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私が二十歳になった日【短編小説】

偶然その日は私の誕生日だった。
それも二十歳の誕生日だった。

早起きをして、お弁当を作って同じアルバイトの仲間達と野球大会に出かけたのだった。

二十歳を迎える心境を考えるより、5人ぐらいは女性が集まることにはなっていたけれど、野球チームメンバー分のお弁当をうまく作れるのかという心配で、昨夜はなかなか眠れなかった。

勝ったチームには、ビール1ダースが贈呈されるらしい。
相手チームは違うお店の人達ということだった。

夏休みに入ってからすぐのその日は、やっぱり青空ですごく空は晴れていた。

私の誕生日は、雨が降った記憶がない。

真夏ながら、本当に暑い日だった。

男性達のプレーを見守りながら、タオルで熱い日差しと汗をせき止めるのに必死だった。

あなたはピッチャーをこなし、ホームランを放つ。
ピカイチの運動神経のよさは野球でもそうなのね。

私はこの前あった体育の授業のソフトボールの試合で、成り行きでピッチャーをさせられたけれど、全然ちがうなと彼を見つめた。

試合は想定内の時刻に終わった。
小差で勝利した。
この野球大会の為にオーダーした、お揃いの白いTシャツを着た全員が並んで写真を撮った後、そんなにここから遠くない海に向かった。


私は水着を持って来ていなかったので、裸足で波と戯れたり、浅い岩場に行ったりした。
その岩場で足の裏をうっすら切ってケガしたりして、人知れず動揺したりもした。

ふと見ると、遠くの小さな丘のような岩場で、こちらに大きく手を振る人がいる。

最初は誰なのか遠くてわからなかったけれど、こちらの岩場に来てあなただとわかった時は嬉しかった。

と、同時に違和感もあった。
いつもそっけない態度の彼なのに、珍しいなと思った。

私はヒトデを海に投げたりしてはしゃいだ。

みんなが遠くで水着で楽しそうに泳いでいる姿を見ながら、私も負けずに遊んだ。

突然こちらに走って来た男性二人に両手を掴まれ、海に投げ込まれそうになって叫んだりした。

気付いたら、引き潮がだいぶん進行して、訪れた時とは海の広がりが変わっていた。

あの目が痛いほど眩しかった太陽は、いつしか傾き、雲が出てきて空と海の色は翳りが出ていた。

泳ぎ疲れたみんなに、私は驚くほど酸っぱいレモンのキャンディを一人ずつに手渡して配った。
想像通りに歪んだ表情を見て、私は笑った。

海に別れを告げることになり、私はあなたと同じ車に乗ることになった。

助手席に座るあなたの後部座席で、窓から入ってくる心地良い海風に吹かれて長い髪がなびいた。
冗談をとばしながら、会話の中で

「まじにあの時は、海に入るかと思った。」

と、あなたは言った。
あなたは見ていたのね、あの大ピンチだったシーンを。


街に戻って飲食店で夕食を食べた。
偶然同じテーブルで隣の席に座ったあなたに、

「誰にも今日が自分の誕生日って言ってなかったけど、やっぱり誰にもプレゼントもらえなかった。」

と未練がましく言ってみた。
あなたはこちらを見ずに、うっすら笑っただけだった。

飲食店を出た後、コンビニで花火を買った。
ついでにソフトクリームを人数分買ったけれど、一人分渡せなかったので、私の手の中で溶けそうになった。
あなたは、すぐ近くにいたせいだったかもしれないけれど、手に持っていたそのアイスをパクッと食べた。
そんな小さなことでも忘れたくない。

今日なんとなくかまってくれるのは、やっぱり今日が私にとっては特別な日だからなのかな。
どちらにしても、私にとってはひそかにプレゼントとして受け取ってしまおう。


すっかり暗くなった海辺の公園に移動して、花火をしていたら、管理人のおじさんに怒られた。
一人の男性がなんと殴られて、そのはずみでコンタクトレンズを落としてしまったらしい。

みんなで頑張ってしばらく探したけれど、残念ながら見つからなかった。
話し合った結果、みんなでめげずに近くのすぐそばの海水浴場へ行った。

私は、ぼーっと暗い海を眺めて砂浜に座っていた。
線香花火の静けさのように、まわりのみんなの声もボソボソと闇の中に聴こえていた。

座って背中が見えている写真なんか撮られてしまったけれど、本当に今日はすごく早起きもして一日中よく遊んだなと感心した。
第1回の野球大会は、無事に終わったのだった。


時計は午前0時を回っていた。
あなたは夜空に静かに浮かぶ、太陽とバトンタッチした大きな月を見上げて

「今日は満月かな?」

と言った。
私は素知らぬふりをして

「そう、私の誕生日は満月なのよ。」

胸の中で呟いた。

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