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ねこの白昼夢

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柄にもなく書いてみた短編など。
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【短編】ビロードのような味わいを

【短編】ビロードのような味わいを

「はぁあ…。」

わたしはその日何度めかの溜息を吐いていた。
気が重い。好きなことも何もやる気にならない。
何とはなしに手元のスマホの画面を見れば、前々から約束していた親友との遊びを早めに切り上げて帰ってきてから早くも数時間が経過しようとしていた。道理で外が暗いわけだ。
こんなにただ家の壁を見詰めながら溜息を吐くだけになるのなら、やっぱり親友と一緒にカラオケに行けば良かったかな、とチラリと思う。孤

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【短編】メントールによるオーバーライト

【短編】メントールによるオーバーライト

「タバコ喫いたい…」

居酒屋の薄暗い電球を見上げながら、目の前の彼女がぼそりと呟く。彼女が喫煙しているところを見たことが無かった俺は驚いた。

「あれ? 喫煙者でしたっけ?」

数年ぶりに会った相手はかつての同僚だ。昔は喫煙はしていなかった筈だ。
かつて一緒に食事に行った後、自分が一服しに行った時を思い出す。「喫わないけど、わたしも行く」と彼女は駅の喫煙所に着いてきて、喫煙する俺の隣でただただず

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【短編】幸せの形

【短編】幸せの形

纏わりつくような黒の中を僕は進む。
進んでも進んでも、視界に広がるのはただただ静かな暗闇の世界。

ふと。近くに何者かが蠢く気配を感じ、僕は身を縮こまらせた。恐怖で震える体を抑える。
この世界は敵も多い。自分の気配を殺してじっと息を潜める。物音を立てれば襲われるかも知れない。
暫くした後、やっと何者かの気配が消えた。
そっと辺りの様子を窺う。周囲の安全を確認してから僕はまた動き出した。

物心つく

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