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邪道作家第一巻(分割版)5

   18

 私は再び地球に降り立った。
 ポッドのくだりは割愛しよう。あんな高いところから落下する体験なんて、思い出したくもない。
 泳げない男が海に突き落とされ、醜態をさらさないように必死に無表情であがく。
 例えるならそんな体験だった。
 今回の目的は聞き込みだ。シェリーホワイトアウトについての。
 余談だが、何でもこの国には昔、聞き込みを仕事にする人種がいたらしい。そんなに他人の事情を知りたかったのだろうか?
 足で調べるというのは予想以上に大変で、二度とやりたくない作業だった。こんなことなら初めから、現地の人間を雇っても良かったかもしれない。
 人間は金で動く。
 その法則は大昔から、不動だ。
 私がサムライとは何の縁もない、今と同じ売れない作家だったときから・・・・・・本物のサムライが斬りあい、城をたてて戦争をしていた時代から、何も。
 そういう意味では信頼できるツールだ、不動の価値を持つものと言うのは好感が持てるものだ。
 それに比べて、小説の価値の不安定さと言ったらない。
 世の中がもてはやせば内容は関係ないし、どれだけ素晴らしかろうと検閲が入るときがあり、表現には規制がコロコロ変わりながら入り、基本的に売れない。
 作家なんてモノになって、人生を台無しにする人間は少なくない。編集部に搾取され、金は入らず、売れなくなったら捨てられる。
 私は絶対にそうはなりたくない。
 なるつもりもない。
 金に余裕のある生活を送り、ストレスのない平穏な日常を送りつつ、執筆したい。
 逆に言えば、それが叶わないならば、作家なんて何の価値も、利益も生まない不良債権と同じだ。
 今回の件が終わったら真剣に考えてみるか・・・・・・いっそのこと、作家なんて廃業して、始末屋として活躍するのも悪くない。
 まあ検討しておこう。
 とりあえず聞き込んでも聞き込んでも収穫がない以上、うんざりしてしまったので、日が暮れる前に、以前寄った旅館に宿泊することにした。
 私は旅館の部屋に入り、荷物類をおろして、風呂に向かうことにした。
 酒とゆで卵のサービスがあったので、盆を片手で持ち、腰には布を巻いて風呂の入り口のドアをガラガラと音を立てて開けた。
 そこには、
「やっほー」
 シェリー・ホワイトアウト。
 アンドロイド、科学の結晶。
 何故それが地球にいるのか、そして何故風呂に勝手に入っているのかは完全に意味不明だったが、とりあえず布を巻いておいて良かったと思った。
 その女はふてぶてしく、軽快に、
「初めまして、私がシェリーです。ささ、どうぞ・・・・・・お湯が冷めますよ」
 私に湯船に浸かることを進めるのだった。

   19

「貴様は私のくつろいでいるところに現れて、私の心身を疲弊させることが目的か?」
 とりあえず文句を言うことから始めた。
 なんだというのだ・・・・・・私は自分以外の人間がいると気を抜けない人間なのだ。
 いや、そもそもだ。
「大体、何故科学技術の使えないこの星にいるんだ?」
「そりゃー、産まれたときからこの星にずっと住んでいますから。いや、本当に良い湯ですねぇ」
 産まれたときから?
 この星にアンドロイドを量産するような技術はない。そもそもこの星では科学の恩恵が失われたから、人類は宇宙に旅立っていったのだ。
 本当に何者なんだ、この女は。
 最初にあったときと、随分性格が違う気もした。ますます意味不明だ。
「まあまあ、のんびりしましょうよ、でないと質問に答えませんよ」
 はっきり言って苛立ったが・・・・・・苛立ってもこの女は消滅したりはしないので、とりあえず話を聞くために湯船に浸かった。
 金にならないとは限らない。
 話を聞くだけなら金はかからない。
 私は盆を湯船に浮かべた。しかしこの状況で酔っぱらいたくはないので、卵だけ少しかじるだけに、とどめることにした。
 気を抜いてはいけない状況では、素面であることはとても重要だ。
 気がついたらこの女と部屋で寝ていた、なんてことになったら、あらぬ誤解を受けかねない。
 そんなのは絶対にごめんだ。
「のんびりね、景色でも眺めればいいか?」
「勿論それも良いですけど、今後の作品のためにちょっと取材をと思いまして」
 取材。
 人にするのはしょっちゅうだが、自分がされるのは初めてだ。
 そもそも、私に聞くことなんてあるのか?
 聞いて何を得するとも思えないが。
「いいだろう、金次第だが」
「ええ、では成立と言うことで・・・・・・とりあえず、作品に対するスタンスを聞きたいですね。意気込みとか、テーマとか、そんな感じでお願いします」
 雑な質問だ。
 私も取材をするときは、気を付けるようにしておこう。これだけでも、今回の取材から学ぶことはあった気がした。
 しかし、スタンス、意気込みか。
 そんなものあるのか自分でもよく分からないが・・・・・・まず意気込みは無い。
 やる気とか、作品に対しての思いとか、そういったモノが無いから書けている。
 考えてみれば、本来そういったモノを主軸として作家は作品を買くものだが、やる気がないから書けるというのは、何とも我ながらおかしな話であった。
 なので、
「少なくとも意気込みはないな。いつも金になるのか不安になりながら、書き終わった部分を眺めるくらいだ」
 書く気は無い。
 売る気はある。
 我ながらどうかと思った。
「では、テーマの方はどうですか?」
 ただでさえ熱いのに、すり寄ってくるインタビュアー(表現が古いか?)は暑苦しくて仕方がない。
 寄るな、鬱陶しい。
「あら、」邪険に扱わないでくださいよ、本当は嬉しいんじゃないですか?」
 面倒なので、さっさと取材とやらを終わらせることにしよう。
 しかし、テーマ、か。
 人間賛歌が人の美しい利点なら、私はその逆ばかり書いている気がした。だが、その逆とは何だ?
 どう表現すれば良いのだ?
 人間の醜さ、そして物事の裏側。
 見たくもない現実。
 人々から勇気を奪い去り、現実を直視させていく、読む人間が吐き気を催す様を見てざまあみろと笑える作品。
 しかし、物語についてこの女? が語ったときは、私の物語は、いきる勇気をくれるなどと言っていた。
 正直分からない。
 いやそもそも、先述の内容は、物語をどう描くかであって、大本のテーマ、根幹ではないはずだ。
 物語全体に共通するもの。
 それは、
「運命にあらがおうとする姿、意思が私の作品のテーマ、共通する部分だと思う」
 まあ、あらがったところで無駄な部分も、やはり私の作品のテーマなのかもしれないが。
「へぇ〜。運命、というと、決まっている事柄ってイメージですけど、それを覆したりするお話が主なんですか?」
「いや、それらに翻弄される話ばかりだ」
 人間の業がよく描けるから。
 人間の欲望がよく見えるから。
 だから、私は個々人の個性、それらが運命に翻弄されたり、欲望のしっぺ返しを食う話ばかり、書いているのかもしれない。
「成る程」
 何を納得したのかは知らないが、どうやら私の回答に対して納得したようだった。
 ならもう一人にしてくれないかな。
 と、思ったのだが、
「つまり、人間、いや個々人の在り方に興味がある、ということですか」
「まあ、そんな感じだ」
 この女は何が目的なのだろう?
 とてもこの質問に意味があるとは、思えないのだが。 
 意味のない質問で油断させようとしているのかもしれないので、気は抜かないが。
 風呂の中で気を抜けない、というのも変な話ではあるが。
「はいはいっと。では、最後に一つ」
 もう最後か、早く終わらないかと思っていたところに、意外な質問が來た。
「あなたの背負った業、欲望と言うモノがあるのなら、それはなんですか?」
「欲望、業?」
 そんなものあるのだろうか。
 金はあれば豊というわけで、欲望そのものではない。となると、私には欲望がないのだろうか。 何が何でも成し遂げたいモノ・・・・・・豊かな生活と作品の売り上げアップとかだろうか・
 違うと思う。
 金はそもそもが、代わりの効くものだ。
 稼ぎ方も、使い方も自由自在、だからこそ金があるのは嬉しいことだ。
 愛も友情も、目的も主義主張すら使い分けて、私は何が欲しいのだろう?
