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講師とは何か

書くことが思いつかない。
日付が変わってしまったのであまり時間もかけたくはないのだけど、何を書こう。

今日の感想でも書こうか。

今日は初めての生徒さんとのレッスンだった。
なかなか準備が進まずだんだん頭が重くなって、やっぱり人に何かを教えるなんて向いてないんじゃないとかと結構思い詰めていたのだけれど、昨日気づいたこと(詳細は昨日のnote↓)と、今日レッスン2時間くらい前にふと思い立ったことのおかげでずいぶんと気分が軽くなった。

まず。「レッスン」というのは誰がやるのか

もちろん学ぶ生徒と教える講師だ。ただ、主体はあくまで生徒なのである。

講師の役割はいろいろあるのだろうが、一番は、生徒の学習をサポートすることである。たとえばすごいメソッドや勉強法があるならそれももちろん学習の助けになるだろうが、それも結局は生徒が学習する上での助けになるということであって、素晴らしい講師であることを証明するためではないのである。

別に私は「素晴らしい講師と思われたたい」と思っていたわけではない。ただ、生徒が満足できるレッスン内容を考えようとか、生徒のやる気を盛り上げようとか、レッスンを継続してもらえるようにとか、考えていたところがあり、これというのは言ってみれば素晴らしい講師であると思われようとしていたのとイコールなのである。

でも、まだメールでしかやり取りをしたことがなく、職業も性別もおおよその年齢も人となりも知らない生徒相手に、せいぜい最初に貰ったレベルや興味関心に関する情報とお試しレッスンをした講師からの大枠のレッスン内容についての情報のみで、満足のいくレッスン内容を考えるなどとても無理難題だし、やる気もレッスン継続も、こちらが頑張ったところで最終的には生徒次第なのである。

私が今やるべきは、必死に教科書を読みこんで何を教えるかやわかりやすい教え方を考えることではなく、生徒が何をしたいかを聞いて、そのサポート方法を考えることではないのか。

人に教えるという仕事を長くしている人にとってはもしかしたら当たり前の話なのかもしれないけれど。

まだこの仕事を始めたばかりで、正直知識が少ない、確立した教え方もない。だから、「しっかり教えられるように、疑問に答えられるようにしないと」という思い込みが強すぎたのだろうと思う。

こうしてレッスン2時間前に自分の大きな勘違いに気づいた私は、リラックスをしてレッスンに挑むことができたのだった。
明日も初レッスン生徒。こちらは、お試しレッスンを担当したので全く知らないわけではないのだけど。でも短時間のレッスンではわからないことだらけなので、まずはいろいろ聞いてみる。

同時に、私は自分の持っている知識を効率的に教える方法を編み出すより、生徒に合わせて一緒に考える方がおそらく向いているし自分も楽だろうということも気づいた。

世の中、資格だとか、抜きんでた知識・技術だとか立派な経験だとか、そういうものばかり求められているような錯覚に陥っていた。いや、そういう面は多分にあると思うけれど、そこに追従する義務はないのだ。学習なんて人それぞれ。もちろん知識や技術を確実に間違いなく教えられることが必要な分野や内容もあるのかもしれないけれど、私の分野の場合は、必ずしもそうではない。

そうだ。中学の時の家庭教師の先生。私の中ではあの先生こそが、理想の先生だ。私の性格やペースを考えていつも教え導いてくれた。私がやる気を失っている時には、放置するでもなく叱るでもなく、私の目標を思い出させて納得した状態で机に向かわせてくれた。数学や理科は苦手な先生で、いつも一緒に考えてくれた。私が初めて信頼した大人だった。初めて"先生"という存在にいい印象を持った。
私が相手にする生徒は子供ではないけれど、でも何かすごいことができる講師より、信頼関係の中で学習を続ける方がいい生徒もいるはずだ。

私はそういう講師でいよう。と決めたのでした。

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