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夢のような残酷な話②

「頭の骨に穴を開けます。そこに硬貨ほどの小型のチップを埋め込んで、壊れてしまった脳の代わりをしてもらいます。」
医師せんせいはMRIの写真を僕らに見せながら、分かるような分からないような、不思議な話をした。
「これはまだ日本では正式な認可は下りていません。でもアメリカでは動物実験で安全性が認められ、人間での治験が始まっていて良好な結果がでています。」

僕と母は顔を見合わせた。後の話は何も覚えていない。夢物語のようなお話しを医師せんせいは続けた。母は少し考えて、分かりましたと言って書類にサインしていた。病室に戻り母の顔を見ると、何か覚悟を決めたような表情だった。
「亮太。お父さんはこんな姿になって生きることは望まないような人だから。だから分かって、亮太。」
母は父の顔を見つめながら僕にそう言った。その強い目線を前にして、僕には返す言葉がなかった。
「分かったよ、母さん。」
ようやくそれだけ言うと、僕は病室の外へ出た。きっと、好きなようにするのだろう。僕にはもうそれ以上の考えは浮かばなかった。近所の食事処で軽く昼食を済ませて、僕は会社に連絡を入れた。引き継いだ仕事が気になったし、その方が気がまぎれるように思えた。大丈夫なのか?同僚から心配そうに聞かれるのが、恥ずかしいようでもあり嬉しくもあった。

病室に戻ると、僕は母から一旦職場に帰って構わないと言われた。治験とやらが上手くいったかどうかがわかるのは数週間先らしかった。僕は母に礼を言うと早々に病院を後にした。蒸し暑くむせ返るような東京の夏は嫌いだ。でもここに残っても僕にできることは何もなさそうだった。

東京に戻る電車の中で、僕は子どもの頃の記憶を一つ一つ思い出していた。
懐かしいことも、哀しかったことも、嬉しかったことも全てが今の自分を作りあげたのだ。そんな気がした。時間が経てば人は老いる。やがて弱って死んでしまうが、それは仕方のないことだ。でも今は自然の摂理にあらがうような時代が来ているのかもしれない。僕はスマホで医師せんせいが言っていた、頭に取り付けるとかいう小型チップのことを調べていた。英語の記事が多かったが、操作ひとつで簡単に日本語に翻訳された。読んでいて、何か嫌な予感がして僕は途中で記事を読むのをやめた。少し、寝ようか。僕は座席にもたれると、上着を被って目を閉じた。懐かしい記憶が、僕の脳をめぐっていた。


(題絵はふうちゃんさん)











neuralink社の公表した実験データはyoutubeでも見れます。動物愛護協会からは批判の声が上がっています。まだまだ先の未来のハナシではありますが、やがて来る未来のようです。


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