みかんの恋は愛のうた  1、終わった恋(6)


中学二年生に上がり、僕らはクラス替えがあった。登校すると掲示板にはクラス替えの結果が発表され、ケンチ、イチロー、ヒデ君は同じクラスだったがトツだけは別のクラスに分かれてしまっていた。
 トツとは、クラスが違っても休み時間などは一緒に過ごすことに変わりはなかったから、問題はない。
 それよりも、このクラス替えでは個人的に嬉しい奇跡が起きてくれたのだ。あの大好きな君と同じクラスになれたのだ。僕はこれからの学校生活が今まで以上に楽しくなることを期待すると、少々の風邪や病気で休んではいられない。本当によろこばずにはいられない。
 この喜びを誰かと共感したかったが、誰にも自分の気持ちを打ち明けてなかったから、自分の中だけで喜ぶしかないのだった。
 結局、一年生の頃は僕が君のいるクラスによく現れたことで、多少は顔見知りくらいにはなれ、挨拶する仲にはなれていたが、僕にとってはただの挨拶なのに君を好き過ぎたせいで、常に緊張して自分らしくいられなかった。
 それでも、君の声を聞けただけでも僕は幸せだったし、僕に向けて声を掛けてくれることが、何よりも僕の心を温かくしてくれていた。

 二年生になった僕はある日、次の授業で使う教科書を忘れてしまった。鞄の中や机の中を何度も探したが、やっぱりみつからなかった。諦めてどうしようかと考えていると、横から声をかけられたさ。
 「かずみの見せようか?」
 僕はびっくりしてしまった。同じクラスになれただけじゃなく、偶然にも君と隣の席になれたのだ。
 「あ・・・ありがとう」
 思いもよらぬ展開に僕は言葉に詰まる。見せてもらえるのなら机を合わせ、君との距離も至近距離になってしまう。しかし、反対側の隣の席からも声が届いてきた。
 「俺が見せてあげるよ」
 その声の主はツチコーだった。僕にとってこの至福な展開を引っくり返す一言に、本気でやめてくれと強く思った。どうにかツチコーの親切を断ってから君に見せてもらえるようにするにはどうしたらいいのか、この一瞬の時間の中で考えたが、結局、思い付かなかった。
 「二人ともありがとう。とりあえず、他のクラスの奴に貸してもらうよ。もし、持ってなかったら、その時はお願い」
 折角のチャンスだったけど、二人に対して断るしかなかった。結局、違うクラスにいるトツに貸してもらうために教室を出たのだった。
 すると、すぐにトツが廊下にいたので声を掛けた。
 「ごめんけど、社会の教科書、貸して」
 トツをみつけると、僕はすぐにお願いした。
 「あっいいよ。俺は5限目からだし、それまでに返してくれたらいいし」
 そう言うと、すぐに貸してくれた。
 「それとさ、日曜って暇?」
 トツはそのまま話しを続ける。
 「教えて欲しいことがあってさ。なかなか分からなくて苦戦してんだよね」
 正直、トツに教えることは殆どないように思う。僕なんかよりも頭もいいし、間違いなく勉強では教えることはないはずだ。
 「それに俺の親がさ、今度、ご飯食べにでも誘えってうるさくて」
 トツの親は本当に親切にしてくれる。優しいし、いい人だった。トツの親だけじゃなくヒデ君の親も、イチローの親も、ケンチの親も僕に対して良くしてくれた。
 僕が施設にいるからではなく、心から親身になって接してくれていることが嬉しかった。
 それに、他の友達の親も皆んな、優しいからこそその温かさに僕は救われていたこともあった。
 親の愛にあまり触れていなかった僕には、その温もりも人の優しさにも何度も助けられた。
 実際に、何故、僕だけがこんな生活なんだと思っていた時期もあった。周りの皆んなは、当たり前のように普通の家庭で育っているのに、僕はいつも規則やルールの中で生きているんだろうか、何をするにしても制限ばかりでいつも窮屈に感じたりもしていた。
 けれど、僕には沢山の人に支えられ助けられていたことに気付いた時、そんな自分の小さな悩みや葛藤なんてものはどうでもよくなっていた。

 「日曜は昼からでいいなら、大丈夫だけど」
 僕はトツにそう返事をした。
 「昼からでもいいよ。それじゃあ、宜しく」
 こうして日曜日の昼にトツの家に行くことになったのだった。

