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『その女、ジルバ』を観て想うこと。

私は普段、あまりテレビドラマを観ない。

理由は、映画と違って週を跨いだりCMが入る。

また、ドラマの場合、前の週の視聴率や時事的なこと(出演者のスキャンダル発覚や震災的なことなど)も影響し、当初予定していた脚本を書き換えたりもする(らしい)。

だから面白いドラマがあるよ! と勧められても基本的には観ないし、1話観たとしても次の週には放送そのものをわすれてしまう。
そうなるともう抜けた週の話を補完するのがめんどくさくなって、観なくなる。

まぁ、一言でいえば私の性格がズボラでせっかちだから。

面白いドラマは世の中にたくさんあるから、別にドラマ批判ではないことを理解していただきたい。

私も、『逃げ恥』とか最終回の日にそれまでの一挙放送で一気見しちゃったしね。
海外ドラマ『GOTTHAM』なんて、ハマりまくってわざわざDVDレンタルしてまで全部観たくらいだしね。


ただ、「毎週この曜日のこの時間に」というのが合わないみたい。忘れるから。それだけのことだ。


そんな私が、今、毎週欠かさず観ているドラマがある。

そのドラマ、『その女、ジルバ』

女優の池脇千鶴が40歳の誕生日から高齢(熟女)バーでホステスとして働き出し、60overのホステスのお姉様方に『40歳なんてまだまだ子供!』
『オンナはシジュー(40歳)から!』と叱咤激励され、

心身ともに生き生きと変わっていくというストーリー。現在その「変わっていってる」過程の真っ只中。前回の放送が確か4話。ほら、真っ只中だろう?

1話で池脇千鶴演じる新(アララ)が「40歳になって、私の人生、もうこれで終わりなんじゃないかって思ってて…」と号泣するシーンは圧巻だった。
それまでコメディータッチで進んでいって肩肘張らずに見れてたのに、その瞬間、一気にアラサー、アラフォー世代の心をグッと掴んだような気がした。

なんか、

「いやいや、こんな風に急に人生好転することなんて現実ではありえないよ」と思いながら観ていたはずが、いつのまに「とてもわかる…わかる…!わかるよ!!」と共感していたからとても不思議な感覚だった。

どこかファンタジーめいた部分もあるのに、妙に現実的で、不思議なドラマだなぁ、と。

脚本も、わざとなのかはわからないけどどこか「変」なんですよ。
この「変なカンジ」、感じている人がどのくらいいるのかわからないけど…。

例えるなら音楽でいうところの、「ここ、ワザと不協和音にしてあえて気持ち悪さ出してます」みたいな。

まぁ私、音楽詳しくないどころか楽譜すら読めないんだけど。

とにかくその不思議というか変さというか、一種の気持ち悪さみたいなモノが気になってしまい、毎週観ている唯一のドラマなわけです。


あと、やっぱり池脇千鶴という女優は、改めて「女優」だなぁと思う。

池脇千鶴といえば、ドラマの放送前から番宣でクイズ番組かなんかに出てる姿が「劣化した」だの「整形失敗?」などと話題になっていた。

「最近観ないと思ってたけど…これじゃあ出たくなくなるよな…」とか、「人に会わなくなると急に老け込むよね…うちの母も…」と、なんともおめでたい考えの人々が続出していた。

たしかに顔は以前よりもふっくらしているし、目の周りや頬なんかは少し垂れている。

でも決して「劣化」というほどではない。(そもそもこの「劣化」という言葉、人間に使うのはおかしいし嫌いだ。)

想像してみてほしい。

もしも池脇千鶴が、以前のまま(それもおかしな話なのだけど)若くて、可愛くて、童顔で、肌のハリもパーン!ってなってる状態で

「40歳なんてもうオバサンだよ…」と人生諦めてる姿

そんなの観て感情移入できるのかよ。

私だったらそんなの観ても「いや、現実の40歳はもっとオバサンだし」「女優さんだからなにやってもきれいじゃん!かわいいじゃん!」「どうせあんたもそのうちIT社長と結婚するんでしょ?!」「これだから若い女は嫌い!!!!」と、きっとドラマを観なくなるどころか矛先を変えてひがみはエスカレートするばかりである。

アラサーを過ぎた女はデリケートなのだ。とゆうか女自体がめちゃくちゃデリケートなのだ。そんな女たちに年齢や見た目の変化を題材にしたドラマで、どう見ても40歳に見えない女優を主人公にしてぶつけてみ?

一気に叩かれるに決まっとろう。


私はこのドラマ、そこまで考えてとゆうか、『覚悟して』臨んでるような気がしたんだ。うまく言えないけど。

一歩間違えれば非難轟轟であろうポジションに童顔の代名詞みたいな池脇千鶴を持ってきたあたりも、勇気あるなぁと思った。

私は池脇千鶴が昔から好きだからついつい肩入れしてしまうけど、彼女が今回の為に役作りで太ったり顔を変えたりしたのかはわからない。もしかしたら、本当に急に老け込んだりして自然と変わったのかもしれない。

けど、それでもいいじゃん。

問題は、論点はそこじゃないんだよ。

40歳という年齢で、独身で、体型もずんぐりしてて、格好もジャージとジーパンとスニーカーで。化粧してなかったら実年齢より老けて見えて、子供には「おばさん」と言われちゃう。
そんな女を、「老け込んでる」女優が演じるから、それがいいんだ。それがいいんじゃあないか。

それだけでドラマとして、作品として「勝った」も同然なのだ。

最近はなんでもかんでも綺麗なものしか受け入れない傾向がある世の中で、あえて「無様なもの」を題材にするとゆうのは、「カッコいいな」と思う。
てゆうか、その「無様なもの」を私たちは見たいし感じたいんだな、と思う。

私がこのドラマを観て感じていた、「どことなく流れる変な空気感」は、もしかしたらそれを感じていること自体が『綺麗・完璧・映え絶対主義』の世の中に麻痺してしまってる証なのかもしれない。

女はシジューから。

私はシジューまで、まだまだ。

『その女、ジルバ』

ますます目が離せない。

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