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物や知識を大事にするように、人も大事にするには?

小さい頃、親に気分で当たり散らされたことで、私は親を含め他者を信じるのが苦手になった。

またいつ怒鳴りだすかわからない。
機嫌を損ねたら何をされるかわからない。
私がうまくできないから親は怒る。だから頑張ってうまくやらなければ。

かと思うと、親は私の境界線をやすやすと踏み越えてきた。
私の持ち物を私に聞かずに捨てる。
私が嫌がることでも自分がしたいことは無理矢理やらせる。
私が得意でない部分を自分のことのように他の人の前で卑下する。
私の親は自分と私の間に境界線を引くのが苦手なようだった。

心からリラックスできる場所はどこにもなかった。
というか、心からリラックスするという状態を知らなかった。
だから家を出た。

そんな私なので、人付き合いも得意ではなかった。
他者に自分から話しかけるには、相手への興味があってこそだ。
でも私にとっては、他者はみんな恐い存在だった。
だって、誰がいつ怒鳴りだすかわからないから。
今機嫌良さそうに見えても、それはかりそめかもしれないから。

でも、本当は誰かに心を許したかった。
心の許し方がわからないんだ。
気を緩めると心を許しすぎてしまって、相手が離れていってしまう。

逆に相手が心を許しすぎるのも得意でない。
親が私にしてきたようなコントロールをされたくない。
それが善意によるアドバイスでも、「コントロール」と感じたらうまく受け取れなかった。

店員さんと会話するような、表面的な人間関係。
それが、これまでの私が築くことのできた精一杯だった。

私は、人間より物や自然、学問に興味があった。
物も自然もはっきりそこにあって見失うことはないし、変わらない。物は壊れることがあるがそれは織り込み済みだし、自然が季節の移ろいによって姿を変えるのもそれまでの人生で学んでわかっていることだ。
学問は日々進化していくが、本を読めば体系的にまとめられている(研究までいくとまた別ですけど)。
私の興味や好奇心は、人間ではなくそちらに向けられたというわけだ。

そして、自分への興味も薄かったのだと思う。
私が↑こういう人間だなんてはっきり知らなかった。そしてもちろん、自分の一面を他者に紹介するなんてこともしなかった。

……でも本当は、誰かに私の話を聞いて欲しかった。

だから、この半年間、私は自分で自分の話を聞いてきた。
より具体的に言うと、女性向けの講座を受けて、そこで「どうやって自分で自分の話を聞いてあげたらいいのか」をじっくり学んできた。

自分に何があったのか。どんな行動をしたのか。その時何を感じたのか。なぜそう感じたのか。
一つ一つ自分と会話した。

noteで詩を書いたり、こういうアウトプットをするのも一種のそれだ。
誰かに向けて書いているようで、自分に向けて書いて自分に読んでもらっている。

そうすることが、自分を大事にするということに直結しているのだとわかってきた。

自分を大事にすることは他にもある。
行きたい場所に行き、食べたいものを食べる。
日焼けしないように日焼け止めを塗る。
たまに銭湯に行ってゆっくりする。
買いたい物を買う。
したいことをする。
住環境や仕事環境を整える。
住みたい場所に住む。

自分を大事にすることで、自分以外の存在のことも少しずつ大事にできるようになってきた。
持ち物を大切に扱い、時々手入れする。
思いを込めて使ったり、着たりする。
家族のような観葉植物たちに朝のあいさつをしたり、お世話をする。

物を大事にするように、気付きや経験、そして機会や幸せも大事にするようになった。
ある時ふと得た気付きをノートに書いたり、詩にしたりする。
自分が決めてした行動は全て大事な経験だと受け入れる。すると後悔をあまりしなくなる。
頂いた機会やチャンスはよく考えて受け取るか受け取らないか決める。
そもそもこれ以上何かを欲さなくても、どうにかしようと頑張らなくても、既にあるものや環境で満足し、一つ一つを幸せに感じて受け取る。

これらは全て、自分を大事にすることにも繋がって循環する。

そして今。
自分を大事にし自分に興味を持てるようになった今、私は少しずつ他者にも興味を持ち始めている。
他者は恐い存在でない、と、少しずつわかってきたからだ。

自分を大事にすることによって、自分が抱いてきた他者への恐れが少しずつ溶けてなくなっていっているようだ。

他者の話。
その話の時相手はどんな行動をしたのか。なぜその行動をしたのか。
その時何を感じたのか。なぜそう感じたのか。

自分に興味を持てば、他者にも興味を持てるようになれるのかもしれない。

他者に興味を持てるようになってくると、「店員さんと会話するような表面的な人間関係」では留まらないようになってくる。
そこまできて初めて、他者を大事にすることができるようになるのかもしれない。

ここから先は未体験だ。
まつい先生のこれからの人生にご期待ください!


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