その帰り道、「今度どこかに遊びに行きませんか」と付き添いと言い出しっぺ両方からLINEが来た。深く考えていなかったわたしは、2人ともにOKを出してしまった。先にデートをしたのは、付き添いの方だった。ちょうど街コンの1週間後に開催されたわたしの大学の学祭に、彼が遊びに来てくれることになった。

夕方、日が暮れた頃に付き添いは大学にやってきた。大学のキャンパス内で見る「社会人」の彼は、なんていうかものすごく「大人」に見えた。さっきまで話していた同級生の男子たちよりも、はるかに落ち着いていてスマートだったのだ。出店で買うじゃがバターやお団子などの代金をさっと出してくれるその慣れた様子や、「君におすすめされた映画ぜんぶ観たよ」という嫌味のないアプローチに、22歳の馬鹿な大学生はころっとやられた。

付き添いに気持ちを持っていかれてしまったわたしは、なんだか後ろめたくなって言い出しっぺにもデートに誘われていることを打ち明けた。それを聞いた付き添いは、ちょっとショックを受けたような顔をして黙り込んでしまった。

気まずい空気のまま、終電の時刻が近づいてくる。わたしたちはお互い沈黙したまま、とぼとぼと駅に向かった。すると付き添いは別れる直前、改札前で突然わたしの肩を抱き寄せてこう言った。「君の気持ちが第一だけど、俺の本音としては、彼とはデートに行って欲しくないな」と。なんだこの、少女漫画のヒーローみたいな台詞は。かつて体験したことのないベッタベタなシチュエーションにぽかんとしているわたしを置いて、付き添いは颯爽と改札に入って行った。周囲から頭ひとつぶん飛び抜けた彼の後ろ姿を見送ると、わたしはiPhoneを取り出して言い出しっぺに「ごめんなさい」と断りの連絡を入れた。

あれからもうすぐ、6年が経とうとしている。付き添い――もとい夫の、こういう優しさは今でも変わっていない。決して自分の感情を一方的に強引に押し付けることはなく、わたしの気持ちをいつだって第一に考えてくれる。わたしを尊重してくれる。付き合う前も、付き合っているときも、そして結婚してからも、それは変わらない。

もちろん、別れの危機が訪れたことだってある。でも夫は、どんなときでも絶対にわたしを投げ出さなかった。根気強く対話を重ね、理解しようと努めてくれた。きつい言葉でわたしが彼の嫌いなところを指摘しても、「直すよ」と努力してくれた。そして実際に、直してくれた。まあ、直らない部分もあるんだけど、それはお互い様だろう。

わたしと夫は、今月末で交際6周年、結婚2周年を迎える。夫は出会ったときからずっと、今も、ただただ優しい。その優しさにひたすら甘やかされ、心の底から安堵できたからこそ、わたしのうつは寛解した。彼と一緒だと、驚くくらいわたしはよく眠ることができる。これからもこの先も、できればずっと、わたしは夫の優しさの中でふわふわと心地よく漂っていたい。

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