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【小説】狼煙

昔、ある家の暖炉の前で若い男女が寄り添っていた。 「明日、お父様のご友人の、ご子息のところに嫁ぐの。」 男は表情ひとつ変えず、暖炉の火を見つめている。 「ねえ知ってた?昔の人は、大きな火を起こして自分の居場所を知らせたらしいわ。」 暖炉の薪が炭になった部分から鈍い音を立てて落ちていく。 「私、何もかも嫌になったら、家を燃やしてしまおうと思うの。」 そうしたらあなた、絶対に私を見つけてね。 若い娘の言葉に、男はゆっくりと頷くと、自分の手を娘の手の甲に重ねた。 男はそれから一日

    • 愛じゃなくてよかった

      うまくいかなかった一日の終わりに、トイレットペーパーを延々と巻き取ってしまうことがある。がらがらと巻き取られていくトイレットペーパーは私の両手の中で白い塊になり、適当に使われて捨てられる。半ば無意識でやるもんだから、両手に巻き付いた白い塊を見て、ああ、今日もままならなかった、と思う。 この間、好きな人とお別れをした。私には到底釣り合わないような、やさしい人だった。 “やさしい”という言葉は、使う人によって○でもあり□でもあるような、様々な形状を示す言葉であるように思う。私が

      • 【3分小説】わたしたちの秘密基地

        友達ができた。じっとりと蝉が鳴く、八月のことだった。 校庭の隅にはトタンでできた体育倉庫があり、その倉庫裏とフェンスの間には、樹齢の高い八重桜の木が生えていた。春が終われば人気を失うその場所は、私だけが通う秘密基地だった。夏が近付くにつれ葉の緑が不気味なほどに色味を増すことも、この時期のこの場所に誰も寄り付こうとしない理由のひとつだ。 八月の西陽に焼かれた校庭の隅、生い茂った葉のおかげで幾分かひんやりとしたその場所で、私は彼女と出会った。 夏休みも折り返しに入ったあの日、

        • 【短編小説】想いの種【所要時間:3分】

          ときに人というものは、頭に花を咲かせるものである。そしてそれを知っているのは、どうやら僕だけらしいのである。 「今度の土曜どこ行く?」 「んー、どこでもいいよ」 彼女の言葉の裏に(将暉と一緒なら)という含みを感じて頬が緩む。僕の彼女、愛佳の頭には、小さくて健康的な向日葵が咲いている。学校の帰り道を二人で歩きながら、カフェの窓に映る自分を何気無く見る。僕の頭の上に咲く向日葵は、愛佳のそれと同じように瑞々しく上を向いていた。 周りを見れば多くの人が同じように頭に何かしらの花を咲

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        【小説】狼煙

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          【短編小説】望み行き有人タクシー【所要時間:5分】

          12時10分。間に合うはず。 スマホを片手に、遠くに小さく見える空のタクシーに向けて手を振る。 仕事はまだ少し残っているが、午前中特有の集中力のおかげで、移動中にノートパソコンを少し触れば終えてしまえるほどには片付いていた。ドレスはタクシーの中で着替えればいい。ここ十年でタクシーの無人運転化が進んでくれて本当に助かった。化粧も車内で直してしまおう。 私はこれから、親友の結婚式に向かう。一年間既読無視をし続けている、親友の結婚式に。 しゅう、と微かなブレーキ音を立ててタクシ

          【短編小説】望み行き有人タクシー【所要時間:5分】

          心にいつも大きな犬を(文学フリマ東京38の感想など)

          動物に例えるなら大型犬だね、と言われたことがある。 理由はたしか、嬉しいときに嬉しそうな顔をするから、だとか、悲しいときに悲しそうな顔をするから、だったように思う。(怒っているときに悲しそうにする、とも言われた。) 自己紹介が苦手な私は、その言葉をもらってから「心に大きな犬のタトゥーを入れています」と言うようになった。おそらくこれまでの人生で受けたストレスへの反応であるこのタトゥーを、刻みたくて刻んだ訳じゃないこのタトゥーを、今ではすっかり気に入っている。だって、大型犬だよ

          心にいつも大きな犬を(文学フリマ東京38の感想など)

          【二次創作小説】リンス/オレンジスパイニクラブ

          「一本ちょうだい」 ミキの言葉ですべてわかった気がした。 乾かしていないミキのロングヘアーが朝日を受けて不健康そうに光る。 「煙草吸う人だっけ」 俺がそう言うとミキは気まずそうな顔をして「たまにね」と言った。成長期の真っ只中からヘビースモーカーだったタケルが煙草の重さを変えたのも、タケルとミキが俺の前であまり喋らなくなって随分経つのも、全部がミキの一言で繋がってしまった。まあ今までも、わかりたくなかっただけだけれど。 宅飲みなんかするんじゃなかった。もっと酒に強いやつを呼

          【二次創作小説】リンス/オレンジスパイニクラブ

          【500文字小説】卒業

          「ついに卒業式だな。引っ越しの準備は済んだ?」 ユウコはあの日から無口になった。俺の言葉には返事を返さず、こっちを見て微笑むだけ。 「今日で離ればなれなんて信じられないな」 去年の夏休み、俺は海を見に行こうと早朝から自転車を走らせた。ユウコは俺の後ろで鼻歌を歌っていた。早朝だったんだ。運転手がちょうど、眠くなるくらいの。 「東京って行ったことないなあ」 ユウコの向こうで親友のカトウが心配そうにこちらを眺める。喋らないユウコに話しかける俺が滑稽に見えているんだろう。 「なあ、俺