 教室に戻ると、隣の席にいる君と目が合う。これ以上ない幸せがすぐそこにあった。
 「貸してくれた?」
 優しい声だ。
 「うん。貸してくれた。さっきはありがとう」
 僕は親切にしてくれる君に感謝の意味も込めて伝えた。一年生の頃に比べると、挨拶だって毎日のようにするし、話しをする機会も格段に増えた。
 そして、隣の席になって気付かされたことも多くあって、小テストの採点の時にはお互いに答案用紙を交換して採点をするのだが、その時の君の字は可愛らしいのに綺麗な字を書くんだと思った。
 成績は普通くらいだってことや、よく仲良しの女子達とふざけては、よく笑っていることも、沢山の君を知ることができた。
 色々な表情を見せてくれる君は僕にとって、かけがえのない存在にどんどんなっていた。
 そんなある日、技術の時間の時にイヤホンを作る授業があった。その時、イヤホンの材料にあった耳に入る部分のパーツを使って、思い切りふざける君が、自分の胸の前に持っていった時は面白かった。
 「乳首、乳首!」
 と言って、ふざける姿には目のやり場に困りながらも僕は笑ってしまった。そんな明るい姿も全部含め、僕は君が好きだった。

 授業も終わり、トツに借りた教科書を返しにトツのクラスに向かうことにした。向かう途中、ヒデ君に声を掛けられた。
 「どこ行くん?」
 「トツに教科書、返しに行くとこ」
 「それなら、今日はトツのクラスで弁当食べようや。あいつだけ別のクラスで寂しいだろうから」
 少し馬鹿にしたような笑みを見せながら答えるヒデ君。その後ろにはイチローとケンチの姿もあった。
 結局、全員でトツのクラスに向かうことになったのだった。

 教室に入り、トツに声を掛けると皆んなで弁当を食べようと話したのだが、5人が座れる席は空いてなかった。そこで僕らはテニス部の部室で食べることにした。
 テニス部の部室は汗臭く、部室特有の匂いがした。しかし、そんなことは気にすることもなく弁当を食べた。食べ終わった後はテニスラケットとボールを使って野球をやったのだった。
 昼休みが終わると、午後の授業を受け、そしてがっこが終わると放課後にまた集まって一緒に遊ぶ。
 僕らは本当に仲がいいんだと思う。

