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完璧な僕の哀歌

僕は完璧な人間だ。世間に気を使うなら、僕は完璧を目指す人間だ。

そんな完璧な僕にも、唯一といっていい弱点がある。意外とお腹が弱い。少々のストレスには平然と対応する。平然といられない時でも、表情は変えない。そんな時に僕のお腹は悲鳴を上げる。社会人2年目の今でも、時々発作のようにそれは僕を襲った。

今日は待ち望んだ部署内のプレゼン発表会だ。準備は大変だったが完璧だ。何度かお腹が辛そうにしていたが乗り切った。後は落ちついて発表するだけ。緊張と興奮で胸が高鳴った。

駅までは数分の距離だ。早めに部屋をでたせいか、通りにはまだ人影もまばらだ。
僕は頭の中で資料を整理し、プレゼンのセリフを繰り返していた。地下鉄の入り口が眼に入る。
「次に、この資料をもとにした○○のグラフをご覧下さい…」あれ、次って何だっけ。頭が白くなった。思い出せない、昨日の夜は完璧だったのに、睡眠が僕の記憶を奪ったのか。思い出せない。立ち止まって僕はスマホに記した発表用ノートを確認した。どこだ、どこだ。鼓動が早い。焦るな、落ち着け。

お腹が悲鳴を上げた。ついぞ味わったことのない激痛が臍の辺りを駆け巡った。ぼくはその衝撃にその場に座り込んだ。お腹を抑え、辺りを見渡す。斜め向かいにコンビニがあった。行こう、行かなきゃ。僕は足早にコンビニに向かった。

店内の人気はまばらで、奥のトイレはすぐに見つかった。急いで向かおうとすると、本棚の前にいた60くらいのオバさんがすーっとトイレに入っていく。
「待ってくれ」そう言いたがったが、言えなかった。生理現象は万物に与えられた平等な行為だ。妨げることはできない。額に汗が滲んだ。

落ち着け、お腹よ、もうすぐだ。僕よ、耐えるんだ。脳内でそんな言葉が繰り返される。汗が額を伝った。オバチャン、そろそろじゃないか。何してんだ。
他人の行為にケチをつけるのは野暮やぼってもんだが、切羽せっぱ詰まった僕には余裕などなかった。意識が遠ざかる。もう、ダメだ…


プレゼンは大成功だった。一皮むけた僕に、もう怖いモノはなかった。
祝宴の席で、怖かった先輩は笑って僕に「鬼メンタルの男」という称号をくれた。

(イラスト:山本巳未さん)




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