見出し画像

ビールが遅かったのではなく、ハヤシライスが早かったのだ【ヤマシタのおたより#38】

あれは、とてつもなく暑い日。
15時頃に仕事を終えた私は、ふらふらと新宿の街をさまよっていた。

とてもとても、微妙な時間。
飲食店はたくさんあるが、ランチ営業を終え17時まで閉まっているところが多く、なかなかお昼ご飯にたどり着けずにいた。

一度帰ってもいいけれど、だけど今日は18時から、新宿で映画のチケットを取っている。
それなのに帰るのは、時間も交通費ももったいない。

かといって、せっかく新宿に来て(家近くだけど)ファストフードというのも、味気ない。
(以前「メロンソーダと少年」という記事で書いたが、マクドにいたっては家の近くに2軒もある)

でももうお腹はペコペコだし、なにより暑い。
前髪はおでこに張り付くどころかサイドの髪といっしょになってぐちゃぐちゃだし、首筋には汗が光っている。
きっと顔もおばけみたいになっていることだろう。

一刻も早く、我にクーラーを!!!!!!!!
文明の利器を!!!!!!!!!!!!!!

そう思ったとき、素敵なお店が目に飛び込んできた。
ビールの看板がとても爽やかな、カジュアルレストランだった。
しかも、まだランチをやっている!

今日の仕事は、もう終わり。
ここからはプライベート。

まだ陽が高い空、灼熱の街、カラカラの喉、ビール好きな私…
ピッタリ!

ということで、迷わず入店。

期待したほどクーラーは効いていなかたけれど、それはきっと、私の身体が熱すぎるせい。
席は自由に選べたので、ゆっくりできる奥のソファ席をチョイスした。

さっそく、メニューを見てみる。
汗が止まる様子はないけれど、まあそんなすぐには止まるまい。
しばらく涼んでいれば、きっと大丈夫。

ランチメニューが多様にあって、なかなか楽しい。
ソフトドリンクも豊富で、アルコールがマストというわけではないらしい。

なかなか優しい、いまの時代に合ったお店である。

だけど私は、もう決めている。
ビールを飲むのだ。

しばらくメニューをめくっていると、「ビールとご一緒にどうぞ!」と書かれている料理を見つけた。

これこれぇ!!!!!!!!!!!!!
私が求めているの、これぇ!!!!!!

どうやら、ビールを使用したハヤシライスらしい。
ハヤシライスのなかにビールを入れて、さらに飲ますだなんて、いいじゃないの。ふふふ。

いまだ止まらない汗を拭きながら、コクのあるハヤシライスをほおばり、ビールを流し込む自分を想像し、「最高やないか」という感想を得た私は、店員さんへ意気揚々と注文した。汗を拭きながら。(全然涼しくならへん…)

爽やかなお兄さんが去っていき、5分と経たずして。
なんとハヤシライスが運ばれてきた。

わお!注文してすぐ持ってきてくれんの!嬉しい!
ビールも、もう来るよな!

ーそう思って待っていたのだが、それから1分経っても、3分経っても、5分経っても...

ビールは出てこなかった。

私は、不安になっていた。
「ハヤシライス、冷めちゃう…」

これはきっと、ビールを忘れられている。
だって、だいたいのお店は、まずビールを出すやん。
飲み物が先やん。
こんな暑い日は、特に絶対先にビールやん。
このお店のビールがこだわり満載やとしても、ビールやん。

そう確信した私は、颯爽と歩く女性店員さんに、声をかけた。


「あのぅ、すみません、ビー」
「いま作ってますので!!!!!お待ちください!!!!!!」

こわっ。
食い気味に、そんな、ビックリマークたくさんつけて。
一瞬でひるんだ私は「すみません…」としか言えなかった。

ほんで、やっぱり暑いぞこのお店。冷房、全然効いてないやないか。
(もちろんこれも、言えなかった)