 日曜日。
 午後になってからトツの家に向かった。家に行くのは初めてだったが、ある程度、家の場所くらいは知っていたから迷うことはなかった。
 「お前の家までのこの坂、マジで疲れるし」
 「だろうね。俺もちゃりで学校行く時は楽なんだけど、帰りは登りだから地獄だし、部活帰りはマジでしんどいしさ」
 トツはテニス部に入っていて、イチローもケンチもテニス部だった。
 「それで、俺に教えて欲しいことって?トツに教えることより俺が教えてもらうことの方が多いと思うんだけど」
 僕はトツに聞いた。すると、取り敢えず、家に上がってと通され、そのままトツの部屋に入った。
 「実はさ、このゲームがなかなか次に進めなくて困ってんだよね」
 トツは最近、RPGのゲームにハマっていて、僕自身もすこしまえに全てクリアしたばかりだ。トツもそのことを知っていたからこそ家に呼んだのだ。
 「あっこれのことかよ。俺もクリアするのに苦労したんだよ。まぁ取り敢えず始めようや」
 僕がそう言うと、トツは嬉しそうに準備し起動させる。
 「ん!?これって・・・」
 何かに気付いた。ゲームを起動し勇者やその名前のキャラクターが出てきたのだが、目に付いたのはそのキャラクターに名付けた名前だった。
 当時、このゲームの主人公や仲間のキャラクターに自ら名前を付けることができたのだ。僕は画面に表示されたヒロインのキャラクターの名前に聞き覚えがあり、トツの顔を見ると、いつも冷静でクールなトツが今日は顔を真っ赤にしていた。
 「もしかしてだけど、この名前って綾子ちゃんのこと?」
 トツは少し間をあけてからゆっくりと答える。
 「そう。小学校の時から好きだったんだよね」
 短い言葉だったけど、本気で好きなんだってことは伝わってくる。
 綾子ちゃんは、僕自身もよく知っていたし、勿論、同じ小学校だった。明るくていつもクラスの中心的な存在で学級委員のイメージが強く、成績も良かった。それに、イチローも綾子ちゃんのことが好きだった。
 トツは多分、イチローが綾子ちゃんを好きだってことは知っていたはずだ。
 「そうなんだ。どこが好きなんって聞いても、好きなものは好きなんだし、理由なんかないよね。それで、気持ち伝えようとかしないの?」
 「それは・・・今は考えてない。っていうか、叶わないって分かってるし。けどさ、やっぱ好きな気持ちも簡単には諦められないし、実際はきついよね」
 その気持ちは僕にも痛い程に分かる気がした。僕自身もそれなりに人を好きになり、恋をして、本当に思い通りにならなかったりして諦めようと何度も考えた。でも、気持ちは強くなるばかり。
 「そっちこそ、好きな人はいるんやろ?」
 真っ直ぐな質問に少しだけ驚いたが、誰かに伝えたい気持ちがあったせいで素直に答えたいという思いが僕の中にあった。
 「2年になってから同じクラスにいる。1年の頃に初めて見た時には一目惚れしてたと思う」
 「橋口さんのことやろ?」
 「そう」
 打ち明けることに恥ずかしさはあったけど、自分の気持ちを素直にいえたことで、心の中はスッキリしている。
 「意外ってわけじゃないけど、やっぱそうだったんだ。前に名前聞いてたから、そうかもなって思ってたけどね」
 トツはいつも言葉にはしなくても勘の働く奴だ。
 「やっぱ、気づくよね。なんかさ、一目惚れだったからなのか初めて一美ちゃんを見た時、今まで好きになった人とは何かが違くて、話したりさ、目の前にしたりするだけでもメチャクチャ緊張するんだよ」
 僕は君を好きになる前に優子ちゃんという年上の人を好きになったことがあった。
 その時も苦しくなるくらい好きだったけど、今みたいに緊張はなく、戯れあったりベタベタし合っていた。
 周りからは付き合っていると思われていたのかもしれないが、優子ちゃんと付き合うことはなかった。しかし、僕らはキスはしていた。
 正しく話すならキスをされたである。
 僕には幼馴染みである貴美子という同級生がいた。その幼馴染みの貴美子の姉が優子ちゃんで、同じ施設で過ごしていた。優子ちゃんとは普段から仲が良くて本当の恋人同士のように、膝枕したりもする仲だった。
 でも、優子ちゃんには好きな人が別にいることを僕は知っていたし、優子ちゃん本人も僕の目の前で、その人のことではしゃいでいたからだ。
 だから、僕のことはきっと、弟のように思っていたのかもしれない。本当は一人の男として見て欲しくて、そして好きになって欲しくて悔しかったことを今でも覚えている。
 当時、小学生だった僕は恋愛対象にならなかったんだと思った。
 そんなある日、施設の皆んなでキャンプに行くことがあった。僕と優子ちゃんは、このキャンプの中でも傍にいてキャンプを二人して楽しんだ。そして、皆んなと少し離れた川上の方でおよいだりして遊んでいた時、僕らは何故か向き合ったまま一緒に潜ったのだった。向き合ったまま潜った理由は分からない。
 目を閉じて潜った僕に何かが急にぶつかるような感覚があった。何が起きたのか理解できずにいた僕は、驚きから水中から顔を上げると、優子ちゃんも顔を出していた。
 「もう一回、潜ろ」
 そう言われた僕は、目を開けたまま潜る。
 二度目の水の世界。僕らが潜った勢いで泡立つ世界には僕と優子ちゃんの二人しか居ない。
 そして、いつもと違う水の世界で僕らは目が合う。ゆっくりと二人の距離は縮まる。僕の唇に優子ちゃんの唇が重なる。
 触れた唇のその感触が夢の世界ではなく、現実だと伝え、教えてくれた。夢なんかじゃないと。
 ほんの少しの時間だったのかもしれないが、僕はキスをした。唇に触れていた時間は時が止まっていたようにさえ思えた。
 水の世界から戻った後の優子ちゃんは普段と変わらず、いつもの明るい笑顔を見せるのに僕だけがまだ戸惑っていたと思う。
 このキスの意味が何だったのか、僕には分からないままだった。結局、優子ちゃんとの関係にも進展はないまま、ただその後も時間は過ぎ去ったのだった。
 好きと伝えればよかったのだろうか、答えは出せないでいた僕は気持ちに素直になれずに強がって、その結果、優子ちゃんを自分勝手に傷付けてしまっていた。そして、日が経つにつれて距離ができ始めると、いつしか話すこともなくなってしまったのだった。
 後悔は沢山した。けれど、自分で招いたことが原因でどうしようもなかった。僕はこうして失恋したのだった。

 それから中学に入学した僕は君に出会い、一目で恋におちた。
 「まだ、あまり話せてないんだけど、どんな人だろうとか考えるし、もっと仲良くもなりたい」
 僕には知らないことばかりだった。トツに話しながら君のことを思いながら話すのは恥ずかしかったが、本当の気持ちだった。
 「そっか。そんなに好きなんだ。まぁ俺も同じなんだけどね」
 照れ臭くも二人で笑った。いつもは恋愛の話しなんてしない僕らだったから、不思議な感じではあったが、トツとの距離は以前よりも近くなった気がする。
 それに、こんな風に誰かに話せたことで、心のモヤみたいなものは消えたような気もしたのは、多分、人は抱えた過去や思いを誰かに話すことで、少しずつでも前に進めているのかもしれない。

 それからは、ゲームの攻略法を教えた後はトツの家でご飯をご馳走になった。
 「今日はありがとう」
 トツは帰り際に言った。
 「俺の方こそ、ありがとう。飯まで食べさせてもらったし。また明日、学校でな」
 そう告げてからトツの家をあとにした。

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