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普通だけどすごく良いものを作りたい―安曇野の地で描く ものづくり

キャリアの聴き小屋vol.3 MIGRANT代表取締役 寺田和彦さん

「寺田さんがいろいろ面白いことをしている。」久々に会った高校の部活動仲間との飲み会の席で友人が言った一言。それが、私が寺田和彦さんにインタビューをしようとしたきっかけだった。

寺田さんは私の高校の部活動の先輩である。しかし、在学期間が被っていないためほとんど面識がない。でも、なぜか、寺田さんのことが心に引っかかった。話を聴くべきなんじゃないかと。

ネットで調べると寺田さんは長野県安曇野市にいた。そこにMIGRANT(マイグラント)という場所を作って活動していた。

MIGRANTは2018年、東京の建築事務所で設計の腕を磨いた寺田和彦さんと事務所の同僚の小穴真弓さんが設計事務所として立ち上げた。このMIGRANTは設計事務所としてスタートした後、これまで毎年新たな事業を始めている。2019年に民泊、2020年にシェアハウス、2021年に自然農の畑、2022年にコワーキングスペース。新たに始めた事業はどれも、設計とは異なる分野ばかりだ。

「たしかに面白いことをしている」そう思いMIGRANTのHPやnoteをさらにじっくりと見ていた。真弓さんが情報発信を積極的に行っているようだ。その中でMIGRANTの活動のほか真弓さんの人柄や考え、想いが見えてきた。見ていて楽しいし面白い。と同時に一つ気になることがあった。

やはり寺田さんの存在である。

もちろん寺田さんが活動する様子もアップされており、その写真から人柄を感じたりはする。だけれど、寺田さん自身の言葉で語る場面は少ない。

寺田さんはどんな人なのか、なぜ設計の仕事をするようになったのか、どんな想いで仕事しているのか、…やはり寺田さんに話を聴きに行くべきだ。

心の引っかかりが確信に変わった。

寺田さんを知りたい一心でアポイントを取り、安曇野に向かった。

ものを作るのが好きだった

まずは建築の仕事をするようになったルーツを探ろうと思った。小さいころから興味や憧れがあったのだろうか。

「小さいころからものを作ることがめちゃ好きでした。図工の授業で作ったものが選ばれて展示されたり、指で折れるギリギリまでちっちゃい折り鶴を折ったりするような子どもでした。」

京大建築学科で受けた衝撃

ものづくりが好きだったことから京都大学工学部建築学科に進んだ。ここで寺田さんは洗礼とも言うべき衝撃を受ける。

「最初の授業が『鉛筆ドローイング』っていう授業だったんです。当時、京大の建築に高松伸先生っていう有名な建築家の先生がいて、その人の授業が最初の授業だったんですけど。

「鉛筆を6Hから6Bまで準備しろ」って言われて6Hから6Bまでの鉛筆をカッターナイフでピンピンに尖らせるんですよ。1本1本尖らせて。それを使って斜めの線を描いて、それだけで図面を描くっていうわけわかんない授業があったんですよ。」

この授業ではアメリカの建築家フランク・ロイド・ライトの落水荘という建物の図面を描いた。A0の用紙に学生たちがひたすら鉛筆を走らせる。その音が教室内に響いていた。6Hが終わったら5H、5Hが終わったら4H、この繰り返しを6Bまで続けた。

「『何だこの世界は!建築って何だ?』って思いました。高校の授業とは違うし、『建築ってこういう世界なんだ。美大?』って感じました。」

最初の授業で衝撃を受けた後は、設計演習など次々に出される課題に取り組む日々が始まった。設計演習とは与えられた条件に応じて図面や模型を作りプレゼンをすることを指す。彼はまた課題と並行して部活動にも汗を流した。アーチェリー部の主力メンバーとしてチームをけん引。そんな大学4年間を経た後、大学院に進学をする。

大学院では学部時代に行っていた設計演習の機会は無くなり、論文の作成と研究室での活動がメインとなった。設計演習は友人とコンペと呼ばれる設計のコンテストに応募することで機会を得た。このコンペを通じて一つの経験を得られたと寺田さんは言う。

「今までの課題は一人でやるものだったので、コンペを通じて初めて人と一緒にやることを経験しました。『案はどうやって出すんだ』とか、そこから悩んでやっていました。一緒に設計案を考えたり、お互いが得意な作業を分担したりして取り組みましたね。」

わちゃわちゃ感が決め手。手塚建築研究所へ

大学院卒業後、手塚建築研究所へ入所。アトリエ系と呼ばれる建築家の事務所への就職を決めた理由を寺田さんはこう振り返った。

「大学院に入ってから建築家のところに行って独立して自分も建築家になろうと思っていました。また、アトリエ系の事務所は面白そうだというのもありました。インターンシップやバイトでアトリエ系事務所、ゼネコンなどを見てきて、アトリエ系事務所は学生の研究室のようなわちゃわちゃした感じがあって、ライブ感があるというか。そういうほうが面白そうだと感じたんです。」

