【二次創作小説】リンス/オレンジスパイニクラブ

「一本ちょうだい」
ミキの言葉ですべてわかった気がした。

乾かしていないミキのロングヘアーが朝日を受けて不健康そうに光る。
「煙草吸う人だっけ」
俺がそう言うとミキは気まずそうな顔をして「たまにね」と言った。成長期の真っ只中からヘビースモーカーだったタケルが煙草の重さを変えたのも、タケルとミキが俺の前であまり喋らなくなって随分経つのも、全部がミキの一言で繋がってしまった。まあ今までも、わかりたくなかっただけだけれど。

宅飲みなんかするんじゃなかった。もっと酒に強いやつを呼べばよかった。そうしたら二人きりになることもなくて、こんな答え合わせみたいな朝も来なかったはずなのに。

柵にかけた腕の向こうに駐車場が見える。その道を挟んでもっと奥にはコンビニがある。ベランダからのいつもの朝焼けが、スーパーで一番安いリンスの香りと煙草の煙で乱される。

「彼女作らないの」
唐突な問いかけがなんでもない声で届く。聞きたいことは山ほどあった。お前こそタケルと付き合わないの。なんで俺ともするの。他にもいるの、こういう人が。
「……そんなぽんぽんできるもんじゃないよ」
「そっか」
なんでもない相槌とやっぱりなんでもない声。視界の端に映るミキの白い腕が、サイズの合わないTシャツが、今までで一番近いところにあって、どうしても届かないことだけがわかる。
「リョウならいい人見つかるよ」

ベランダから一番遠いところにある玄関の電気はつけておいた方がいいな。「じゃあね」って笑う顔が、ドアが閉まると同時に光に連れ去られてしまったような気がして、そんなことを思う。なあ、バンドマンってあんまり良くないらしいぜ。そんなのやめて、やめてさ。

歯でも磨こう、そう思って入った洗面所の鏡に、見慣れた顔が映る。さっきまで香り続けていた煙草の香りが、ミキが入ったシャワーの残り香で消されていた。同じ幼馴染みの俺とタケルの、何が違ったんだろう。いい人なんて見つからなくていい。お前じゃないなら誰でもいいのにな。

力が抜けて思わずしゃがみ込んだ拍子に、ミキと同じリンスの香りが自分から香った。髪を乾かさなきゃ、そう思いながら勝手に出てくる涙がスエットを濡らした。

「一本ちょうだい」

誰でもいいならさ。
誰でもいいからさ。


リンス
オレンジスパイニクラブ
作詞:スズキナオト
作曲:スズキナオト

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