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夢のような残酷な話①

科学技術の進歩は、医療の進歩を伴い進化した未来へと我々を誘います。
今回は、そんな進化した医療技術の裏側、影の部分を切り取った作品です。

要約です


「…ですから、ご主人は脳の血管が詰まって血が流れなくなっています。おそらくですが、今後目が覚めても話すことはできなくなるでしょう。」

白衣白髪の医師せんせいの話を、僕は母と一緒に聞いていた。脇のPCの画面にはMRIとかいう頭の断面の写真が浮かび上がっていた。現実なのに、そうでないような不思議な感覚。遠くに聞こえるセミの声が、窓の外の暑さを思わせた。有無を言わせずに突きつけられた残酷な現実。飾りのない殺風景な白い壁が、大学病院の冷たい権威を感じさせた。

就職して3年、ようやく組織に馴染み仕事が楽しくなってきた。取引先への挨拶回りを終えた僕は、契約成立の祝いの席を予約するところだった。思いがけず母親から連絡があって、父親が倒れたことを聞かされた。上司の指示もあり、急いで部屋に戻った僕は、とりあえずの身支度をして特急電車に飛び乗った。終電近くで病院についた。待合室の椅子には疲れ切った表情の母が一人座っていた。母が事の次第を教えてくれた。

タクシーで一旦実家に帰った僕は、眠るとも眠れぬともなく一夜を過ごした。翌朝病室に戻ると、父はベッドに横になっていた。静かに眠っているようでもあり、顔には精気がないようにも見えた。寡黙かもくで信念の強い人。父は一言でいうならそんな人間だ。他人ひとの意見にうなづくことは少なく、信念のおもむくくままに生きるような人だった。思春期を迎えて以降、僕との会話は乏しかった。受験や進路に関しては好きにしろ、としか言わなかった。自分の人生には自分で責任を持て、それ以上でもそれ以下でもなかった。ただ志望大学に受かった日には嬉しそうにお酒を飲んでいたのを覚えている。母には時々高圧的で、その背中は昭和の人だと僕には受け入れられなかった。あまり実家に寄りつかない僕は、家との関係は希薄な方だった。

眠る父の姿を眺めながら、僕と母は大した会話もなく静かな時間を過ごしていた。少しやつれた母の横顔を見て、僕は母には父が必要なんだと分かった。僕は夫婦の有り様を理解するにはまだ若かったのだろう。夕方近くになって、僕らは看護師さんに呼ばれ、医師せんせいの話を聞くこととなった。

「先生、もう諦めるしかないのでしょうか?」
母の絞るような声に、医師は一度下を向いてから母の目を見た。
「そうですね。現在の医療レベルには限界があります…」
ひとつ、呼吸をおいて医師せんせいは続けた。
「ですが、治験レベルの医療であれば治る可能性があります…」
治験?僕には初めて聞く単語だった。


(題絵はふうちゃんさん)









neuralink社の公表した実験データはyoutubeでも見れます。動物愛護協会からは批判の声が上がっています。まだまだ先の未来のハナシではありますが、やがて来る未来のようです。


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