 まあ、そもそもがそういったモノを持てないからこそ、最初から持たなかったからこそ、こんな人間になったわけだが・・・・・・。
 欲望、欲するもの。
 安心を求めたところで、過ぎて退屈すれば刺激を求める。それが人間ならば、私の場合は臨機応変に求める欲望の先を変えているのかもしれないと思った。
 だから、
「時と場合によって変わるだろうな。今この瞬間の欲望は、風呂を出て冷たい飲み物を飲むことだ」
「ふー・・・・・・ん・・・・・・・・・・・・」
 求めていた答えではなかったらしい。
 この女の都合など知らないし、どうでも良いので、私は別に構わなかったが。
 都合か。
 考えてみれば、この女はどんな都合で私を訪ねてきたのだろうか?
 風呂の中に先回りしていたのは私の虚を突くためだとしても、この惑星である理由は、必要は無かったはずだ。
 そもそも、私がこの惑星にいるということを追跡することができない以上、本当に偶然のたまものだとでも考えるべきか。
 何にせよ、世の中というのはなるようにしかならいものだ。
 流れに従って・・・・・・その流れがよいモノなのか悪い流れなのか分からないというところが、人生の面白いところであり、また不安を生み出す元でもあるのだが。
 そう言う意味では、私は良い流れの中にいるのかもしれなかった。何せ、教授からかすめ取った金に、シェリーからの依頼料、こちらは依頼そのものが偽だったので、シェリーに再会した際に回収したし、この星で受けた時刻どおりに現れる人物の始末という依頼も、一応は達成できた。
 後は、この面倒なインタビューを終わらせて風呂をあがり、いくつか残った謎を解いてから、地球でのバカンスを楽しむだけだ。
 まあ、地球に到着してすぐに、予想外の出来事が起こっているわけだから、油断はできない。
「ああいやいや、ありがとうございます。で、この後ご予定は?」
 ペンをくるくる回しながら、風呂の中でそんな意味不明な行動をとりながら、そんなことを言った。
 今後、というと、まだ何か私に用があるのだろうか・・・・・・私としても聞きたいことは沢山あるので、とりあえず「特に無い」と答えた。
「そうですか、じゃ、私はこれで先に失礼します・・・・・・のぼせちゃいますので」
 言って、風呂をあがり、ドアを開けてこの場から去っていった。
 あの女は何者なのだろう?
 シェリー・ホワイトアウト、アンドロイド作家であり、複数の肉体を持つニンジャで、私を偽の依頼で呼び寄せた。
 教授に協力しているのかと思ったが、しかし、そもそもあう旅に印象が違いすぎる気がしてならない、本当にあれは同一人物だったのだろうか・・・・・・もし違うというなら、何者だ?
 アンドロイドでもないようだし、しかし人間にも見えない。そして、山に住んでいるらしい地球の依頼主のような、怪異じみた雰囲気もない。
 科学の恩恵が受けられない地球にいる以上、アンドロイドでもバイオロイドでもないはずだ。
 もしそうならこの地球に降り立った瞬間行動不能に陥るだろうし・・・・・・考えてみたが、該当する人種は存在しない。
 まあ、このまま湯冷めしても何なので、とりあえず残ったゆで卵を口の中に放り込み、私は風呂をあがって浴衣に着替えることにした。
 浴衣、というのはこの国の民族衣装で、服なのに着るのが難しかった。本末転倒な衣服だ、と思わなくもなかったが、着てみると案外心地よく、一着くらい買って帰って、そしてたまに着るのも良いかもしれないと思った。
 そのまま廊下を渡ると、左側に大きな部屋が見えた・・・・・・使用用とがいまいちよく分からなかったので、作家としての性なのか、興味がわいてついつい中へと入ってみる。
「ヘイ! 少年。卓球しようぜ」
 と、叫ぶ先ほどの女の姿があった。
 本当にこの女は、私に依頼をよこしたシェリー・ホワイトアウトと同一人物なのだろうか?
 当初の出会いとは裏腹に、活動的な印象だ。
 彼女が持っている板は、「ラケット」と言って、どうやらその板を使って小さいボールを打ち合うスポーツのようだった。
 何故、風呂の後にそんな心臓に悪そうなスポーツをやりたがるのか、正直かなり理解に苦しんだが、しかし理解に苦しんだところで何か良いことが起こるわけでもないので、やめた。
 誘いに乗ってやるとしよう。
「いいだろう」
 とは言ったものの、私はルールがよく分からなかったので、置いてある初心者用の冊子をパラパラと読んだ。
 どうやら、胴体視力が重要なスポーツであり、熟練者にはまず勝ちようのない、実力差のはっきりするスポーツであることが分かったので、
「そういうお前は、やったことがあるのか?」
 さりげなく聞いた。
 むふふと変な笑いをこぼしながら、
「モチよ! 人は私のことを卓球会の風雲児と呼ぶからね}
 嘘くさいハッタリだ。
 しかし、本当に得意な可能性もあったため、賭でも持ち出して金を儲けようと考えていたが、やめておくことにした。
 シェリーはポンポンと玉をつき、バウンドさせながら、
「で、どうですか」
 どう、とは何のことだろう。
 質問の意味が分からなかったので、
「何の話かな」
 と、催促することにした。
「私は、他のシェリーと同じに見えますか?」
 と、意外なことを言って突然球を打ちだした。 虚を突かれていたというのもあるが、この女、恐ろしいスピードで球を弾くな。
 弾丸が通ったかと思った。
「他のシェリーとか。全く似ていないな。他の奴らはもっとおしとやかだったものでな」
 と、負け惜しみ、というか、ゲームに負けた腹いせの八つ当たりのようなことを言ってしまったので、せめてうろたえずに、余裕があるかのように振る舞いながら、私はボールを拾った。
 ボールをラケットの上で跳ねさせる。
 面白いゲームだが、何事も勝たなければつまらないので、こちらも不意打ちで点を取ろうと思いながら、会話を進めることにした。
「お前は何者だ」
「見ての通り、シェリー・ホワイトアウトです。職業は作家、趣味は園芸、作風は純文学、特技は見ての通り卓球です」
 はぐらかされた。
 いや、ここから推理してみろという挑戦だろうか・・・・・・何にせよ、外して指を指されながら笑われるのは腹が立つので、ある程度、私にしては真剣に考えることにした。
 まず、アンドロイドでは無い。
 表向きこの女はそうなっているはずなのだが・・・・・・しかし、この地球上であらゆる科学は使えないはずだ。
 人間でもない。
 人間にしては、どのシェリーも、この女にしたって恐らくは、人間のスペックを越えているはずだ・・・・・・ただの人間に、あんな剛速球が打ててたまるか。
 バイオロイド・・・・・・なら、全員同じである意味が分からない。そもそも、あれは確かに生物的なものだが、教授のように心身健康な状態というのは考えづらいものなのだ。
 仮に、健康で完全なバイオロイドの成功作品がこの女だったとしたら、性能は人間と変わらないはずだ。あんなニンジャみたいな襲撃ができるとも思えない。
 考えても分からない様を見ていたのか、
「ではヒントを出しましょう」
 と言った。
 そして、
「簡単に言えば、あなたの考えている推論は全部外れです。そして、私は別に特別じゃありませんよ。教授に話を聞いていたのなら、仮定で良いから考えてみてください。もし、アンドロイドと人間が共存できたらどうなるか、を」
 アンドロイドと人間が共存?
