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小さな物語 〜おばあちゃんがくれたもの〜

ゆっちゃんは妹が生まれて お姉ちゃんになりました
ゆっちゃんは一週間 おばあちゃんのおうちで過ごします
おばあちゃんとふたりでドキドキしながら電車に乗りました


玄関を開けると おじいちゃんと猫のトラが待っていました
「よく来たねぇ」
おじいちゃんはゆっちゃんの頭をなでました
「ニャァ」
トラは小さく鳴きました

「いらっしゃい って言ったのよ」
猫の言葉がわかるなんて おばあちゃんってすごいなぁと思いました
「トラ、ゆっちゃんとなかよくね」
「ニャァ」
トラもおばあちゃんの言葉がわかるみたいでした

「このおうちでは ゆっちゃん、トラ、おじいちゃん、おばあちゃんの 四人家族ね」

おばあちゃんはそう言って トラも家族なのだと教えてくれました


その夜 パジャマに着替えると、ポロリと涙が落ちました
「がんばった涙が出てきたんだね、ごほうびに おばあちゃんの一番好きな絵本を読んであげる」

そう言って、泣くのはいけないことではないと教えてくれました

絵本を読んでもらっているうちに涙はどこかへ消えて いつの間にか眠ってしまいました



「おはよう」
お仕事へ行くおじいちゃんを見送ります
「行ってくるよ」
「いってらっしゃい」
「ニャァ」
トラも尻尾を振ってどこかへ出かけて行きました


テーブルには朝ごはんができています

「いただきます」
パンにジャムを乗せようとしたら…
ぽとっ とこぼれてしまいました
「ごめんなさい…」
失敗をして涙が出そうになっているのに おばあちゃんはニッコリ笑います
「だいじょうぶ だいじょうぶ。 ほらね、こうして拭けば元通り。おばあちゃんなんて毎日失敗ばっかりなんだから」

そう言って、失敗は怖くも恥ずかしくもないと教えてくれました


朝ごはんのあとは 庭の花の水やりの時間
おばあちゃんは小さなじょうろをくれました

「お手伝いをお願いしていい?
お花も元気に過ごせるように 毎朝たっぷりお水をあげるの。お水とお日さまがお花のごはんよ」

そう言って、花も生きてることを教えてくれました


午後は散歩に出かけます

公園のまわりは大きなイチョウの木で囲まれていて セミがにぎやかに鳴いています

「鳴いてるセミはみんな男の子でね、女の子は鳴かないの」
「どうして?  はずかしいの?」
「あぁ、そうなのかもしれないねぇ」

セミはたくさんいるはずなのに ふたりで探しても一匹も見つけられません

「ほら ゆっちゃん、この木にはたくさん実がついているでしょう? でもこっちの木にはひとつもないの。
イチョウの木にも男の子と女の子があってね、女の子の木にだけ実がなるの。ふしぎねぇ」
「ふーん」

そう言って、虫も木も みんなに違いがあって それぞれに役割があることを教えてくれました


公園を抜けると小さな畑がありました
畑の横では採れたての野菜が売られています
「こんにちは」
「あらまぁ かわいいお客さま、このカゴに好きなのを取ってくださいね」

トゲトゲきゅうりを3本と 真っ赤なトマトを5個選んで おまけにいちごキャンディをもらいました
「ありがとう」

畑のおばさんに ほんの小さく手を振りました

「さぁ帰ろう。 またもうひとつお手伝いをお願いできる?」
ゆっちゃんは右手にきゅうりの袋、おばあちゃんは左手にトマトの袋をさげて、ふたりのからっぽの手は 真ん中でしっかりとつなぎました

そうやって、はんぶんこにすると嬉しくなることを教えてくれました

つないだ手は ふたりの歌に合わせて揺れました


おうちに着くと トラが先に帰っていました
「ただいま トラ」
「ニャァ」
トラは “おかえり” って言ったのかな って思いました

「ふたりとも ごあいさつができていい子だねぇ」
おばあちゃんは ゆっちゃんとトラの頭をなでました
なんだかくすぐったくなって トラと顔を見合わせて笑いました


みんな一日おつかれさま
夕ごはんは家族揃って テーブルはにぎやか
サラダには さっき買ったきゅうりとトマトが入っています
レタスだけより楽しいな って思ったら、苦手だったはずのトマトも みんな残さず食べられました
元気な野菜をモリモリ食べると なんだか元気が出てくるみたい
「ごちそうさまでした!」