再び、ハヤシライスを案じながら待つことになった。
その間、別のテーブルへ注文を取るため通りかかった先ほどのお姉さんに、
「当店、特殊な方法で注いでいますので、お時間少々いただいております」
と言われた。

私は何も言っていない。
わざわざ私のテーブルに寄ったようだ。

そして、今度はビックリマークはついていなくて、落ち着いていた。
でもそれが逆に、怖かった。


「はい…」と殊勝に返事をして、待つこと2分ほど。

例のお姉さんが、ビールを持ってきてくれた。

キラキラした琥珀色のビール。
ふわっふわの泡が乗ったビール。
どこからどう見ても美味しそうなビール。

「あ、ありがとうござ…」
「お待たせしました!!!!!当店、特殊な方法で注いでいますので!
遅くなりました!!!!!!!!!!!!!!!!」

帰ってきた、食い気味ビックリマーク

特殊な方法で注いでるのは、分かったって。
ほんで別に私、怒ってないで。

そう思いながら(念じながら)、私は柔らかな笑顔でビールを受け取った。

グビッと飲めば、そこはまるでドイツかベルギーか、そのあたり。
めちゃくちゃおいしいビールだった。

ハヤシライスとの相性も、最高だった。
ハヤシライス、ちょっと冷めてたけど。まあいいか、私、猫舌だし。

ただ、私は心の中で思った。
お姉さんよ、「ビールが遅かったのではなく、ハヤシライスが早かったのだ」と…


ー-----
お気づきの方もいらっしゃると思いますが、ここからが本題です。

このお姉さんは、ずっと、ビールが遅かったことを気にしていました。
語気も荒めでした。

それはきっと、よく言われるからでしょう、「ビールはまだか」と。
お姉さんからしたら、「うちはそこらへんの居酒屋と違うねん特殊やねん少しくらい待たんかい!!」という話なのでしょう。

でもね、思うんです。
「ビールと一緒にどうぞ!」と書かれた食べ物は、ぜひともビールと一緒に食べたい。

にも拘わらず、先に食べ物が出てきて、ビールがなかなか出てこない。
この食べ物が、さきいかとか燻製たまごとかならね、まだいいんです。

だけど、ハヤシライスなのです。
(ほかにビールと一緒に!と推奨されていたのも、パスタとかオムライスのように冷めさせたくないものだった)

ここで思い出してみたい。ハヤシライスが来たタイミングを。
(忘れた人はこの文章の最初に戻ってみよう)

5分経たずして。
5分経たずして、やってきたのです。

絶対、こっちが早すぎる。

ビールの注ぎ方が特殊だということは、分かる。
だからこそ時間がかかるのも、分かる。

別に2分で持ってこいだなんて、思わない。
なんなら、そのビールを待つ間も、楽しい時間だと心得ている。
(冷房はもう少し効かせてほしかったけど)


...だから。
ビールのタイミングは、今のままでいいのです。
ハヤシライスの5分切りが、早いのです。

もはや、「早い」ではなく「速い」と書きたいくらい。
(念のためこの二つの違い、あとで説明入れときます)

以上、「ビールが遅かったのではなく、ハヤシライスが早かったのだ」と思った話でした。

<教えてヤマシタ!>
「早い」「速い」の違いについて。
「早い」はタイミング、「速い」はスピードを表します。

例)
・あの子は、走るのがとても速い。
・もっと早く報告してもらえる?
↑この二つは、分かりやすいですね。
「速く報告」になると、単なるマシンガントークですからね(笑)

・まだ5時だよ。起きるの早いよ…
・あ、ねえ。腰痛めてるのに起きるの速いよ…
↑この二つもなかなか興味深いですね。平仮名にすれば同じですもんね。

実は日本語教員課程を修了している(=日本語の先生ができる)ヤマシタ。
日本語のことで分からない点があれば、いつでもお尋ねくださいませ。

以上


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?