 すでにしているではないかと思ったが、おそらく共存の果てにあるモノを指しているのだろう。 生物の共存の果てか。
 何だろう、思い浮かぶのは共存した後の世界だとするのなら、これから世界はどうなっていくのかを考えるべきだろう。
 アンドロイドと人間の区別、差別が完全になくなったらどうなるか・・・・・・そこまで考えたところで、かなり突飛な考えが思い浮かんだ。
「一つ、アンドロイドに関して、聞きたいことがあるのだが」
「何でしょう?」
「アンドロイドに、生殖機能・・・・・・子を残す機能はあるのか?」
 そこまで言ってシェリーの顔を見ると、邪悪な笑みを口いっぱいに広めながら、
「正解です」
 と言った。
 と、いうことは、だ。
「つまり、人間とアンドロイドのハイブリットと言うわけか」
 母胎が人間ならば、生身で異常なスペックを身に宿すことも可能かもしれない。
 実際よく知らないので完全にただの予想でしかなかったが、あたかも全てお見通しのように、つまり知ったかぶって私は断言した。
 要はただのハッタリだ。
 物事を効率よく進めるのには、多少、こちらを大きく見てもらった方が、うまく行くというものだ。
 実際には予想外の方向から矢が飛んできて、慌てふためいている最中だが、しかし、そういったところを見せまいとするのが、大人という見栄ばかりの生き物だ。
 と、いうことにしておこう。
 思考を落ち着けようじゃないか・・・・・・人間とアンドロイドのハイブリット、だったか。
 まずはそれについて考えてみよう。
 確かに可能かもしれない。最新型のアンドロイドは感情まで持ち始め、創造性を獲得して、私から仕事を奪っていく位なのだから、別に家庭を持ってもおかしくはない。
 例えるなら、中学生にあがった瞬間に勉強がついていけなくなる学生くらい確実に、作家という仕事は儲からないが、彼らアンドロイドは優等生の留学生みたいなものだ。
 出来損ないと有能な人間がカップリングするのは、珍しくもない。
 人間の男女でそれらが顕著なのだから、アンドロイドだって、駄目なパートナーの面倒を見ることに生き甲斐を感じて依存したり、有能すぎる相方に対して、このままでは自分が駄目になると思って、自分が率先してフォローする側に回れるパートナーを探す為、別れたりもするのかもしれない。
 そう言う意味では、美女と野獣、シンデレラと王子様のカップリングは珍しくもない。
 もっと早くに気づいてしかるべきだった。
 シェリーはラケットを手の上で回しながら、
「私はアンドロイドの父と、人間の母の間に産まれたから、肉体は生身だね。まあ、普通の人間よりもスペックはかなり高いけど」
「あのニンジャ軍団は、お前のクローンか何かか?」
「少し違うかな」
 と、説明に困るようにいった。
「私は人間と同じように成長するから、クローンを作ったところで、ニンジャみたいなモノにはならないと思う。まあ、ある意味彼女たちは、私のクローンみたいなものだけど」
 いっている間に私は不意打ちでラケットを振るい、得点を手に入れた。
「ずるいなあ」
 などという非難の声は耳に入らない。
 結果的に勝てば、それで良いのだ。
「油断している方が悪い。それで、クローンみたいなもの、とは、つまり、あいつらの生身の部分だけ、本人、シェリー・ホワイトアウトの細胞でできているということか?」
「ううん、違うよ。見た目はいくらでも調整できるし・・・・・・代わりが効かないのは脳の部分。私の細胞を使って、現行のアンドロイドの人工脳よりも優れた、並列演算の可能な生身のコンピューターを作り上げたの」
 人間の脳は未だに未知の機関だ。
 アンドロイドとのハーフなら、尚更だ。
 人間の脳のクローンでは持たないかもしれないが、半分アンドロイドの血が入っている彼女は、通常以上に脳という機関が拡張され、使える部分が多いのかもしれない。
「そんなモノを作って、何をするつもりだったんだ?」
「教授は選挙の票数操作に使うみたい。外見はいくらでも変えられる・・・・・・そして無尽蔵に増やすことも可能なら、本人達に消えてもらって、いつの間にか入れ替わることも出きるでしょ?」
 いつの間にか、本人と入れ替わって、中身の違う人間のフリをする。
 不気味と言えば不気味だ。
 だが、教授の言っていた革命騒ぎを、さらに現実的な行動にするのは確かだろう。どこもかしこも民主制、皆の意見を採り入れることを良しとする国ばかりだしな。
「私は、人間とアンドロイドが、共存できる世界を構築しようと考えていたけど、教授が邪魔ばかりするから、方策を改めた」
 言って、軽く球を打ってくる。
 私もそれにならって、軽く打ち返す。
「アンドロイド一色の世界には、不満なのか」
「現実的じゃないしね。いや、現実にそうすることは可能だけど、結局それって、元人間と最初からアンドロイドとで火花が散りそうだし、何より根本的な解決じゃない」
 雑草を上辺だけ刈って、ほったらかすようなものだよ、とシェリーは言った。
 巧い例えだ。まあ、革命なんてどこもそんなものだとは思うが。
「なら、根本的な解決とは、一体なんだ?」
「アンドロイドと人間がお互い歩み寄ること。そして、私みたいな存在が自然と存在できる、お互いを認め合うことのできる社会かな」
 だが、現実にはなかなかそうはならないだろうと、私は思った。
 どんな生き物も、差別が好きだ。
 差別して虐げて、まあその方が自身の正当性を主張しやすく、自分達が正しいと思い込み、流されながら世の中の主義主張を、まるで自分が考え出したかのように話し始め、お互いにうなずきあうことで、現実を誤魔化す。
 教授の作ろうとする世界は、ある意味、人々の無意識に干渉して操作する以上、現実的ではあるのだが、そういった人を認める心を自分達の手で育んでいく社会とは、真逆も良いところだ。
 しかし一方で、シェリーの言う社会構造は、それが出きれば苦労はしないと感じる夢物語だ。
 現実にそこまで人間とアンドロイドが歩み寄るには、かなりの時間がかかるだろうし、少なくとも明確に可能か不可能か分からない。
 教授は現実を、シェリーは夢を見ている。
 まあ、他者の主義主張などどうなっていようが構わない。せいぜい論争して人生を楽しめ。
 そんな適当なことを考えていたから罰が当たったのか、シェリーは、
「だから、教授の始末の依頼を受けて欲しいな」 と、言った。
 私はもうバカンスを楽しむ気分で一杯だったのだが。
「悪いが、金にならない依頼は受けたくない」
「おやおや、私が人気作家であることを忘れたのかね」
 キャラの安定しない女だ。
 また口調が違っている。
「私の財産から、そうだなぁ、200万ドルでどうかな? 悪い金額じゃ無いと思うけど」
 私は頭の中でそろばんを弾いた。
 少なくとも当面遊んで暮らせる金額だ。作家業なんて儲からない仕事をするよりも、いや、この女はそれだけ儲けているようだが、とにかく。
 教授の依頼をけった以上、この先狙われる可能性も、同時に排除できるという寸法だ。かなり条件の良い仕事と言えた。
 しかし、そのためには解決しなければならないことも、いくつかある。
「受けるとして・・・・・・あのアンドロイド軍団はどうするつもりだ? いくら私が、曲がりなりにもサムライであるとはいえ、ニンジャの集団に狙われ続けるなんて、ごめん被りたいが」
「ああ、それなら大丈夫。本体・・・・・・というよりも、演算をフォローする私の大脳のクローンが教授の手元にあるから、それを破壊すれば、彼女たちは演算リソースを失って、機能停止するから」 ますますチョロい仕事だ。
 ニンジャが隠密性なら、サムライは戦闘力に特化している。真正面から攻め込んで問題ないならば、刀を振り回すだけだ。
 しかしどうしたものか。
 条件は良いが、できれば疲れているので当面は休みたかったのだが・・・・・・それに、この後神社にも寄らなければならない。
 とはいえ、金は欲しい。
 だから早めに、気が変わらないうちに、早めに結論を出すことにした。
「分かった、引き受けよう。それと、教授の居場所についての詳しい情報を寄越せ」
「はいよ」
 あらかじめ用意されていたようで、懐から折り畳まれたメモ用紙を取り出して、私に渡した。
 これで、仕事に必要なモノはそろったわけだ。「いいだろう。しかし、今日はもう遅いし、ふつうに休ませてもらうぞ」
「枕投げしようぜ」
 と、実感興奮しながらシェリーは言った。
 枕投げ。
 確か、大昔の人間達が、若気の至りから始める儀式のようなものだ。
 昔の人間は、そんなに娯楽に乏しかったのだろうか・・・・・・枕なんか投げ合って楽しいのか?