今日はパジャマに着替えても 涙はひとつも出てきません
昨夜は言えなかった「おやすみなさい」が言えました


花の名前や 折り紙や おてだま… おばあちゃんは毎日いろんなことを教えてくれました
忘れても、失敗しても、何度も何度も繰り返すうち だんだん覚えていきました

「ゆっちゃんすごいねぇ。おうちに帰ったらみんなに教えてあげなくっちゃね」
そう言われると、なぜかほっぺがポカポカとしました


いよいよおうちに帰る日です

「ゆっちゃん ありがとうね、おばあちゃん とっても楽しかった。おばあちゃんの宝物を見せてあげる」

そう言っておばあちゃんは 小さな箱を取り出しました
そこには写真が入っていました

「この赤ちゃんがね、ゆっちゃんのパパ。そのおとなりが パパのお兄ちゃん。
あんなに大きなパパも 最初は赤ちゃんだったのよ。
ひとりじゃ何もできなかったけど お兄ちゃんがいろいろ助けてくれたの。
ゆっちゃんも妹に優しくしてあげてね」

そう言って、優しくすることで みんな大きくなっていくのだと教えてくれました

「それからこれは おばあちゃんからのプレゼント」
手づくりのお手玉と一緒に、最初の夜に読んでくれた おばあちゃんの一番好きな絵本を かばんに入れてくれました

「トラ、バイバイ。またあそぼうね」
「ニャァ」
トラの頭をなでると トラも “バイバイ またね” と言いました

お別れは なんだかちょっとさみしくて、後ろを振り返って何度もトラに手を振りました
トラは何も言わずにおすわりをしたまま じっとこちらを見ていました


帰りはおじいちゃんとおばあちゃんと手をつないで電車に乗ります
今度はちっともドキドキしませんでした


おうちに着くと、パパとママと ちっちゃな妹の みぃちゃんが待っていました

「なんだかちょっと大きくなったみたいよ」
ママにぎゅうっと抱きしめられると 涙がポロポロとこぼれてきました

涙って 嬉しい時にも出たりするんだなって知りました


「おめでとう!!」
みんなで家族が増えたお祝いをして、記念写真を撮りました
ゆっちゃんは、おばあちゃんがくれた絵本とお手玉、そして今日の写真を宝物にしようと決めました
けれどもひとり足りません

“こんどはトラもいっしょにとろうね”
心の中でそう言うと、“ニャァ” と 聞こえたような気がしました

おしまい


***

これは 3年前の春、パンデミックで緊急事態宣言が出て 仕事が2ヶ月間 完全に休業となった時に書いていた小さな物語です
経験の断片を掬い取り、想いを込めてひとつのストーリーにしました


外出ができなくなり 人との交流も途切れ、ぽっかりとあいてしまった空洞を 何かで必死に埋めようとしていました
何かをしたい気持ちはあったのに 何をどうすればいいのかわからなくて、ぼんやりと流れる時間に不安は増して焦っていくばかりでした

自分のことや家族のこと、過去のことやこれからのこと… ゆっくりと考えて 自分の思いをぽつぽつと書き出し、いろんな形にしてみました
エッセイ、短歌、詩、物語…
ことばを紡ぐことでどこかホッとして、だんだん楽しくなっていくと、“もっと書きたい” “残しておきたい”  “伝えたい” と思うようになりました
自分の気持ちの居場所を探し、思い切って始めてみたのが noteでした




自分をとりまく人、動物、自然…
あらゆる関わりの中で 知識を得て、心が動き、感情が芽生え 感性が育っていきます
みんなひとりでは 生まれてくることも成長することもできません

わたしたちも みんな最初は赤ちゃんでした
いろんなものを身につけたり捨てたりしながら
なんとかやっと ここまで来ました

子どもが 大人から教えてもらうこと
大人が 子どもから気づかされること
思いを受け継ぐこと、繋げてゆくこと
新しく生まれること、築いてゆくこと
それぞれに個性や考え、生き方があること
自分に必要なものを 自分で選択してゆくこと

日常のなかのさまざまな経験から、少しずつ変化や成長をして自分の大切なものを見つけてきました


人生の中で 辛いことやしんどいことがあった時に、
人と関わることや生きていくことを諦めないような
まだどこかに素敵なものがあるはずだと信じられるような
そんなおまもりみたいな存在を 心に持っていてほしい
そしてその大切な存在を忘れないでいてほしい

そうすれば、自分自身や人へ向ける思いやりや優しさは消えないんじゃないかって
笑顔でいられるんじゃないかって
きれいごとかもしれないけれど そう思ってて
わたしが一番伝えたいことの “核” なのかもしれません


育ってゆこうとしている 小さな心の種
パワーや可能性は無限大です
優しく、強く、逞しく
安心して伸びやかに成長していけるように
あたたかい人やことばに たくさん出会えますように
虐待やいじめ、暴力や争い
辛く悲しい出来事が この世からなくなりますように
願いをこめて

短歌は♡のなかに…
どうぞよい一日を、よい一週間を


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