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しばらく恥ずかしさで立ち直れなかった

母と近所のスーパーにある和菓子屋さんで、桜もちとお菓子を買った。
桜餅にもふつうの桜餅と、手で包みましたというちょっといい桜餅とあった。
私は桜餅が大好きなのでもうどちらも食べていて、手包みのほうが美味しいとわかっていた。値段は40円ちがう。

母はせっかくだから食べてみたいと手包みを、私はふつうのにして、食べ比べようよ、なんていいながら、トレーを店員さんに渡した。
母がサイフを出したので、私が払うよ、と小銭を取ろうとしたら、一枚の硬貨が床に落ちて転がっていった。そして、お菓子のショーケースの下に入りこんでしまった。

母が床に這いつくばって、床を見ている。私もスカートを履いていたが、膝をついてケースの下を探した。

大量のホコリとともに、硬貨らしきものが2枚、手の届かない位置にみえた。
誰かも以前に落としたんだろうと思う。
店員さんが「何円落としたんですか?」と聞いた。でも、一瞬のことだ、10円か100円だと思うがはっきりはわからない。「100円だと思います…」

ハンガーを手にした店員さんの一人が床をザッザと引っ掻いて、ホコリだけがが大量に出てきた。
恥ずかしい。
また引っ掻いたら、1円玉が出てきた。
「これですか?!」
思わず、「違います!」
だってさっき2枚見た。もう一枚の方だ。
もう一度掻いた。
やっと出てきたのは10円玉だった。
「これかなぁ」
店員さんたちにお礼を言い、お菓子を受け取って店を出た。

店を出た瞬間から、恥ずかしさでいっぱいになった。
早く諦めたらよかったのに。
1円もらってすぐやめれば。
お母さん払おうとしてるのに見栄張らなければ。
桜餅は40円高いの平気で買うのに10円のためにホコリまみれになるまで探して。
よく行くスーパーなのにもうあのお菓子屋の前通れない。

あまりの落ち込み様に、母も呆れている。
そのあと落ち込みを通り越して後悔に対する怒りが湧いてきてしまった。
せっかく母がうちに来てくれたのに、母は玄関に座って水筒の白湯を飲んでいた。
「さっちゃん、怒ってるから、落ち着くまでここにいるわ」

私はキッチンタイマーをかけて、それが鳴ったら落ち込むのをやめようとした。
母がカボチャサラダと解凍した食パンを持ってきてくれたから、チーズをはさんで、サンドイッチにして焼いた。紅茶を入れた。

そのうちに、母は居間に来ていた。
タイマーはまだ鳴っていない。
できたものを運んだ。母は紅茶をカップに注いでくれた。
二人で食べた。1時30分。
お腹が空くと怒りっぽくなるから、そのせいもあるなと思う。
食べながらも、あー、とさっきの出来事を悔やんだりしていた。
「カボチャサラダにナッツが入っているね」
「そうなの」
「茶葉で入れた紅茶はおいしいね」
「妹にもらったの。ケニアっていうんだよ」
もう少しで食べ終えるくらいで、タイマーが鳴った。けたたましく鳴ったタイマー。切り替えるぞと音を止めた。

時間が経てば恥ずかしさも薄れるだろうと思っていたけど、一晩寝て、たしかに薄れてきた。
母からのメールには、この件には一切触れずに、凍った道でも、転ばずに帰れたことや、昨日あげたお茶漬けの素で鯛茶漬けをしておいしかったと書いてあった。

お読みいただきありがとうございました。