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キャンピングカーで暮らす学生たち

アメリカの最新貧困事情

私の母校が大変なことになっている。先日、大学時代の先輩からライン動画が送られてきた。そこに映っていたのは、私たちの母校の大学の裏道にびっしりと停まるキャンピングカーの風景。一見すると、大学が何かのイベントでも開催して、父兄たちがはるばる遠くの州からやってきたのかと見紛うような光景でもあるが、そうではない。路肩にびっしり横付けされたままのキャンピングカーの中では、学生たちが寝泊まりし、昼間は授業に出て、図書館の自習室で課題や論文などを仕上げ、そしてまたキャンピングカーの中に帰って寝る。つまり車上生活をしているのだ。

アメリカでは貧困状態に陥っている学生が多いことは知っていた。私が学生だった頃も、彼らの経済状態が日本の大学生と比べてとてもシビアであることは目の当たりにしてきた。しかし近年、そのシビアな状況がさらにシビアになり、ついには車上生活をする者が爆増している状況にまでなったのだ。

日本でも大学生たちが学費をローンで借りて、卒業と当時に多額の借金返済義務が社会人になったばかりの彼らの肩にのしかかるという話は、よく聞く話であるし、ついには学生ローンをチャラにすることをマニフェストに掲げる政党まで現れた次第だ。

そんな日本よりも、アメリカの大学の学費はさらに高く、日本の国立にあたる州立大学でも日本の私大の約2~3倍の学費になっている。アメリカの私大ならばさらに高額になり、経済学や文学などを専攻していたとしても、日本の医学部なみに授業料がかかるのだ。

さらにデフレが続く日本とは逆に、アメリカの地価や物価は上がり続け、サンフランシスコやニューヨークなど主要な都市ではレントが毎年上がり続けるので、たとえ数人でひとつのアパートメントをシェアしたとしても、ひとりあたりの毎月の支払額は800ドルから1000ドル(1ドル100円計算でも8万から10万)にもなる。狭いベッドルームにマットレスだけを敷き、ルームメイトとプライバシーのない生活を何年も続けるのは精神的にしんどい。事実、ルームメイト同士のトラブルは絶えない。

学生寮もアパートメントに負けず高額で、狭い部屋に2段ベッドが2組も押し込められた、まるで刑務所のように天井の低い部屋に4人で眠る。そんな環境に毎月1000ドル前後を払っている。冬場は風邪がはやり、一人が風邪を引くと、ほかの三人も罹ってしまうという環境に卒業まで耐え抜く。ハリウッド映画やNetflixのドラマが描くような楽しい明るい大学生活とは、現実はじつは大きく異なる。

それならばいっそのこと、車の中で暮らしてしまった方がいい。そう考える人が現れても不思議ではない。車上生活なら、学費は払うとしても、レントは払わなくて済むのだし。ガソリン代の心配もさほどない。車は路肩に停めっぱなしなのだから。 

私が受け取った動画はサンフランシスコのもので、サンフランシスコはITバブルが止まることを知らず、レントもそのほかの物価も東京に比べて目が飛び出るほど高いのだ。この町では年収1000万円でも下層階級だと言われていて、生活の苦しさから町を離れていく人が後を絶たない。サンフランシスコはもともとヒッピー文化、カウンター・カルチャー文化が栄えたところで、アーティストや詩人やミュージシャンなどがこの町の文化と歴史を創ってきた。それがITバブルのおかげで地価も物価も高騰し、IT関係者しか普通に暮らすことができなくなりつつある現在では、サンフランシスコの文化そのものが変わってしまった。キャンピングカー学生もそんな背景があって出現したといえる。 

しかし、サンフランシスコだけでなく、調べてみたら、ニューヨークでもアリゾナでも、似たような状況が起きていることが分かった。

ニューヨークはマンハッタンなど交通量の多い地区ではなくて、ニューヨーク郊外の比較的静かで交通量も少なく、緑も多く、のどかなキャンパスライフが一見送れそうに見える学生街に、キャンピングカー群が出現しているそうだ。大きな車が止めやすい、夜の町が静かで車中泊でもぐっすり眠れるなどの理由もある。

砂漠とサボテンの風景で知られるアリゾナでは、路肩が広いだけでなく、もともとアウトドアが盛んな文化のある州でもあるから、キャンピングカーを停めていいスペースが要所要所にあり、そこを活用しているという。授業の間は大学キャンパスの裏手などの路肩に停めておき、夜はキャンピングカー置き場(のようなスペース)に移動して車中で眠るという生活パターンだ。

お風呂やトイレはどうしているのだろう? 彼らは大学のジムのシャワーを使ったり、アパートや寮に暮らす友達を訪ねてシャワーを借りたりしているようだ。食事はスーパーで買ったパックのフードか、キャンピングカーによっては小さなキッチンが備わっているものもあって、そこで野菜を切ったりして、最低限の健康管理をしているそうだ。

この現象について、旧知の大学教授が鋭い指摘をしていた。車上生活を選ぶ学生たちは、じつは中産階級の家庭の子供なのではないかと、教授は言うのだ。キャンピングカーは決して安くはない。レジャーのための贅沢な車だ。それを所有できる家庭に育ち、かつ、親が子供にそんな高額な車を自由に使っていいと許可するくらいだから、中産階級かそれ以上の家庭なのは確かだろうと。

教授の言うことを鑑みれば、つまり、昨今の学生たちのキャンピングカー現象は、アメリカの中産階級の経済状況が昔よりも苦しくなっていることを意味するのではないか? ひと昔前の中産階級の子供だったら、親から学費と生活費の仕送りを充分ではないにせよ受けられていた。私が学生だった頃は、授業料とレントの一部を親から援助してもらい、残りをアルバイトと奨学金でまかなっている人が多かった。しかしレントも授業料も爆上がりしている昨今では、たとえ親からの支援がいくらかあったとしても(または支援を受けられない状況にあるなどで)将来のローン返済義務やあれこれを懸念すると、車上生活を選んでしまうのではないか? そして親も親で、いくらキャンピングカーといえども、治安の良くないアメリカで子供を卒業まで4年近くも車上生活させることに同意するのは、他に選択肢がない経済状況なのではないだろうか?

アメリカのこの学生事情は他人事とは思えない。なせなら、日本もそう遠くない未来に同じような状況が来るような気がするからだ。この10年を振り返ると、日本は多くの側面でアメリカの後を追いかけているように見えた。学生時代の多額の学資ローンを早く返済したいと、風俗産業に心ならずも勤める人の話も聞く。ならば学生の頃から節約に努めるために、車上生活をしようと考える学生が現われても不思議はないだろう。ネットカフェで時間ごとに請求される生活を1年間続けるのと、1年間の車の維持費はどちらが高いのだろう?

アメリカの学生たちが日本の未来を垣間見させてくれたようで、不安になった。

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