          【500文字小説】卒業

          【小説】フルーツポンチ

          「起立、礼、さようなら」 「さようなら」 帰りの会の終了を告げる高めのチャイムが辺りに鳴り響き、ランドセルを背負った子供たちがパラパラと教室を後にした。手元の日誌と資料を、トントン、と教卓に当てて揃える。教師になって二年目、私が初めて担当したクラスも、この来月でクラス替えとなる。 突然、外からカラスの鳴き声がして窓を見る。カラスはベランダの手すりにとまり、こちらをじっと見ていた。 そうだ、あのときも、こんな風にゆったりとした放課後だった。 フルーツポンチ、という都市伝説が

          【小説】フルーツポンチ

          【500文字小説】出会いと別れと出会いの季節

          アラームを止める。まだ五時半か。寝直そうとしたとき、異様な光景に目が覚めた。壁一面に張られた黄色の付箋と、ゴミ箱を埋める丸められたピンクの付箋。 『犬(サスケ)』 『洗濯機に洗濯物』 『朝六時サスケの散歩』 『僕の記憶は一日で消える』 足元を見ると、リードを咥えた柴犬が座っていた。 公園に着くと、サスケが一心不乱にベンチの方へ駆け出すのでそれを追って僕も走った。サスケは座っている女性に飛び付き尻尾を振っている。 「すみません」 「いえ、元気ですね」 「はは…」 一目惚れだっ

          【500文字小説】出会いと別れと出会いの季節

          【小説】象から咲く花

          公園には象がいました。 象の鼻は滑り台になっていて、お腹はくり抜かれ、身体には無数の落書きがありました。象は身体に文字を書かれることも、書かれた文字を想像することも大好きでした。 象はたくさんのことを知っていました。 象の動かない視界に映るものは限られていましたが、その代わりに、大きな耳で色んな話を聞くことができたからです。近くの学校のチャイムの音が変わったこと。三丁目の山田さんが老衰で亡くなったこと。花火大会のあとのカップルは公園に来ること。小学生たちがはしゃぎながら噂し

          【小説】象から咲く花

          【小説】お題「ドライヤー」「雪山」

          「遭難したときにチョコってやっぱいいらしいですよ」 「え?」 つい聞き返してしまった。美容室。テレビからはワイドショーが流れている。 「ほら、雪山の」美容師が俺の肩を揉みながら顎でテレビを示した。「ああ」テレビから司会の声が聞こえてくる。 「万が一遭難したときは~…」 目を閉じて、揉まれている肩に集中する。チョコは嫌いだ。甘ったるいから。隣の席からはゴオオというドライヤーの音。遭難したことはないが、吹雪の音はこんな感じだろうか。ゆるりと届く生暖かい風には程遠い雪山を想像しな

          【小説】お題「ドライヤー」「雪山」

          【小説】虹をかける

          職場近くの街中華は、量が多い。皿に散らばる炒飯の粒をレンゲでかき集める。最後の一口はお茶碗一杯分に相当するんだよね、というナナコの冗談を思い出す。 背中から聞こえてくるワイドショーが、近くの山道での事故をのっぺりとした口調で伝えてくる。バイクが横転、転落、後ろに乗っていた女性は病院に運ばれたのち死亡が確認され、運転していた男性は意識不明の重体で…… 気を抜くと逆流しそうになる炒飯を水で流し込み、会計をする。ありがとうございましたーという声を背に店の外に出ると、もわっとした六月

          【小説】虹をかける

          【500文字小説】妖精屋

          「もしあの人が立ち直れていなかったら、お願いします」 「一年後ですね、承りました」 花見客で賑わう公園で酒に口を付ける。 「もう一年だろ。そろそろ新しい彼女でも」 「そんな簡単に言うなよ」 「あ、おい」 新しい彼女?馬鹿らしい、だって俺はまだ─── 突然風が強く吹いて花びらが舞った。その向こうに見覚えのある後ろ姿。 「サユキ?」 思わず手を引いて、振り返った顔を見て驚いた。 「サユキだ!生きてたんだ」 「いいえ、私は」 桜の妖精です、と言い切ったサユキがふわりと微笑んだ。

          【500文字小説】妖精屋

          【小説】ミルクティー

          「紅茶99%、ミルク1%の飲み物はミルクティーだと思う?」 午後のカフェ、テーブルを挟んで向こう側に座るサクが、手元のカップにミルクを注ぐ。サクは突然の質問に黙っている私の顔を一度見やってからまたカップに視線を戻し、ティースプーンを摘まんだ。 「俺は思う、紅茶が濁ってしまったらもう、紅茶じゃないと思うんだよね」 子供扱いされるのが好きだった。並んで歩いたときに斜め上から降ってくる、ちょっと鼻にかかった声が好きだった。 「アコは本当になんも考えてないんだなあ」 そう言われる度

          【小説】ミルクティー

          【500文字小説】新生活応援プラン

          「新生活応援プラン?」 「はい、当社限定6G通信は十年後の自分と通話が可能なので、より的確な新生活へのアドバイスが頂戴できることでしょう」 値は張ったが、これから始まる大学生活のネタになるからと契約した新しいスマホを起動した。通話アプリを開き、指定された番号にかける。 「サトルだね、待ってました」 電話口の男は何故か誰も知らないような俺の情報を持っていて、やけに詳細なアドバイスをくれた。そしてその通りに行動すると面白いくらいに上手く事が運んだ。 「お前の言う通りに言ったら、

          【500文字小説】新生活応援プラン