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【小説4】麻子、逃げるなら今だ‼︎〜自立〜



全話収録⤵️

前日譚•原案(ノンフィクション)⤵️


4.自立

 夫は会社を辞めてからも出張が多い。
25才になった娘の由美は多くないお給料の中から、短大の入学金も授業料も麻子に返してくれた。
学内給付型奨学金を受けたから要らないと言っても応じない。
入社以来、毎月5万円も入れてくれている。
ファッションやメイクに浪費しないので負担にはならないようだ。
 息子の修が、声優の専門学校に行きたいと言い出したときには驚いた。
麻子を説得してでも行く気があるのか試すつもりで「大学を出てからでもいいんじゃない?」と言ったら進路を大学に変えた。
本気なら夫を説き伏せてやろうと密かに企んでいたのに。
結局、大学3年には上がれず留年、休学、復学そして退学。
退学するくらいなら復学しなくて良かったのに。
大学に行かないで専門学校に行けば卒業できたのだろうか。
学生時代からのアルバイトを続けているのは立派だけれど、さっさと就職すれば良いのにと思う。
 末子の進は「頼むから国公立大学を受験してくれ」と担任から言われているらしい。
本人は何とも思っていないようだし未だ2年生なので先のことは判らないが親としては嬉しいものだ。

 「家族の生活は会社員時代と何ら変わらない」と夫は断言していた。
不在がちで子ども達の進路相談もできなかった。
たとえ会社に勤めていても相談にのってくれたかどうかは判らない。
 「同族会社だから正当に評価されない」と言っていた。
社長の息子が入社したときには、夫が教育係として教えた。
碌々仕事もできないのに2年目に専務に昇格したときには「仕事もできないのに高給取りだ」と漏らしていた。
 「我慢もお給料の内」と麻子は思っている。
サラリーマンの恩恵は計り知れない。
交通費も宿泊費も出してもらえて、月給とは別に出張手当てまでもらえる。
社会保険だから保険料の半分は会社持ちだ。
年末調整だって会社がやってくれる。
それがどうだ、自営では全部自腹だ。
経済観念が希薄な夫はそれを解っているのだろうか。

 夫から生活費の入金が遅れている。
会社員時代は毎月25日に出張先から入金してくれていた。
「ホテルの近くに銀行がない」「顧客の家で長居していたらATMに間に合わなかった」と言い訳をする。
 夫が帰って来たときに意を決して訊いてみた。
 「ここ何ヶ月か入金が翌月になったことがあったでしょう。
月末までに支払わなければいけないお金があるから、今まで通り25日に入金してもらえると助かるんだけど」
 「デパートからの入金は翌月10日に決まってるだろう」
麻子には意味が解らない。
 「会社を辞めるとき、家族の生活は何にも変わらないって言ってたよね」
 「どうしてそんなに古い話を持ち出すんだ。
デパートが10日だっていうのは常識だろう」
会社を辞めたのは5年前だ。
確かについ最近ではない。
だからといって古い話は無効?
デパートでは買い物と食事しかしたことはない。
デパートから取引先への支払いが翌月10日締め切りだなんて知る訳がない。
いつ常識になったんだろう。

 新婚当時は毎日のように「子どもの手が離れたら2人で旅行をしよう」「死ぬときは2人一緒」なんて言っていた。
いざ子どもが生まれてみれば「子どもさえいなければ」と夫の口から何度きいただろう。
 気持ちだけはとっくに夫から自立している。
でも気持ちの自立だけでは足りないような気がする。
今も子ども達には父親への不満や悪口を言わないように気を付けてはいる。
それでも不穏な空気は子どもにも伝わっているのだろう。
年の離れた末っ子の進でさえ「ママンはどうして離婚しないの?」と訊いてくる。
3人の中では進が一番父親から可愛がられているというのに。

 「ママ助、こっちこっち」
仕事帰りの由美と待ち合わせてライブや映画に行くようになった。
修と進の夕食を準備して、夫が帰宅するときには夫の分の夕食と置き手紙も用意してから出掛ける。
ライブや映画の前後に由美と外食する。
専業主婦とはいえ夫の仕事の連絡を取り継いだり頼まれた商品を梱包したりと夫の下請けをしている。
夫が家に居れば気も使う。
由美との夜遊びくらいなら健全な息抜きの範疇だろう。

 夫は以前から財布に硬貨がたまるのを嫌がり、クッキーの空き缶にジャラジャラと財布の中身を入れていた。
 「まとまったら外食か家族旅行に行こう」
気の毒だけど、誘われても誰も喜ばないと思う。
 「かあちゃん、かあちゃん」と修に呼ばれた。
そういえば修と父親が話すのを最後に見たのは一体いつだっただろう。
 その月も夫からの生活費は遅れていた。
仕方なくクッキー缶の中身を使わせてもらおうと手に取って驚いた。
軽過ぎる。
開けてみて更に驚いた。
ゲームのコインらしき物が数枚。
 「もしかして」と思って慌ててクローゼットの抽斗を開けてみる。
 「やっぱり…」
厚みがすっかり薄くなった封筒。
麻子の父が孫達にとはずんでくれたお祝い金。
金額が大きいからと夫に預けたままにしていたのが失敗だった。
 そういえば先週は夫宛てに「親展」とスタンプが押されたカード会社からの封書が届いたけれど何だろう?
夫は仕事が上手く行っていないのだろうか。
反対を押し切って会社を辞めた手前、言い出せないのだろうか。

 夫には何も気づいていないふりを通すことに決めた。
できるだけ今まで通りに接する。
今までは努力だったけれど、これからは演技だ。
夫の方から打ち明けられたり、助けを求められたり、謝られたら「今度こそ話し合いをしましょう」と言おう。
 こんなこともあろうかと麻子は「つもり貯金」をしてきた。
夫に内緒にしているけれど疾しいことや狡いことはしていない。
申請すれば貰えるお金は面倒くさがらずまめに手続きをした。
車を処分した後は、車検代の積み立てや駐車場代や保険料や税金を払うつもりで貯金してきた。
由美からのお金には1円も手を付けていない。

 コツコツと貯めた「つもり貯金」が今となってはどれほど心強いことか。
でも油断は禁物だ。
未だ進の大学進学が控えている。
それにこの金額だけではとても「自立」とは言えない。
家庭を壊したい気持ちは全くないけれど、もし家を飛び出したとしても自活できるという自信が欲しい。
こんな年だしスキルもないけれど本気で仕事を探そう。
 それにしてもいつの間に「お母さん」と呼んでいた子ども達が三者三様の呼び方をするようになったのだろう。
心が決まったからなのか、そんなことを思い微笑みが漏れた。
(2596文字)


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