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仙人が最期に選んだのは<ヘアゴム>

出逢い

あの瞬間、ヘアゴムを指さしたあの仙人を
私は、心からかっこいいと思ったし、
足元にも及ばないと思った。

と同時にこれまでの人生の寂しさも感じた。

その仙人には、その日初めて会った。

俗っぽい世間から離れて
独特の世界を持たれている空気があった。
白い髪が伸びた齢を重ねた男性だった。性別も男性とも女性とも違う中間の感じがした。
まるで「仙人」のようだったので敬意をもって
このようにここでだけ呼ばせて頂くことにした。

初めて会ったのにウエルカムな感じだった。
昔から知っていたような感じもしたので
すぐに感情移入が始まった。

前日から容態が悪かった仙人の様子を見に行った。
がん末期のかた。部屋に入るなり痰の絡んだ咳を連発。
思わずマスクの鼻のワイヤー部分を私の鼻にきちっと沿わせた。
熱も高かった。舌もカラカラ。
水分も自力では飲めていなくて脱水も考えられた。肺炎をおこされているようだ。
持参した補水ゼリーを口につけると乾いた口の中にゴクゴクと入り、少しだけ潤った。

どう頑張っても自宅で独居で
この仙人お一人ではこの命が繋げない。

医師に報告した。
直ぐに救急搬送受け入れ病院をさがしてくれた。

救急車到着までの時間、
仙人が動けないので
持っていくものの準備を進めた。
当分帰ってこれないかもしれないので
持っていきたいものはないかと伺っても
「ない」と。
もしかして帰ってこれない可能性すらある状態。
とりあえず思いつくものは色々かばんに入れた。
何をもっていくかなんて仙人から見たらどうでもいい感じだった。
それどころではなかったのだと思う。

救急隊が到着したので再度確認してみた。
本当に持っていきたいものないですか?と。

すると何かを思い出したように
辛いながらもゆっくり起き上がった。
首の辺りを触って何かを訴える。
髭剃りですか?イヤホン?
全部首を横に振る。

オム!と言われたように聞こえた。
オム?指している指の先には・・・

もしや「ゴム」?
顔が緩んで嬉しそうに「そう」と言われた。
正解だ!

仙人が最期に持っていきたいものは
長めの髪を束ねる「ヘアゴム」だった!

救急隊の人も「ゴムか~!!」と。流石にゴムは思いつかなかった〜と言う顔をしていた。
仙人の大切なものを言い当てることが出来てうれしい気持ちと持っていきたいたった一つのものがヘアゴムだったという衝撃・・・。
お金とか携帯とかではなく「ヘアゴム」なのか。

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最期に選ぶもの

私だったらどうだっただろうと後で考えた。

物欲はそれほどないと思い込んでいる私もこんな時にはあれとこれと、アーちょっと待って、あれも・・・って沢山出てきそうな気がした。

終末期の人のケアをするうえで「死の体験旅行」というワークを講義の中で何度かしたことがあった。
ざっくりいうと自分ががんと診断されてから死を迎える時までをイメージしていく。

このプロセスの中で自分が大切だと思うものを挙げていく。

大切なモノでも人でも事柄でも自然現象でも・・・。
亡くなっていくまでのプロセスで一つずつモノを手放していく作業を1つずつしていく。
それをケアする私たちも体験しようというワーク。

例えば、お金、家、読書、太陽、両親、子供、恋人、車・・・など。

高級車などのモノは早くに手放せるけど
多くの人が、最期の最期まで手放せないのが「人」。
家族、友達、恋人など。
泣く人も出てきてしまうのでティッシュ必須のワーク。かなりきついワークだ。

仙人は、身寄りがないかただった。
だから「ヘアゴム」・・・。

「ヘアゴム」と言われた仙人を
まだまだ物欲だらけの私から見たら執着を手放せていることがかっこいいとも思った。
足元にも及ばないと思った。


でも、彼だって本当は、
「ヘアゴム」を選びたかったわけじゃないと今は思う。
きっともっと違うもの。

あの後、「ヘアゴム」をもって彼は救急車に乗った。
「おうちに帰ってこられるのを待ってますね」と
出逢って1時間半しかたってない私が言った。


本当にもう一度出会いたいと思い、手を握った。

出逢って1時間半しかたっていない彼だけど
嬉しそうに頷いてくれた。
ちゃんと手を握り返してくれて少し口角が上がった。

「ヘアゴム」以上の存在になり、
短いひと時かもしれないけど家で待ってくれている人の一人に加われたらと思った。

もう一度会えるなら明るい色のヘアゴムを
持っていこう。

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