「しない。作品の参考になるかもしれないが、それはまたまたの機会にさせてもらう」
 抗議をするシェリーを無視して私は自室に戻った。
 そこで考える。
 必要な準備は今のところ特にない。むしろ、明日あたり報酬を受け取るために、神社へと向かわなければならない。
 ある意味、アンドロイドよりも気の抜けない相手なのだ。私は明日持って行くモノをリスト化してメモに書き込み、忘れないように布団の隣に置いて、就寝した。
 夜空には月が出ていた。
 人類が忘れてしまった光景に酔いながら、ゆっくりと意識を薄くして、まどろみの中に私の意識は落ちていった。

   20

 朝起きると、図々しいことにシェリーの寝顔があった。
 私は布団ごとひっくり返して、布団の中に埋もれさせてやった後、昨日書いたメモを思い出し、手にとって確認した。
 まだ寝ているらしく、いや寝ているフリなのか知らないが、うなり声を出しながらここから出せと言っているようだった。
 私は無視して部屋を移動し、着替えて準備を整えて、さあ出発しようと気持ちを切り替えた。
 山を登り、また数えるのが馬鹿馬鹿しくなる鳥居の山をくぐり抜け、掃き掃除をしている女と再会した。
 前回と姿は変わっておらず、紅葉のような髪の色は相変わらずだった。
 私は声をかけることにした。
「いつも掃き掃除ばかりしているが・・・・・・もしかして暇なのか?」
 すると、家政婦が自分の仕事を馬鹿にされたかのようにむっとした表情で、
「暇ではありません。これも仕事です」
 といった。
 教授の言に乗っかれば、この女は正真正銘の神らしいが、だとすれば神は暇そうで羨ましいとしか思わなかった。
「報酬をいただこうか」
「依頼の達成はまだ確認されていませんが」
「時刻どおりに現れた奴らは始末したぞ。あとはそちらの手落ちだろう」
 それもそうですねと考え込む。
 どのみち教授は始末するつもりなので、報酬を自主的に上乗せしようと言う魂胆だ。
「手を」
 と言われたので、私は右手を差し出した。
 捕まれた部分から熱い何かが流れ込んできた。「これで、寿命は延びました。現金は支払っていましたから、前回の依頼の報酬は以上です・・・・・・それと、教授と呼ばれる人物についてですが」
 教授の言うところによれば、確か、この女は同じ標的を始末できないらしいが、
「その人物、教授と呼ばれるバイオロイドを始末して欲しいのです」
「いいのか? 教授はルールに乗っかっていけば、あんたはもう手が出せないみたいなことを言っていた気がするが」
「構いません。厳密には前回出した依頼は、時刻どおり現れる人物の始末であり、教授とは明言していません」
 だから、何の問題もありません、と言った。
 まさか、教授もこんな屁理屈を良しとする奴だとは思わなかったのだろう、それとも、神の気紛れに関しては、教授も計算に入れていなかったのかもしれなかった。
 まあどうでもいい。
 これで仕事の報酬はこの女からも頂けるわけだから、やる気も出ようというものだ。
「ちょっとお待ちを」
 依頼を受託したので、酸素の薄いこの場所をさっさと去ろうかと思ったのだが、まだ何か話があるようだった。
「あなたは、この仕事を受けることで、世の中が仮に悪い方向へと動いても、後悔したりはしないのですか?」
 確かに。
 教授の方法の方が現実的で、世界は案外あっさりと平和になるかもしれない。
「アンドロイドがおおっぴらに本を書うようになれば、現在の報酬以上の金も入るでしょう」
 アンドロイドだけの世界になれば、本も確かに売れて、金になるだろう。
 しかし、だ。
「だから?」
「だから・・・・・・良いのですか? お金さえ積まれれば、なぜあなたはそんな、自分にとって都合の悪い世界を作るかもしれない依頼まで、受けてしまえるのですか?」
「少し、違うな」
 まるで金のためなら何でもするかの言われようだ。まあ、大概はするのだが。
「教授に関しては胡散臭すぎるからそのルールは破ったが、基本的に金とは約束事を成立させるモノだ。金の絡む取引を破るのは簡単だ。だが、それでは金の有り様を裏切ることになってしまう」 それでは意味がない。
「命の危機でも感じない限りは、つまり教授のような胡散臭い嘘の混じった依頼以外は、基本的にこのルールを遵守することにしている」
 だから、世の中がどうなろうが、取引成立のため、ひいては金のために私は仕事をこなすだけだ。
「そうですか、安心しました。本当に金に関してはあまりブレがありませんね」
「だったら何だ」
「いえ、人としてどうかとは思いますが、まああなたはそれでもいいのでしょうね」
「何がいいたい」
「その考えでは幸せにはなれませんよ」
 などと、お節介な台詞を言った。
 大きなお世話だ。
「だったら、どうした。金さえあれば問題はないし、お前には関係のない話だろう」
「いえ、関係はなくとも、気にはなりますから」「なら、放っといて置いてくれ」
「あなたは、長く生きて、人並み以上に長く生きてまで、何が欲しいのですか?」
 欲しいモノなんて無い。
 死にたくないだけだ。
「誰だって死ぬのは嫌だろう?」
「いいえ、満たされていれば、死ぬことに恐怖を感じないことの方が多いくらいです。当人にとって重要なことを全うしていれば、そこに恐怖はありません」
 そうなのだろうか。
 私には分からないが。
「あなたは、心のある人間としての人生を、人並みに全うしたいだけなのではありませんか?」
「よしてくれ」
 例えそうでも、叶わない夢に意味はない。
 なら、臨機応変に生きるだけだ。
 そんな説教を背中の後ろから投げかけられて、私は階段を下りていった。
 女の悩み事は良く分からない。
 アンドロイドも人間も、あるいは神でさえも・・・・・・女のお節介は変わらないのかもしれなかった。

   21

 宇宙船内のフカフカしたソファに座りながら、相席の人物を見た。
 ジャックは電脳アイドルのコンサートだかで不在のため、地球在住のシェリーと二人旅という形になった。
 まだ私に聞きたいことがあるらしい。
 ある意味、この女は作家の鏡なのかもしれないなどと思った。
 私のような人間が作家の鏡と言うと、かえって非難を浴びそうな気がするが。
 まあどうでもいい。
 問題なのは、この一周回って逆に天才に見えるこの女が、シェリーと呼ばれるアンドロイドの原型のこの女、オリジナルの作家、シェリー・ホワイトアウト・・・・・・なんと呼べばよいのだろうか?「とりあえず、なんて呼べばいい」
「シェリー・ホワイトアウトはペンネームですから、そうですねぇ、地球ではフカユキと名乗っていましたから、そう呼んでください」
 まあ当然と言えば当然か。
 名前くらいはあるだろう。
 最初会ったときもそうだったが、見事な白く美しい髪はどのシェリーにも共通しているようだったが、オリジナルだからと言うわけでもないだろうが、本当に見事な髪だった。
 確かに雪みたいではある。
 まさかそこから取ったのだとすれば、案外私と同じで名前を考えるセンスはないらしい。作家にはネーミングセンスが自然と欠如するものなのだろうか・・・・・・不思議な法則だ。
 後ろで雑に束ねているあたり、ファッションにこだわりはないようだが。
「では、フカユキ。何故付いてきたのか説明して貰おうか」
 おかげで大変な目にあった。
 地球からの脱出に使うポッドは、当然のことながら一つしか無く、つまり暑苦しいことこの上なかった。
 汗だくになりながら中継ステーションに着いたときには、おみやげを買おうという気力も失っていた。
 和菓子をまた食べたかったのだが。
「どうなんだ。おかげで土産を買えなかったじゃないか」
「いやぁ、まあ女の子と密着取材ができたってことで、勘弁してよ」
 勘弁などするわけもないが、まあ、当人が話したくもないことを強要しても仕方がない。
 控えることにした。
「まあ、言いたくないならいいが、しかし、これ以上何を聞くつもりだ?」
 そもそもが、取材を受ける、という行為を私がすると、なんだか詰問されている政治家みたいな構図になるので、勘弁願いたいが。
「おや、素直でよろしい」
 予想外の答えを返されたらしく、きょとんとしてフカユキは答えた。
 そんなに私が人に気を使うのは意外な出来事なのだろうか・・・・・・イメージを改めねば。
 昔から作家でも何でも、公衆のイメージが大切なモノだ。まあ、私はあまり気を使ってこなかったので、丁度いい機会だと思おう。
 今更変えようのない気もするが。
 変えたところで金になるのか分からないが。
「それで、話は何だ」
「いや、極々個人的な質問ですよ。金さえ貰えばどんな仕事も引き受ける、敏腕サムライ作家のプレイベートが知りたくなったので、こうして取材に向かわせていただきました」
「ふん、それで」
「ええ、そうですね。まず、あなたはアンドロイドをどう思いますか」
 アンドロイドをどう思っているか。
 ここのところ繰り返し質問されている気がする質問内容だ。とはいえ、私に依頼をした人物と、この女は別人もいいところなので、言っても仕方がない。
 私は同じ答えを返すことにした。
 面倒だったからかもしれない。
「前にも聞かれたが・・・・・・人間の上位互換だろうな、少なくとも性能面では」
「しかし、性能が高いだけならコンピューターでいいじゃないですか。ただ人間よりも性能が高いだけなら、パソコンをぶら下げた人間と、何ら変わりないのでは?」
「確かに、まあ、そうかもしれない」
 アンドロイド。
 機械部品をベースに人間を模して人間に創造された新しい人類。
 だが、機械がベースだろうと何だろうと、やっていることが人間と結果的に同じなら、それは人間と言える。
 なら、彼らはコンピューターをぶら下げた人類と同じなのだろうか?
