小説初心者、文フリに挑む【入稿編】「20時までにデータ入稿してください」
・ 逃れられぬ文学フリマ出店
「君たちも文フリで出店してみませんか?」
大学の教授からの提案。ついにこの時が来てしまった。
文学フリマ 通称「文フリ」とは
『作り手が「自らが〈文学〉と信じるもの」を自らの手で作品を販売する文学作品展示即売会』
との謳い文句を掲げる、フリーマーケット形式のイベントだ。
第1回は2002年に開催。
当初は出店数70、来場者数は出店者と一般来場者をあわせて約1,000人ほどの規模であったが、2023年5月に開催された「文学フリマ東京36」では出店者数約2000人、来場者数にいたっては初の1万人超えを記録するという盛況ぶりで、年々右肩上がりにその規模を拡大しつつある創作の祭典だ。
「文学」と銘打たれているものの、上記した通り「自らが〈文学〉と信じるもの」ならなんでもOKというスタンスのため、小説はもちろん、短歌・俳句・詩・評論・エッセイ・ZINE、漫画や写真集なども出品可能だ。
表現の自由を体現するように個性豊かな作品が立ち並ぶ。
ここまで来れば、もはや第2のコミケと呼んでも差し支えないのでは?
(2024年12月1日に開催される文学フリマ東京39ではなんと会場がコミケと同じ東京ビックサイトに変更され、入場も有料になるらしいので、ますますコミケ感が…笑)
私は大学で「表現学部」という学部に所属しており、自分が専攻しているコースではwebサイトや広告、雑誌制作を行っている。
すでに4年生の先輩2人と教授が今年の5月に開催された「文学フリマ東京36」に「ろくまる社」として出店していた。
同じコースの先輩が雑誌を製本して実際に学外で売る!?
そんなことができるイベントすごい!と、完全に興味本位で私も会場に足を運んだ。
予想以上の混雑さに参りながらも、人混みをかき分けてようやく先輩たちのブースにたどり着いた。
販売する雑誌以外にも本屋さながらのPOPやフリーペーパー、「ろくまる社」ロゴのアクキーなど、非常に充実したブース。
教授と先輩方に軽く挨拶をすませて、ブースの冊子を何冊か購入した後、
近くのブースから順に回り始めた。
楽しすぎだろ...!
コミケなどには行ったことがなく、こういった本の即売会的なイベントは初めて訪れたが、ここまで本が魅力的に映るものなのか。
多種多様な作品が立ち並ぶあの空間を支配していたのは創作の熱意だ。
出店者が自らの作品を直接客に手渡していく。
自分が買おうとする本の作者が目の前にいるというのは面白いことで、
「どうしてこの本を作ろうと思ったんですか?」と出店者に話しかけると、
目を輝かせて誰一人違わず楽しげに、制作の経緯を語り出す。
「エピソード」という付加価値が加わった作品たちは何割も増して魅力的に映り、財布の紐を緩めていく。
空になった財布と熱に充てられて買った作品たちを前にした時、
初めて文フリの醍醐味と洗礼を味わったのだと気づいた。
「ろくまる社」のブースでは予想外の売れ行きと反響があり、後に教授が紹介してくれた本屋で販売するという話にも発展するほどだった。
その結果を受けて教授が「今度は君たち3年生の番ですね!」
と次の東京開催である「文学フリマ東京37」(11月11日開催)への出店を楽しそうに提案してきた。
まるで出来レースのように決まっていたこの流れに逆らえず、半ばノリと勢いで私も文フリに出店することになったのだった。
・ 安牌よりも挑戦を
長いはずの夏休みも、アルバイトとインターンにそのほとんどを持っていかれてしまい、文フリの作業が本格化したのは10月頃だった。
同じコースの3年生から有志で出店者を募ったところ、意外にも十数人ほど集まった。
雑誌だけでなく写真集やフリーペーパー、果てにはボードゲームなど
ジャンルにとらわれず各々が自由に出品予定を連ねていく。
そんな中、ただ1人私は何を出品しようか迷っていた。
前回記事でも述べたように、クリームソーダをこよなく愛する私は、喫茶店でクリームソーダを注文するたびに写真に収めてきた。
これまでに出会ってきたクリームソーダの数はゆうに50を超える。
余裕で写真集など出せそうな勢いだ。
大学の課題でビジュアルブックの作成も行っており、クリームソーダについての本なら、ある程度作業の目処も付く。
……違う、そうじゃない。
自分の恋愛をコンテンツとして昇華すると決めてこのnoteだって始めた。
ならば文フリを、自分の想いを「小説」という形に仕上げて世に出してみる機会にするべきでは?
小説初心者の自分でも、文学フリマという舞台でどれだけ通用するのか試したい。
こうして私は、ろくまる社ブースで唯一の小説作品での出店を決意した。
・ 小説執筆って……?
