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Intermezzo~間奏曲~③大人といういきもの-後編

 朝のホームルームで挨拶と連絡事項を伝えたY先生は、厳しい表情を崩さず、話を切り出しました。
「昨日、先生はね、U君と就職の面接に行ったの。」
U君は、眉毛は細く、坊主頭には、”剃り込み”も入っているのですが、授業も出席している普通の不良(?)という感じの生徒でした。
U君の方を見ると、なんとなく居心地悪そうだけど、前を向いて、先生が発する言葉を静かに聞いていました。

先生の話によると、地元のとある小さな会社の面接の為、先生とU君は会社を訪問をし、そこの社長さんとお話をしたそうです。そして、無事その面接も終わり、帰り際に社長さんが ”今日はお疲れ様でした。こちらをどうぞ” と、封筒に入った交通費代わりの千円を、先生に手渡したのでした(当時は面接でも交通費が出たそうです)。
先生は、お礼を伝え、二人で会社を出た時に、
”U君、無事終わって良かったなぁ。ええ社長さんやったなぁ。この頂いたお金でコーヒーでも飲もか。”と、U君に言うと、
”先生、そのお金、僕にちょうだい”

「…と、U君はこんなこと言うたんや。」
先生の手には、その千円が入っている茶封筒があった。そして、気持ちが高ぶってきたらしく、口調が激しくなり、更に続ける。
「社長さんが、お疲れ様、と労いの言葉と共に、せっかく出して下さったのを、なんでそんなことを言うんや、と情けなくなったわ。社長さんがどんな思いで渡されたか…このお金の価値がわからへんのやったら、こんなんいらんわ!」
と言うと、その封筒ごとビリビリと破ってしまった。

…え、お金破ってしまった、先生…?と、私は目の前で起こったことに、思考停止してしまった。クラスの皆も、そしてU君も、言葉を発することはなかった。
静まり返った教室が、その後、どんな風に授業を受ける雰囲気に戻ったかは記憶にない。また、その日、クラスメイトとこの話をしたかもしれないのだけれど、これも記憶にない。
それとも、Y先生だったらそのぐらいするな、と、あえて口にしなかったのだろうか。

先生の気持ちはわかるものの、U君の言った感覚もわかる。それに、大学を卒業しての就職の面接ならば、一人で行くし、交通費代わりだから自分のものになる。
一方で、U君の面接にこぎつけるまで大変であったろうことも、十分に想像できるのだ。

あの時、誰も口を挟める状況にはなかったものの、”たられば”を言うと、
頂いた千円を破らずに、クラスの皆に意見を聞いてみればよかったのでは、と今の私は思うのです。
U君と同じ考えの子もいただろうし、先生の意見に賛成した子もいただろう。そして、他の考えも聞けたはずなのでは。
頂いたお金の意味や価値を考え、どう扱うのがより良いか、U君やY先生だけでなく、教室にいた私達全員にとって、良い機会になったかもしれない。

私は、地元の高校に進学しなかったこともあり、クラスメイトとも疎遠になって、U君のその後を全く知らない。
でも、時折思い出すこの”事件”は、学校であった暴力的な事よりも、何倍も強烈な印象が残った。
Y先生は、既に他界されたが、私と同じく”いい年した”大人のU君は、このことを思い出すことあるのかなぁ、と、随分薄くなった記憶の中の彼を浮かべてみたりする。

…完…

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