 私にはそうは思えない。
「だが、アンドロイドは夢を見るようになった・・・・・・対して、人間はもう夢を見るのをやめている・・・・・・人間は死にゆく種族だ。教授の言うとおり長持ちしそうもない。だが、何故か知らないが、アンドロイドには書けない物語を人間は」
 まて、そうだ。
 結局この女がオリジナルのようなものと言う話だったが、結局誰が作品を書いているんだ?
「そういえば、前会ったお前のコピーは、まるで自分が書いているかのように振る舞っていたが、結局誰が作品を書いたんだ? アンドロイドか、それともフカユキ本人が、作品を書いているはずだが」
「ああ、それね。私が書いているのもあるし、彼女たち・・・・・・私のクローンニンジャ達が勝手に書くことも、勿論あるよ。ただ、書くことができる個体は、まだ少ないみたいだけどね」
 あはは、と乾いた笑いをしながらフカユキは言った。
「つまり、君は物語を書けるかどうかで判断しているのかな?」
「いや、人としての在り方が物語に影響するならば、人としてどう在ろうとしているかで、私は人間もアンドロイドも判断する」
「在り方って、アンドロイドに人としての在り方なんて、可能なの?」
 表面上そうは見せなかったが、かなり疑い深い目をしていた。まあ、アンドロイドと人間のハーフなのだから、迫害された嫌な思い出でも思い出したのかもしれない。
 それに、アンドロイドは人間ではないのだから、自然人間らしく在ろうとする在り方に、違和感を覚えているのだと思った。
 だが、違う。
 人間らしさ、人としてあろうとすることに、種族は関係ない。
「誰にでも可能だ。人間らしく在ろうとする、それそのものが、当人が人間である証だ。機械の体だろうが、携帯端末の中の電脳生命体だろうが、人間の形をしたバイオロイド、目的だけを駆り立てる、自身の存在証明のためだけにこの世をさまよう亡霊であろうが、人間とアンドロイドのハーフで、薄っぺらいペルソナをかぶる女であろうが・・・・・・・・・・・・誰よりも人らしい」
 私には、あるいは教授にも、人間らしさなんて、理解は可能でも感じ取ることは、やはりできないのだろうが・・・・・・。
 そういう私は、人間らしく生きているのだろうか?
 分からなかった。
 本当に分からなかった。
「へーえ、意外だねぇ。ロマンチストなの?」
「そんなわけがあるか。ただの事実だ。人間らしさ、人間の在り方など、その他大勢が決めることでしかない。そんなモノに価値はない。問題なのは当人自身が、自身の在り方に納得して、目的に一歩ずつでも進めているかどうかだろう」
 我ながららしくもないことを言ってしまった。 まあ、しかし本当のことだ。
 この女が何に悩んでいるのか知らないが、それはそれでくだらないことだ。何故なら自身の内からあふれ出る悩みなんて言うのは、大概が当人の精神に左右される問題でしかない。
 本人がそれを問題だと思っているだけだ。
 金が欲しいとかではなく、例えば、気になるあの人の気持ちが分からない、アンドロイドと人間のハーフだから、自分のアイデンティティが分からない・・・・・・。
 他人の気持ちなど端から分かるものではないし、アイデンティティなど自分で生き方を決めていないと言うだけだ。
 当人の心の在りようで、如何様にも揺れる。
 羨ましい話だ。
 私の豊かな生活がしたいという悩みは、現実問題金がなければ難しい。
 金が無くても豊かだと思うことはできるのかもしれないが、そんな半端な豊かさはごめん被る。 そもそも、金をどうやって使っていくかが楽しいのであって、その楽しみを無くして、私が人生をそれほど楽しめるかは微妙なところだ。
 まあ今回はどうでもいい。
 フカユキはうーん、と考え込みながら、
「でも、結局それって妥協じゃないの?」
 周りを認めさせて、人間だと言い張りたいアンドロイドは至極まっとうな考えだろう。
 しかし、妥協だとは思わない。
「身内で争ってばかりいる、人間如きに認めて貰ったところで、私がアンドロイドなら逆に憤慨するがな。誰かに認めて貰うことほど、どうでもいいことはない。実利が欲しいというならともかく、そうでないなら、ほかでもない自分自身で己自身を肯定できれば問題無い。何より、そんな人間らしさというブランド看板が無くても、確固とした自分を持っていれば、後は胸を張っていれば良いだけだ」
 金を貰っているわけでもないのに、何故こんなアンドロイドを擁護したり、励ましているのが自分でも疑問だったが、まあいいだろう。
 報酬は前金で貰ったしな。
「へーえ、面白い考え方するね」
 と、若干、いやかなり邪悪な笑顔を浮かべながら、私を品定めするように、フカユキはこちらを見た、見据えた。
 私の推察だが、この女の本性は、被っているペルソナとは裏腹に野獣そのもののような獰猛さ・・・・・・本能のままに動く生き物に感じられた。
 私のような小動物からすれば、脅威以外の何者でもない・・・・・・とはいえ、宇宙船は密閉された空間なので逃げ場はないし、何よりここで目をそらしたら会話を有利に運ばれそうな気がしたので、私も正面から彼女を見据えた。
 面白い玩具を見つけて、笑みがどうしてもこぼれ落ちてしまう子供、という印象を受けた。
 それがこの女の本質なのかもしれないが。
「だったら何だ。景品でもくれるのか?」
「場合によってはあげてもいいよ。次回作の参考になりそうだしね」
 それはこちらも同じことだ。こんな詰問をわざわざ受けているのも、アンドロイドの心情を、今度こそ完璧に理解して、彼らが描く作品は人間相手によく売れるから、彼らの作風を真似た作品でも書こうと思っていたところなのだ。
 まあ、今のところはさっぱりだが、まあノープランなのはいつものことだ。これからゆっくりと実利を、アンドロイドの作風を取り入れるに足る情報を引き出せばいいだけだ。
 質問されるだけではそういう実利、こちらの欲しい情報を貰えそうにないので、遠慮せず聞いてみることにした。
「そういうお前は、アンドロイドと人間のハーフとして、いやな思い出でもあるのか?」
 聞きにくそうなことでも、だからって聞かなければ良い作品は作れまい。それで取材対象がうじうじ悩んでも、まあ知ったことではない。
 私にはそう言う悩み事など、どうでもいい。
 問題なのはいつだって金だ。
 困ったように苦笑しながら、フカユキは、
「聞きにくいことを聞くねぇ。まあ、そだね、混ざれない感はあったかなぁ。ほら、アンドロイドの良さも、人間の良さも持っている分、彼らと悩みを共有することはなかったからさ」
 人間は能力の無さに悩み、
 アンドロイドは感情の無さに悩む。
 持っている人間が、持っていない人間の気持ちを、真実理解など、ましてや共感などできるわけがないということか。
「その環境が、今の作家業とどう繋がった?」
「いや、ただ単に初めは、嫌な気持ちも含めて、表現するのが簡単だったのが小説だっただけだったかな。ただ、まあ、それが仕事になって、いつの間にかその、表現する自分がそこそこ好きになったから続けてる、みたいな感じかな」
 羨ましい限りだ。
 動機からして、私とは偉い違いだ。
 それを察したのか、にやにやと卑猥な笑みを浮かべながら、
「じゃ、私は言ったし、そっちも教えてくれるのかな? そうじゃないとフェアじゃないよね」
「なんのことかな」
 無駄だとは思ったが、とぼけてみた。
 事実無駄だったようで、
「作家を志した理由だよ。教えてもらえるよね」 そんな凄い話でもなければ、人に話す内容でもないのだが・・・・・・まあ、作品のためとはいえ、聞いた分を教えるならば、取引としてはイーブンだろう。
「何もない、というのが私の子供時代の基本だったのでな・・・・・・才能も誇りもやりがいも、未来への希望も、良いモノは何もない。そんなモノは御免被ったから、とりあえず何か、できることから始めようと考えた。最初はマンガでも書こうと思ったが、あまりにも才能がなかったからやめて、文字さえ書ければ誰にでもできる作家を志そうと考えた。たまたま大賞に賞金もかかっていたのでな」
 我ながら、才能が無くてもできて、金になりそうだという雑な理由から始めたわけだ。
 大層な信念など在ろうはずもない。
 だが、