成長せざるを得ない環境。とにかく必死にもがいた

手塚建築研究所に入所して2か月経った頃、寺田さんはいきなり1億円近い個人住宅の担当になった。

「ボスの手塚さんから『これは君の担当だから』と言われ、上司がついて担当し始めました。でも、上司も忙しく、そしてまわりの先輩も忙しく、ちょっとは教えてもらえても、結局『自分で調べてやって』みたいな感じで。基本的には自分でやる、みたいな感じなんですよ。学生時代って絵を描いているだけだったんですけど、実務は自分で描いたものを形にしないといけない。そうなると何をやったらいいかもわかんない状態なわけですよ。それでいろいろ失敗もして…。すごい大変でした。」

独立した今、当時を振り返って思うことがあると寺田さんは言う。

「任せるっぷりがすごいなと。よくあんなに任せたなって思います。でも結局それによって、必死になってやるから。お客さんも人生に一度の家だし、お金もかかっているし、完成した建物は手塚貴晴の名前で出版されたりするわけで。もう、強制的に成長せざるを得ないみたいな感じでした。」

個人住宅を担当した後は、住宅と住宅とオフィスが入った建物、高齢者専用賃貸住宅と呼ばれるマンションにリハビリ施設や食堂が付いている建物を担当していった。

「仕事がどんどんステップアップしてくというか、できるようになったと思ったらできないものを出されるみたいな繰り返しでした。費用も規模もどんどん大きくなっていくし、それもまた一人でやらないといけないし。毎回毎回必死でした。入所して3年くらいは怒られっぱなしでボロボロになってましたね。」

真弓さんから独立の誘い。迷いはなかった

目の前のひとつひとつに必死に取り組む日々。寺田さんが入社した数年後に真弓さんが中途入社してきて二人は出会う。出会った当初は仕事が忙しすぎてあまり話すこともなかった。それでも、事務所にあるキッチンで一緒に昼ご飯や夜ご飯を作るようになったことから仲良くなっていった。真弓さんから独立の話があったときは二つ返事でOKした。

「設計の仕事っていろんな能力が求められるなと感じていて。ただ図面が描けるだけ、模型が作れるだけでもダメで。いろんな人とコミュニケーションとらないといけないんですよ。なので、総合力が求められる仕事で、それを一人でやるって大変なんですよね。だから、大学院時代のコンペの話じゃないですけど、真弓さんとお互いに得意なことをやる、誰かとやるっていうのはすごく良いことだなって思っていました。」

独立後の心境。2人で決めていけるってすごくいい

2018年、寺田さんは真弓さんとともに、真弓さんが祖母から継いでいた安曇野の古民家を拠点に独立した。それ以降の活動は前述したとおりである。独立して数年、寺田さんは感じていることがある。

「手塚さんのところで働いていたときは、全部、手塚さんに確認して進めなければいけませんから自分で決められるっていうのはめっちゃ楽です。実際2人だと何が良いのか迷うこともそんなになくて。1人だともうちょっと迷うかもしれませんが、2人で決めたことは、そんなに間違いじゃないっていうのがあります。」

普通だけどすごく良いものを作りたい

MIGRANTのnoteやインスタグラムを読んでいると、これまでMIGRANTで携わってきた建物や家具の製作過程を知ることができる。これを読むと、限られた予算、条件の中で、その建物や家具を使う人にとって、それを使うことがより良い体験になるように様々な知恵を絞っていることがわかる。そして、使い心地からそのものに抱く愛着までデザインしているように私は感じている。

最後に寺田さんはMIGRANTで建築の仕事をする上で大事にしたいことを教えてくれた。

「『普通のものを作る』っていうのをやっていて、建築に限らずどの業界もそうだと思うんですけど、新しいことやらないといけないってあるじゃないですか。料理の世界とかもそうだと思うんですけど、新しい組み合わせでおいしい、みたいな。建築も雑誌に載るのはいかに新しいかとか、新しくてしかも良い、が評価されがちなんですけど。そうではなくて『普通だけどすごく良いもの』、かっこいい、美しいみたいなことは前提としてあったうえで、奇をてらったみたいなことはせずに、普通に良いものを作りたいなと思ってます。」

普通だけどすごく良いものをこれからも。MIGRANTのものづくりはこれからも続く。

取材時に振るまっていただいたごはん(ランチ)。
写真に収まっている野菜の多くは自然農の畑で採れたもの。
民泊やワークスペース利用時にいただくことができます。

 

MIGRANT(マイグラント)

〒399-8201

長野県安曇野市豊科南穂高1111

TEL 0263-75-9917

HP http://www.migrant-a.com/

Note https://note.com/mayumishimada

Instagram migrant.azumino

YouTube https://www.youtube.com/@migrant7574/featured

 

 

 

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