決めたはいいものの、小説って一体どこから手をつければいいのか。
大学の文芸創作を行うコースの友人に相談していると、
「まずはプロットからじゃない?」との返事が。
私には、自力で一からキャラや世界観作りをしたり、自分の感情を落とし込んだりする技量は当然ない。
書ける可能性があるとすれば、自分の経験をもとにした、
「ノンフィクション恋愛私小説」ということになる。
私の恋愛話は大学3年の夏にいったん区切りが着く(予定...)。
1冊の本として売り出す以上、まとまった文章量が必要になる。
ひとまず、自分の恋愛の根幹を成す、高校2年次からチェンソーマン的拗れ要素を帯びてきた大学2年の夏まで描くべきだろうと考えた。
プロットを作成するにあたり、時系列に沿って出来事を羅列することから始めた。
大学時代ならまだしも、高校時代などすでに4年以上経過しているため、本当に記憶が曖昧だった。
LINEや「モラトリアムに酔う」(感情書き殴りメモ)を頼りに、当時の記憶を手繰り寄せていく。
いや、しんど……
小説を書くためとはいえ、以前の好きだった人たちとのやり取りや感情を省みるのはかなりの苦行だった。
かつて抱いていた純度の高い恋心(?)に今となっては面食らうし、そもそも当時の拙い自分の行動を直視しなければいけないのが恥ずかしい。
耳を赤くし、「こいつ何やってんだ」とぼやきながらの作業。
なんとか大学2年の夏までの出来事を書き上げ、絶対に入れたいセリフや感情描写などを軽く肉付けしてプロットとしたのちに、すぐさま本文の執筆を始めた。
自分が何者で、どんな人を好きになったのか。
恋した相手のどこに惹かれて、何を魅力に感じたのか。
本来抽象的であるはずの「感情」を文章表現として形にしなければならない。
大学、喫茶店、川越、神保町…… 。
実際にその場に行ったことがない人でも景色が目に浮かぶようにと、
したこともない情景描写で途方もなく苦しんだ。
表現したいことは確かに頭の中にあるのに、
文章として出力できないのがどうしようもなくもどかしい。
この表現使いたいけど直前の文で使ったから類義語ないかな……。
→スマホで検索
場面の切り替えとか回想シーンの入り方ってどんな感じでやればいいんだろう…….?
→スマホで検索
気づけばスマホの奴隷になっていた。
いくら初執筆とはいえ、他人の表現に縋らなければ文章が紡げない。
書こうとすればするほど、自分の語彙の乏しさを叩きつけられていく。
これって本当に創作なのだろうか…….?
それでも迫る文フリ当日には逆らえず、連日寝ずに執筆を続けた末に、ようやく大学1年生の話まで書き上げることができた。
日付にして、11月9日のことである。
(文フリ2日前 …!!!)
・ 間に合う? ギリギリすぎるデータ入稿
大学の雑誌制作の課題ではAdobe inDesignで冊子のレイアウト・データ作成まで行った後、学校の教室に据え置きのプリンターで印刷→製本という流れを汲む。
今回私小説を文フリで販売するにあたり、ただでさえ文章が拙いことが確定しているのに本の物理的仕上がりまで稚拙なのはまずいということで、印刷・製本は印刷会社に依頼することにした。
当初依頼しようとしていたのはプリントパックという印刷会社だった。
文フリに出た先輩や教授も利用しており、安くてモノもしっかりしていると評判だったため、自分も便乗することにした。
データ入稿にあたって、判型やページ数、カラーページの扱い、印刷部数などを決定する必要がある。
判型に関しては、漫画の単行本などで用いられるB6判と決めていた。
ハードカバーの単行本に使われる四六判や菊判に値するような文量を書ける自信もなく、かといって文庫本サイズであるA6判に落とし込んだ場合、小さすぎてブースに並べた時に目立ちづらいかと思い、その中間のサイズであるB6判を選んだのだ。
カラーページは表紙と裏表紙のみで、劇中で登場する実際に訪れたことのある場所の写真(イメージ画像)を挿入するにしても、モノクロの方が雰囲気が出るだろうと判断した。
問題はページ数である。
入稿の設定を考えていた時点では、小説の本文は序章(高校時代)を書き終えていた程度だった。文章量がここからどこまで膨れ上がるのか全く予想がつかない。
加えて場面ごとの改行、ページ分けなど、小説のレイアウトとでも言えよう部分も未知数であり、最終的なページ数がやはり想定できなかった。
「小ロットオンデマンド 中綴じ冊子印刷」という、少部数対応で一番コストパフォーマンスが優れているコースでは、表紙、裏表紙含めて64ページが依頼できる最大のページ数であり、それ以内にとどめようと大雑把なあたりを付ける他なかった。
印刷会社へのデータ入稿は早ければ早いほどいい。
納期に余裕を持つことで
・箔押しやミシン目加工などの特別なオプション設定が可能
・製本の仕上がりを確認するための「試し刷り」ができる
・基本料金が安くなる
などメリットばかりだ。
しかし、書いても書いても本文は仕上がらなかった。
印刷のことを気に掛ける余裕がなくなるほどの極限の集中と焦燥。
もはや執筆に没頭することが現実逃避になり得るくらい、視野が狭くなっていた。
高校時代→ 序章
大学1年の始まりから終わり→ 1章
〜大学2年の夏まで→ 2章
のように章立てしていたが、
文フリ2日前の時点で書き上げることができたのは1章まで。
文字数にして26289文字である。
今回は1章までで断念しようと遅すぎる見切りをつけて、InDesignのデータに本文を流し込んだ。
その結果、ページ数は65ページとなった。
規定の64ページを1ページ分超過していたが、改行の扱いなどで調整できない範囲ではない。
プリントパックのサイトで依頼内容の入力。
なるべく最短でと思い、「当日配送」を選択。
続いてページ数は当然64ページを選b……
40ページまでしか選べない???