「長く続けるうちに、マシな、とりあえず読める作品は作れるようになった。後は金に換えるだけだ。あらゆる角度から作品を高値で売る方法を模索して、失敗している最中というわけだ」
 笑えない話だ
 だが構わない。自己満足のアイデンティティだろうと、別に納得できればそれでいい。
 問題は、納得に値するだけの金になるかだ。
「以上だ。貴様のような大層な逆境にあったけどそこから努力して今の成功を掴みました、みたいなエピソードは無い」
 そもそも、売れていない以上、成功しているとは言い難い。売れていない作家など、趣味と笑われても仕方がない話だ。
 要は、これから売ればいいだけの話だ。
「風変わりだねぇ、どうりでひねくれた作品ばかり書くわけだ」
 だから大きなお世話だ。
 私の作品もそうだが、読む奴もひねくれた性格をしていて困る。まあ、私の作品に影響されて、皆性格がねじ曲がっていくのだとしたら、私に責任があるような気もするが。
 くるくるとペンを回しながら、
「いやいや参考になったよ。どこが参考になったかは言わないけど。そうだね、あとはそうそう、どうして人種というか、アンドロイドや人間の違いに、気を配らないのかも教えてよ」
 人種の違い。
 アンドロイドと人間を区別しない理由。
 このところ似たようなことばかり聞かれているので、正直辟易したが、同じテーマでも同じ内容の結果になるとは限らない。
 それを私は知っているので、取材の意味合いも込めてサービスで、高い報酬のリップサービスとして答えてやることにした。
「違いだと? 見た目はほとんど同じだろう」
「けど、考えは決定的に違うでしょ、見た目は同じでも、中身は別物だよ」
 まあ確かに、人間なら殺し損なった後に、最初から殺す気はなかったと、リムジンの中で割り切って貰えるように促したりはしないだろう。
 私は殺し損なっても、反省すらしなかったわけで、やはり説得力に欠けるが。
「中身が別物だと・ そんなことは開けてみなければ分からない。人間だって怪しいものだ。善人ぶった奴が殺人鬼になるし、殺人鬼と思われていた人間が無罪だったりするものだ。中身がなんだろうが、報酬を金で払うなら私の客だ。逆に、報酬を支払わなければ敵でしかない」
 自身にとって吉か否か。
 誰でも、それを基準に生きているのではないだろうか? どれだけ素晴らしい聖者でも、自分にとって吉の存在でなければ、煙たがるものだ。
 アンドロイドだろうと何であろうと、吉であれば歓迎する。私が他の人間と違ところがあるとすれば、それは肩書きに拘らず、どのような悪人であろうと場合によっては歓迎する、道徳や良心よりも実利を優先するところだろう。
 どう捉えたのか、フカユキはとんとんとメモを人差し指で叩きながら、
「成ぁるぅ程ねぇ、じゃあさ、一つ聞いていいかな?」
「なんだ」
「お金を貰って、作家を辞めろと言われれば、君辞めるの?」
「額次第だ」
「本当に? 聞いている限り、だいぶ長い間続けてきたのに、そんなあっさり捨てられるの?」
「場合によるだろうな。まあ、金だけ受け取って後から書き始めてもいいなら、とりあえず受け取るだろう。そうでないなら、また別の楽しみを探せばいい。作家としての有り様は確かにあるが、だからって作家としての生き方に縛られるつもりもない、というだけだ」
 長く、執念深く続けてきたモノを、あっさり捨てられる人間性が信じられないらしい。だが、私からすれば自明の理でしかなかった。
 そもそも、作家なんてモノになっている以上、その人間は、アンドロイドでもいいが、人生を捨てていると言っていい。
 人間性を捨てることで、書ける作品もあるだろう。
 まあ、捨てたならまた拾いに行けばよいだけのことだ。そして、私はそれができる人間だ。
 人が本来大切にするモノ、長く追い求めた夢や目標をあっさり捨てて、捨てたかと思えばまた突然始めたりできる人間だ。
 ぽかんとしながら、つまりは呆けながら、フカユキは私を見た。
 そんな目で見られる覚えはないのだが。
「君って凄いねぇ、わたしゃ無理だよ。捨てられないからこそ信念だと思っている人間だから」
「捨てなくてもいい。そもそも、達成した目標を捨てるなんて馬鹿げた話だ」
「達成した目標?」
「作家として、売れているじゃないか。作家になろうというお前の心、その夢は達成できたと言えるじゃないか」
 だが、フカユキはいやいやと首を振り、
「そんなことないよ。まだまだ良い作品が書けそうだしね」
 と、贅沢なことを言った。
 優等生らしい、羨ましい志だ。
 だが、少し気になりもしたのは事実だ。作品が売れること以外に、作家は何を求めるのか。
 だから聞いてみた。
「なら、何を持って作家としてやり遂げたと思うのか、よければ教えて欲しいものだ」
「サイン会とかに、作品を読んでいる人たちが、楽しそうにやってくる瞬間とか、やり遂げたっ! て感じはするかな。これを世界単位で広められたら、それこそ目標達成、自分の書いた話で、世界中の心を動かせたって思うんじゃないかな」
 随分と壮大な夢だ。
 なんだか、ただ金を儲けたがっている私が悪いみたいに感じなくもなかったが、気のせいだ。
 まあ、人間大きな夢を見なければならない必要などない。売れてからそう言ったモノを見ればいい、と考えているから売れないのかもしれなかったが。
「君はどうなの?」
 しまった。これまでの会話の流れからして、同じことを聞かれることなど目に見えていたというのに。
 ここで金さえあれば、というのはなんだか敗北宣言に近い気がした。気がしただけかもしれないが、しかしここでなんというか、それらしいお題目を唱えられれば、こちらの面目も立つかもしれないではないか。
 考える。
 考える。
 考えたところで無いモノは無いので、私は口から嘘八百を出さざるを得なかった。
「そうだな、世界中の人間が私の作品を読み、人間の汚い裏側、人の本質に目を向けられるようになれば、目標を達成できたと言えるだろうな」
 まあそれらしい目標ではあるが、もし全人類が人間の裏側に目を向けるようになれば、ギスギスした息苦しい世界が出来そうな気もした。
 何事も程々が一番だ。
「へーえ、なんだか嘘くさいけど、まあいいや」「心外だな、人の目標を笑うなど、良い趣味とは思えないが」
「わかった、じゃあそうしよう。あと気になることと言えば、そうだね」
 まだあるのか。
 もう何も出ないぞ。
「教授にしろ、始末の依頼にしろ、世間的には悪だよね。依頼に個人的感情を持ち込まないのは分かるけど、これからの始末の依頼にしたって、それでいいと納得できるの? 君にとっての善悪がお金だけとは、どうしても思えないんだよね・・・・・・」
 善か悪か。
 まあ確かに、これまでの行動から考えれば、依頼主を裏切って金だけ貰ったりしているわけであって、金だけが行動基準では無い。
 だからといって、倫理観にとらわれて、仕事を選り好みしたりはしない。報酬は選ぶが、ある意味当然のことだろう。
 その上でこの女は問うているのだ。
 善悪と金は別物、ならば、人間にとっての善悪に捕らわれない私が、どのように善し悪しを判断しているのか。
 確かに、作家なら気になりそうな話ではある。「簡単な話だ。善悪なんて都合でしかない。金や欲望のため、つまりは自身の都合のためのものだ・・・・・・金の他に判断基準があるとすれば、私は個性や欲望を尊重する。他ならぬ自身の意思で、何かを変えようとする側に付きたいだけだ」
 納得がいかないらしく、ペンを右手でクルクルと回しながら、私をのぞき込むように、
「でもさ、その場合だと教授は、どんな人間よりも強い意思を持って、世界を変えようとしている人物でしょ? なら教授の味方はしてあげないのかね?」
 からかうように、あるいは私の裏切りの可能性を考慮してのモノかもしれなかったが、そう疑問を私に投げかけた。
 だが、それは無理な相談なのだ。
「それは無理だな」
「どうして?」
「あの教授とは、どうあがいても協力できない。良い悪いと言うよりも、邪魔なんだ。どちらかが消えるしかない」
「教授とはあったばかりなのに、どうして?」
「簡単だ、自分に似ている人間、あるいは真逆かもしれないが、そんな存在同士が仲良くなれるわけがない。実利を捨ててでも目的を果たそうとする教授が私は許容できないし、教授が死にものぐるいで達成しようとしている目的を、その意識を使い捨てる私のことを、教授は許せないだろう。お互いに邪魔で、目障りだ。どちらかが倒れるしかない」
