オンナ友だち③

「ゴメンなさい。あのね、佳恵。ホントは話したいことがあったんだ。」
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ワタシは彼女にそう言うと、胸につかえていた重しのような思いの丈をさらけ出していた。競争社会をオトコ連中に負けないようにと必死で働いたこと。社内恋愛の末に子どもができて、そのまま結婚したこと。相手の家が資産家で、湾岸のタワマンに新居を構えて夜景に酔った日々を過ごしたこと。でも今の仕事は続けていたくて、いつの間にかダンナとの不仲が進んでいたこと。そしてダンナの不倫に気付いて、迷わず離婚の道を選んだこと。子どもの親権で義父母に色々言われて面倒になり、全部投げつけてひとり自由の身を選んだこと。だからワタシは今、眺めの良い都心のタワマンで何不自由なく優雅に暮らしているのだ。でもそんな生活は半年も経てば孤独と絶望で先が見えなくて苦しいってことにワタシは気づいてしまい、そして今がある。他人には到底言えないようなワタシの恥部を、何故か佳恵にせきを切ったように話していた。ワタシの方が優雅な生活で、お金もあって、社会的な地位もあって、何不自由ない生活をしているはずで、でもワタシは寂しさと虚しさに押しつぶされそうな精神状態にあること。だから佳恵を見かけて、自分の優位を認識したくて佳恵の家に押しかけたこと。そしてワタシには想像もできなかった精神世界を見せられて、そして絶望して自己嫌悪になって、先が見えない自分がいること。

ひとしきり話して、息が荒くなって、ようやくワタシは冷静さを取り戻したようだ。言い過ぎた、大した関係性も築いていない昔の女友だちに、一気呵成かせいに自分をさらけ出して泣いている。今さらながら、これは自分ではない姿だとも思えた。でも良い、これで良いのだ。ワタシには素を晒す相手も勇気もなかった。彼女と仲良く話していた学生の頃が沸々と湧き上がるように思い出された。ワタシは彼女といて居心地が良かったのだ。柔らかな物腰も、控えめな笑顔も、それでいて芯の強そうな眼差しも、全てが私を安心させてくれる存在だった。部活の大事な大会で負けてしょげていた時もそうだった。特段アドバイスなどなかったが、ただ話を聞いて、そばにいてくれた。そうだ、ワタシはあの時も泣いていた。人前で泣かない人のはずなのに、放課後の教室で彼女の前で泣いていた。懐かしい景色だ。ワタシはどうやら、紆余曲折しながらも彼女のもとに戻ってきたような、そんな気がしていた。

佳恵はワタシの顔をじっと見ていた。ワタシが悩んだり苦しんだりした時、佳恵はこうやってワタシのことを見てくれたんだ。ワタシはそんな事すら忘れていた。
「凛、そんなになってるんなら、ウチに来たら?部屋は空いてるし、ココにはきらびびやかなモノは何もないけど、お互い助け合って生きていけばいいじゃない。」

涙で化粧も落ちて、すっかり素に戻った自分がいた。強くなりたい、強く生きたいと意地を張って生きていた自分がそこにはいた。ワタシは本当は弱い人間なんだ。こうやって慰められて、支えてもらって生きていきたかったんだ。ワタシはきっと、生きていきにくい人間なのだろう。以前誰かに言われた言葉、「凛さんって、何か普通じゃないよね。」が胸の奥で響いていた。その時は褒め言葉だと思っていた。でもそれはワタシの強すぎる鎧を嘆いただけの言葉だったのだ。

「ありがとう、佳恵。でもいいの。まだ大丈夫。なんか元気になった気がする。いつかひとりの寂しさがホントに辛くなったら、遠慮なく相談に来させてもらうから。」
ワタシの言葉に、彼女は笑顔でうなづいた。寛太君が不思議そうな顔でこちらを見ていた。彼女が呼び寄せて両手で抱きしめると、笑顔でまた遊びに行ってしまった。お婆さんたちは相変わらずそっと午後の日差しを浴びたまま、そこにたたずんでいた。ワタシはそんな午後の光景を、ただそっと、じっと見つめていた。

「ねえ佳恵、ホントの幸せって何なんだろうね?ワタシ、良く分からなくなったみたい…」
素直なコトバがワタシのこころの奥底から湧き上がって、そこかしこに溢れていた。



(イラスト ふうちゃんさん)


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