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海辺にて

「失恋の傷なんて波にでも流してこいよ。」
友人のさり気ない一言を真に受けた僕は、ひとり秋口の海岸に立っていた。
目の前に広がる海は青く澄んで、泳ぐにはもう肌寒く人影もまばらだった。

昨日のやけ酒が残って、胃が苦しい。こういう時、康介は何かと僕に飲ませようとする。酒でココロの傷が癒えるとでも思っているのだろうか。僕はぼろぼろな感情を焚きつけられ、深夜の居酒屋で前日に振られた彼女の名前を連呼した挙げ句、大泣きした。翌朝目が覚めた僕は、鏡の中に生まれたてのヒヨコみたいな目をした自分を見た。泣き腫らすって、こういうのね。一つ学習した。

バイクを飛ばして逗子の海岸まで来たまではいいが、さて何をしようか。波を見て感傷にふけるのもいいが、まだそんな時期じゃなかった。ココロの傷は止血したてで治癒する目途も見えない。彼女の別れの言葉を思い出すたび、心がえぐられてツラい。女子って時に残酷だよな、そんなことを考えていた。

防風林を抜けて砂浜にでてみた。時折吹く風が海の香りを届けてくれた。高い陽射しは肌に心地良かった。海のない土地で暮らす僕には非日常の世界だ。確かに康介の言う通りかもしれない。僕は砂の感触を踏みしめて海辺へと歩き出した。

斜め向かいの木陰に人影が見えた。若い女性だ。黒い髪が時折風に揺れていた。一人で海に来るなんて、誰か一緒じゃないのか。辺りを見回したが、連れらしき人影はなかった。僕と一緒なのかも。突然僕の傷心モードは180度方向転換した。彼女が偶然こっちを振り向いたからだ。目を細めて、僕と目が合った。澄んだ表情のキレイな人、大学生かな。単細胞な僕はこういう時、勝手に運命や予感を感じてしまう。今僕の方をみて笑った?そうだよね。笑ったよね。気のせいじゃないよね。康介がいたら、きっと僕の豹変ひょうへんぶりに驚いただろう。お前、ココロの傷はどうした?ヤツの声が聞こえたような気がした。まあいい康介、黙っとけ。失恋に一番効くモノ、それは新しい恋なのさ、間違いない。

さり気なく彼女に近づいてみた。僕には気付いてないようだ。遠くの波をじっと見つめていた。キレイな横顔だ。僕は出会って数分の女子にもうトキメいていた。僕は草原でシカを狩る肉食獣のように、じりじりと近づいて話かけるタイミングをうかがった。

「あの、良い天気ですね。」
声が、うわずった。言った後で、ぼくは自分が緊張してることに気付いた。そういえばナンパなんてしたことない、どうやって声をかけたら良いんだ?でも思わず声をかけちゃった、もう引き返せない。

しかも返事がない。聞こえなかったのかも、今の変な声だったし。鼓動はさらに早くなっていく。僕は緊張の余り、「撤退」の二文字が見えなくなってた。

「あの、お一人ですか?ボクもなんです」
やっとの思いでもう一度声をかけた。でも返事がない。聞こえてるはずだけど…焦りと緊張がその度合いを増していく。3ヶ月前に彼女に告白した時の自分の様子が頭をよぎった。

「何かしら?」
彼女は首をかしげると、白いイヤーポッドを外して僕に微笑みかけた…
え、聞こえて、なかった…僕は恥ずかしさと後悔とでどんどん顔が紅潮していくのがわかった。

不思議そうな表情の彼女が目にしたのは、ヒヨコ目でタコみたいに顔を赤くしたジーンズ姿のオトコだった。

「失恋の痛手なんて、潮風が運んでいってくれるんですね」
彼女に聞こえないように、僕は空を見上げてそうつぶやいた。


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