「かっーくいい」
 はやしたてるように、フカユキは、
「だから、お互いのプライドをかけて戦ったりするのかな?」
「いいや、違う。プライドなんて人間らしいモノはどちらにもない。ただ邪魔なんだ。お互いがお互いの存在理由を否定しているのだから、目障りで仕方ない。本人と全く同じコピーロボットからすれば、自分こそが本人であり、偽物は邪魔だから消すしかない。そんなことをお互いに思っているのだから、殺し合うしかない」
 善悪ではない。
 生物の本能に従って・・・・・・生きることの邪魔だから、殺す。
 存在そのものが目障りだから、殺す。
 

 憎しみすらないかもしれない。
 本当にただ邪魔だから、意思とは関係なく殺し合わなければならないだけだ。
 良くできた関係だと思う。
 良くできた運命だと思う。
 私にしては珍しく、敵としてではなく、個人として、あの教授とは向き合って話してみたい気持ちが強かった。
 無論、同じくらい鬱陶しくも感じるが。
「へーえ、それが本当なら、教授の殺害依頼は問題なさそうだね」
 そう言って、フカユキはガサゴソと懐を漁り、何やら注射器のようなモノを取り出した。
「これから行く教授の本拠地には、私のクローンの大脳、その巨大な脳がクローンニンジャの私に演算を提供している」
 だからこれを使って、と。
 私はその注射器を受け取りながら、
「自分を殺すのは、どんな気分なんだ?」
 皮肉を込めて言ってみたが、彼女は笑って、
「いえいえ、私も、私の都合が大事だから、少なくとも後悔はしないよ」
 と、言い切った。
 自分にブレないアンドロイドというのも、作品の主人公としては良いかもしれない。
 そんなことを考えながら、私は辺境の惑星へと向かっていくのだった。

   22

 別に観光に来たわけではないので、私はフカユキを置いて、教授が居るという研究施設へと向かった。
 もし見つかったら、大量のクローンニンジャが襲ってくることは明白なので、隠れながら先に進み、目的の施設へと到達した。
 戦闘なんて避けるに越したことはない。
 サムライとしての能力はあくまで貰い物であって、いや貰い物でなくとも、強いことと戦うことは同一視するべきではない。
 負ける可能性があるから戦いというのだ。そんなギャンブルじみたモノに身を投じたことは、サムライのくせにと思うかもしれないが、殆ど無い。
 私は争いが嫌いだ。
 得意だからって率先して行う理由にはならないと言うことだ、可能かどうかと実際にやるかどうかは別問題だ。
 そういう意味では私は誰にも見つからず目的地に辿り着いたのだが、しかし、そこにあるのは予想外の光景だった。
 巨大な脳が真ん中に、スノーパウダーの土産物のようにガラスに詰められて、ただそびえ立っていた。
 恐らく、細胞分裂を無尽蔵に繰り返させたのだろう。どうやったのか知らないが、全長20メートルもある怪物脳なら、ジャックの言うところのあり得ない演算能力を、持ち合わせていても不思議ではない。
 せっかくこっそりと目的地に着いたというのに、私はしばらくの間、突っ立ったまま光景を眺めていた。
 そこへ、
「・・・・・・随分と遅い到着だな、おっと、私を攻撃しない方がいい。当然のことながら私への攻撃は施設の全壊を意味するぞ」
 真正面から、
 あろうことかサムライ相手に真正面から、恐らくは自爆装置をひっさげて、そこには一人の老人の姿が立ちふさがっていた。
 たった一人だ。
 どころか、人並みの筋肉しかないひ弱な老人のはずだというのに、まるで私には死に神のように見えた。
 実際、この男は死神だったのだろう。
 私と同じで、直接的であれ間接的であれ、あらゆる他者を、破滅に追いやり続けてきた存在だ。 幽霊の日本刀を使っての、いやあらゆる暴力行為を封じられた以上、私と教授が出来ることは、とりあえず一つだった。
 互いの主張を言い合うことだ。
 人間の、本来の争い方だ。
 この世で最強の武器である、言葉を尽くすことで、相手の心をへし折ることだ。それこそが、本当の意味で世の中を動かしてきた。
 暴力など、言葉に比べれば子供の遊びも良いところだ。そんなモノはどうでもいい。
 私は作家だ。
 作家としてのやり方で、ケリをつける。
「・・・・・・何故、目的なんて曖昧なモノに拘る?」「君こそ、何故結果などと言う曖昧なモノに拘るのだ? 分かっているはずだぞ、金も人情も似たようなもの。裕福さは裕福でない生活に怯えることの裏返しであり、金や豊かさ、物欲では何も満たされない」
「そうかな、金はあらゆるモノの代わりになる」 それは私が金を重要視する理由の一つだ。
 しかし、教授はむしろ退屈そうに、
「代わりになるだけだ。買えるだけ。分かっていることを私に問うな。君は金で満たされないことを知っているはずだぞ。金など、言ってしまえばただの紙。集めてしまえば退屈なものだ」
「使い方にもよるだろうさ」
 クックッと、鳥類みたいな不気味な笑いをこらえながら、
「使い方? 君にも私にも・・・・・・使うべき欲望など無いだろう。欲がなければ求めるモノもない。まるで言葉の上では聖人に聞こえるが、なんてことはない・・・・・・君も私も、人として必要な心の部分が抜け落ちているだけだ」
 楽しそうに。
 教授は楽しそうに笑う。
 だが、知っている。
 私と同じで、この男にも楽しむ、という概念はない。
 無いから、人間の真似事をしているだけだ。
 本当に、見ているだけで殺したくなってくる。 仲良くなれようはずがない。
「心が無いだと? それこそ今更ではないか」
 私は、恐らくは教授も、実によく話が弾んだ。 人間のフリをしなくて良いからだろうか。
「無いなら無いで、あるもので幸せになれればよいだけだ」
「いいや、それは違う。君は羨ましかったんだ。楽しそうに笑う他の人間が、人生を謳歌する他の人間が、大切な人のため悲しみに暮れる人間が、大切な人間の為怒りにふるえる人間が・・・・・・・・・・・・だが君も私も憧れる心すら、理解できなかった。だからこそ機械的に、足りないモノを埋めようとした」
 足りていないなら埋めればいい。
 それが心でも。
 全く、教授も私も、どんな馬鹿にでもそれは不可能だと分かるであろう事柄を、心のない人間には何もかもが無意味であるという現実を、認めずに変えようとしたわけだ。
 お笑い草だ。
 出来るわけが無いというのに・・・・・・それが出来れば心と呼ばれないだろうに。
 私は代わりのモノを、あるいは別の方法で人間の幸福を追い求めた。
 対して教授は、周り全てを変えようとした。アンドロイド一色の世界・・・・・・そこに人間の幸福はもはや必要ない。
 アンドロイドとしての幸福、人間らしさを追求することが、全体の幸福になる。
 馬鹿げた話だ。
 外も内も、変えられなかったから、変えることが出来ないから、我々は悩んでいたというのに。 存在そのものが悪だというのに、それを自認した上で、そのくせ自身のことをちっとも悪だとは思っていない人間が二人。
 だが、
「少し、違うな」
 だからといって、教授の言い分が全て正しいわけでもない。
「憧れなんて無い。ただ我慢ならなかっただけだ。この世の不条理って奴にな」
「だとしても・・・・・・やはり同じことだ。我々は手に入りもしないモノを追い求めるという目的は、結局のところ同じなのだから」
 淡々と話す教授。
 この男には、人生への葛藤なんてあったのだろうか・・・・・・無かっただろう。ただ、必要だから行動して動いただけだ。
 私も、必要なことを必要に応じて、行動に移しているに過ぎない、とはいえ、端から見れば我々二人のやっていることは、同じに見えるのだ。
 心の無い怪物が、
 意味もなく足掻いているだけだ。
 だとしても、私は金が欲しい。
 だから言ってやった。
「だからどうした。そんなことは些細なことだ。達成できない目的など捨ててしまえ。私はお前のように捕らわれたりしていない。金、金、金だ。結局のところ、物事の善し悪しは当人の納得でしか計れない。私はそれを金で肯定するだけだ」
「そう妥協しているだけだろう。妥協して諦めただけだ」
 そうだろう。
 私は妥協して諦めた。