どうやら当日配送は40ページまでの冊子しか受付できないらしい。
+1日して「1営業日」コースであれば64ページが選択可能だったため、
やむを得ず選択し、必要事項の入力を済ませて発送日時の確認画面に至った。
それ文フリ当日に間に合う?
文フリは12時に会場がオープンする。
埼玉にある自宅から、会場である東京流通センターまでには、
駅までの徒歩等の時間を含めて考えると2時間もあれば間に合う計算だ。
つまり、10時までに商品が手元になければならない。
発送後翌日に届くにしても、夕方に届いてはもう手遅れなのだ。
プリントパックではもう間に合わない可能性が出てきた。
そんな絶望的状況の中で午後から授業があったため、大学に出向いて、教授に事情を説明した。
「間に合うような印刷会社を今から探すか、学校のプリンターで印刷して、自分で製本するしかない。それでもそのページ数となると間に合うかどうか……」
間に合わない可能性が、教授の言葉でより現実味を帯びてきた。
心が折れそうになって出店辞退も考えたが、死ぬ気で言葉を紡いだ今朝までの数日間のことが頭をよぎり、ギリギリすぎる依頼を引き受けてくれる印刷会社を血眼になって探し始めた。
しかし、ここで足を引っ張ったのが、「64ページ」と、自分が指定した判型である「B6」。
B6に対応してくれても40ページまでだったり、ページ数の制限はなくとも対応する判型がA4、A5、B5のみであったり…
「帯に短したすきに長し」といった具合で、なかなか自分の望む条件に合致しない。
もうダメかと諦めかけた時、救世主が現れた。
セントグラフィック株式会社
「納期に間に合わないかもと、思ったらセントグラフィックにご相談ください。」との文言を引っ提げる、オンデマンド印刷を取り扱う印刷会社。
B6中綴じ印刷、惜しくも60ページという条件で「最短出荷」というコースがあった。
最短ってどれくらい最短なんだろう。
もしかしたら掛け合ってくれるかもしれない...!
一縷の望みをかけて電話をかける。
「かなり急ぎの案件で、2日後の11月11日10時までに手元に製本が届くようB6中綴じ、64ページの冊子を印刷・発送をしてくださる印刷会社を探しておりまして.…..」
我ながらかなり急でわがままな依頼だ。
「かしこまりました。納期が直前であること、ヤマト運輸のお届け指定便を使用するためかなり割高になってしまいますが、それでもよろしいですか?」
え?引き受けてくれるの.….. !?
赤字確定だろうが、間に合わせてくれるだけでどれだけありがたいか。
カラーページの指定、用紙、部数など詳細な条件を聞かれていき、順調に手続きが進んでいく。
「営業時間の関係上、20時までにデータ入稿してください。」
最後に期限を告げられて電話を終えた。
この土壇場で依頼先が見つかった!とかなり安堵した。
しかし、時計に目をやるとすでに17時を回っていた。
誤字脱字の確認、裏表紙のデザイン、あとがきの挿入など、かなり作業が残っている。
終わらせてみせろ。
残された3時間弱、今までの人生でかつてないほどの集中力を発揮していたと思う。
19時50分。
締切の10分前にやっとの思いでPDFファイルを送信した。
翌日。
メールの返信が来た。
「データのご入稿ありがとうございました。
ご依頼いただきました小冊子の発送番号をお送りいたします。
___この度は、ご依頼いただきありがとうございました。」
データ入稿 完了!!!
果たして実際に冊子は届くのだろうか。
届いたとして間に合うのか?
文フリ当日編に続く...!
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