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空を飛ぶ車椅子がほしい

3年ぶりに家族がそろった。2年前に突然、母が倒れてから、障碍者の妹は施設で暮らすことになった。去年のお正月は、私と父と母で妹の施設を訪れて、消毒薬の匂いのする殺風景な施設のホールで、ささやかな家族の会話を交わしたのを覚えている。その前のお正月は母の入院と手術で、父と私で忙しなく見舞いに行き、母を支えるはずの私まで倒れて病院の緊急に運ばれて点滴を打つというハプニングまであり、家族皆が、ただただ混乱していた。

あれからの月日は長かったのか、短かったのか分からない。ただ毎日を乗り切ることに精一杯だった。

そして今年のお正月は、一時帰宅ではあるけれど、妹が家に戻ってきて、3年ぶりに施設ではなく、家で過ごせることになった。やっと前に進んだ気持ちだ。

元旦はおせち料理を食べるはずだったが、お雑煮だけで済ませて、久しぶりに家族そろってレストランに行くことにした。

障碍者と一緒に行動して初めて見えてくる世界

妹を連れてレストランに行くたびに感じることは、店の人たちの心遣いや気配りの温かさだ。店に入る時から、「車椅子のお客様が来たから、頑張って接客しなくちゃ」といった気概が伝わってきて嬉しい。広いテーブルを空けてくれたり、お水にストローをさしてきてくれたり、「何か必要なものはございませんか?」とちょくちょく声をかけてきてくれたり、感謝感激である。

レストランの良さというのは、お料理の味だけではなくて、こうしたスタッフたちの優しさがつくっている。親切な店だからまた来たい、ではなくて、また来させて頂きますと、心から思う。いつもありがとうございますと、お礼を言って店を後にする。

しかし、レストランは昔から今のようだったわけではなかった。今から15年前、20年前はどこでも、店に入っていくだけで、店員さんからぎょっとした顔で見られることがよくあった。車椅子のお客なんか来てどうしようと、おろおろした表情をするウェイターもいれば、あからさまに面倒くさそうな顔をする店長もいた。店が混んでいる時は、車椅子だからという理由で、他のお客様より後回しにされることもよくあった。

ようやく中に通されても、一番目立たない奥の狭い席に案内されて、「どうして、こんなに奥なのですか?」と問いかけると、「他のお客様が驚かれるといけませんので」という返事が返ってきた。

どのテーブルも見渡せるフラットな店では、私たち家族のテーブルだけ屏風のような「ついたて」で囲われたこともあった。他のお客様から見えないようにするためだという。味が美味しくてリピーターになっていたレストランでも、そのような対応をされていた。

ほんの15年、20年前には、上述のようなことを普通に経験していたのだ。

それがいつしか、世の中は徐々に変わっていった。奥に通される回数が減り、入店時に困った顔をされる回数が、少しずつ減っていった。

だから店長やウェイトレスから親切にされる今を、私たち家族は普通のことだとは思っていない。ようやく世の中が良い方向へ変わってきた証だと感じている。それだけに喜びもひとしおなのだ。親切にされる、あるいは疎まれないことが、障碍者を取り巻く今の日本の現状を映しているように思う。


しかし、状況が良くなった現在でも、変わらないことがある。

段差という高い壁

それは、店の入り口にある階段である。

入り口に階段があるレストランは多い。個人の店でもファミレスでも、入り口に2,3段の階段がある。それは、店構えを良くするためでもあるし、大雨や洪水の際に店が浸水しないための策でもある。建物の構造上、入り口に少しの階段をつくることは避けられなのだろう。

しかしこの数段が、車椅子にとっては大きな悩みの種になる。「あの3段が登れないから、あの店はやめよう」といった会話が日常的に繰り広げられる。2段までならなんとか家族の力で持ち上げられるけれど、3段となると難しい。お店の人にわざわざ外まで出てきてもらって、一緒に車椅子を持ち上げてもらおう、など考えたこともなかった。上述したように、昔の社会状況では考えにくかった。

ただでさえ店員さんから疎まれそうなのに、その上、車椅子を持ち上げるのを手伝ってください、とは頼めないと思っていた。だから入り口に3段の階段がある店よりも、エレベーターのある6階の店を選んだ。

空飛ぶ車椅子の開発を待ち望む

段差をなくせ、とは私には言えない。障碍者の中には、そのような要求をする人も多いけれど、私はこれは難しい問題だと思っている。段差をなくすには、建物の構造を変えないといけない。しかし建物の構造というのは、それが建つ土地の形状に見合って設計されているわけだから、究極的に言えば、土地そのものの形を見直し、変えないといけない。

スロープをつければいい、という意見もあるけれど、スロープは長い距離を必要とするために、それが設計できる条件の店はおのずと限られてくる。多くの店がひしめきあう商店街の中にあるレストランなどでは難しいし、道路沿いの店舗でも周囲の交通状況などにより、難しい場合もある。

日本は狭い島国で、しかも台風が多い。温暖化の影響で、昨今ますます大雨や洪水被害が増えてきた。そうなると、フラットな建物は今後、災害対策のためにも建てない方が安全だとも思える。

そこで私は、飛ぶ車椅子を開発するのが、一番の良策なのではないかと本気で考えている。空高く舞い上がるのではなくて、地上から50センチくらい浮くことができる車椅子だ。50センチ浮いてくれれば、3,4段の階段をまるで登っているようにスムーズに上がることができる。エレベーターのない2階にあるレストランも、50センチ車体が浮いてくれたら、まるでスロープを登っているように、すいすい上がれるだろう。

今、ドローンで空撮するのが当たり前の時代になっている。土地の広いアメリカやオーストラリアなどでは、Amazonがドローンを使って、軽量の荷物を空から運搬している。軽めの荷物を空高く運べるのなら、重い車椅子を50センチ浮かせることも可能なのではないか?

もちろん、開発には時間がかかるだろう。でも夢物語ではない、と思っている。なぜなら、かつてレストランで家族そろって、屏風の「ついたて」に囲まれながら食事をしていた頃、妹は他の人々を不快にする存在なのだと、私はとても悲しく思っていた。あれから20年が経ち、今は堂々と食事をすることができる。たった20年でここまで自由になれたのだ。ならばこれからの20年で、宙に浮く車椅子が登場したって不思議はないだろう。

夢は必ず現実になれる!

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