 だが、それを悪いとは思わない。
「それがどうした。手に入らないモノなど存在しないと同義だ。手に入りそうなら、改めて求めればいい。妥協せずに求めているつもりか知らないが、そっちこそ、未練たらしく執着しているだけだろう」
 教授は顔をしかめ、
「貴様のような・・・・・・目的を使い捨てる小僧と同じにするな。夢も野望も若者は簡単に切り捨て、そしてその程度の思いしかないくせに、やれ夢が叶わなかっただの、才能がなかったなどと言う。そんな薄弱な意思で適当な目的を持ち、自分達が恵まれていることに気づかない・・・・・・そんな貴様等と私は違うだけだ」
 年寄りから見たら、年齢だけでなく経験を重ねた年寄りから見たらそんな風に見えるだろう。
 私と違ってこの男は、この老人は、自身の信念を、心ない信念を本物へ昇華させようとしているのだ。私は信念を使い捨ててでも折り合いをつかせようとしたが、教授はこの世界との折り合いを捨ててでも、目的を果たそうとした。
 改めて、気が合うわけがないと実感した。
 実利よりも果てない夢を求める老人。
 夢よりも豊かな現実を追い求める作家。
 鏡写しもいいところだ。
「いいや、お前だって、結局は人間のようになりたかっただけだ。早々に諦めた私と違って、世の中と折り合いをつかせた私と違って、お前は世の中の方に折り合いをつかせようとしただけだ」
 それがアンドロイドの世界。
 人間を滅ぼしてでも、自身の在り方を認めさせようとしたわけだ。
 だが、やはり私と教授は決定的に違う。
「お前は自身の在り方に疑問を抱いているから、周りに合わせさせようとしただけだ。だが、私は違うぞ。この在り方が間違いだとは、塵一つ分も思わない。心なんて無くても私は自分を肯定できる。私は自分に納得できる」
「開き直っただけだろう。馬鹿馬鹿しい」
 冷たい、死人のような目玉を不気味に動かしながら、私を教授は見据えた。
 まさにこの男は現代の死神だ。
 比喩や冗談ではない。
 自身の為に・・・・・・他者の個性を殺すことを生業とする怪物、私にはそう見えた。
 少なくともそのためなら人類を消して、アンドロイドにすり替えても良いと考えているのだ。そして納得行くまで何度でも試すだろう。
 世界を玩具にして、何度でも、何度でも。
 アンドロイドを滅ぼしてでも、あるいは、何度も何度も新しい人種を作り、納得行くまで永遠に続けるだろう。
 気の長いじいさんだ。
 だが、私は気が長くない。
 貰えるモノは早く貰いたい。
「開き直りだと? 奇妙なことを言う。我々は存在そのものが間違っているのだ。そして、そんな間違った存在が考えることが、開き直りでなくて何だ」
 我々二人の主張はどちらも間違っている。 
 どちらも悪だ。
 どちらも存在を許されるような人間ではない。 だが、そんな他の都合など知らない、意に介さないのが私の在り方だ。
「その他大勢のことなど知ったことか。私は、この私が満足できればそれで構わない。今更善悪など知ったことか。どうでも良さ過ぎる。我々の存在が正しくなることなど無い。お前はそれを認めずに引きずっているだけだ。捕らわれて、前に進めないだけだ」
 怒り、のようなモノ。
 だが、それは憤りというのが正しい。
 間違っている在り方を正すこと。
 教授の在り方はそこへ向いているのだから、当然といえば当然だが。
「それの何が悪い?」
「何も。だから言っただろう。我々は最初から悪なのだ。お前はそれを消そうとした。私は消さずに積み上げてでも、実利を求めた。私からすれば実利を捨てて夢を追い求める貴様は邪魔でしかないし、貴様からすれば目的を使い捨ててでも、欲深い現実を良しとする私は許せまい?」
 どちらも正しくなどないし、正しかったところで、やはりどうでもいい話だ。
 善悪など些細なことだ。
 そんなもの、世の法律が変われば変わるようなモノに価値は無い。少なくとも我々二人はそんなもの求めていない。
「目障りな小僧だ」
「こちらも、似たようなものだ」
 にらみ合う。
 対峙する。
 だが、間に鏡が入っているかのように感じられた。不愉快な鏡だ。
 別の選択肢を取った世界へ通じている。
 その別の自分が貴様のようにはならない、貴様は間違っていると糾弾してくるのだ。目障りで鬱陶しいことこの上ない。
 つまり邪魔だ。
 我々は互いに他者の個性を殺すことを良しとする存在だ・・・・・・互いに互いが邪魔なのだ。
 敵同士になるために産まれてきたかのように、我々二人の関係はよくできていた。
 これほど奇妙な糸で結ばれ、正反対の意思を持つ人間など他にいまい。
 だから殺さなければ。
 何をおいても殺し尽くさなければ・・・・・・しかし、だ。
「この世の終わりまで、建物を人質にとって話し続ける気か」
 決定的な一打がなければ、共倒れになる。
 こんな奴と心中など御免だ・・・・・・まあ、きっと教授も同じことを言うだろうが。
「そんな必要は無い。君は死ぬ。これから」
「何だって?」
 この男は私と違ってハッタリなど使わない。
 ただ事実を告げるだけだ。
 だからこそ、私と張り合える悪なのだ。
「人間には視認不可能な大きさだ、無理もない。しかし私はバイオロイドなのでな、人間よりは頑丈だ。あと五分もすれば君の肉体は溶け始める。食人バクテリアだ。この建物全域に散布した」
 嫌な話を聞いてしまった。
 つまり、このままだと微生物の餌になってしまうわけだ。
 だが、教授を殺せばこの建物全域が吹っ飛ぶだろう・・・・・・食人バクテリアからは逃れられるが、粉々になるか生き埋めになるかになる可能性が高いだろう。
 だからこそ、戦闘能力を持たない教授らしいアイデアだと、こんな時に私は感嘆していた。
「ふん、だからのこのこと現れたわけか」
「その通りだ。まず君の攻撃をしようと言う思考を封じ、膠着状態で考えることを封じ、そのままこの世から完全に消えるところを視認してから、私はスイッチを切る。それでお仕舞いだ」
 私の勝ちだ、と。
 少しも嬉しいようには見えない顔で、教授は言い放った。
 手帳のようなモノを取り出して、私に見せつけながら教授は言う。
「君は5月30日、私の代わりとして実に役立ってくれた。だが6月5日には私のところにたどり着き、実に厄介な存在となった。7月の依頼は金だけ貰って逃走し、あろう事か標的を見逃した」「だが、それが理由でもないだろう?」
 そんなことで、この教授は動かない。。
 我々にはそんなお膳立ては必要ない。
「ああ、君のことを調べてすぐに、実を言うと君を始末しようとしていた。だが、君がサムライとしての力を地球で貰っていることを知っていた。サムライとはこの世のバランサーだ。暴力では正せない。過ぎた暴力を正すために、この世の理を外してまで、存在を必要とされた死神だ。暗殺は試してみたが、失敗した。だから確実に、私自身の手で始末することを考えた」
 やれやれ。
 熱烈なファンが居たものだ。
「俺を殺してどうするつもりだ?」
「どうもしない。今まで通りだ」
 今まで通り、狂い続ける。
 ありもしない納得を求めて。
 だが、私には教授の心情など知ったことではないので、言ってやることにした。
「それこそ妥協じゃないのか? 結局、貴様は目的に向かっていたいだけだ」
「黙れ」
 とはいえ、黙る義務もない。
 なにより、私以外にこの男に対して何かを言える人間などいない。
 我々は世界でただ二人の同胞なのだ。
 そこに孤独も疎外感も感じない、だが、憎み合う為に存在するとはいえ、その気持ちは同胞以外には分からないだろう。
 決して。
 心の無い怪物の答えは、心のない怪物にしか出せない。
「目的に向かっている自分を確信することで、充実感に包まれたいだけだ。貴様も私と変わらない、自身の欲望に忠実なだけだ」
「黙れ」
 この男は自身の在り方許せない。
 善悪では無く、この男も、不条理とも言える自身の在り方を強制される現実、それを正そうと邁進してきた。
 それは誇りなのだろうか。
 だとすれば、やはりこの男も、私と違う部分があったわけだ。選択肢が違ったのだから、当然といえば当然か。
 私が自信の在り方を肯定し、欲望を良しとしたように、教授は欲望を捨ててでも、誇りある目的意識を良しとした。
 私は金や欲望を良しとすることで、自身の在り方を認められた。
 教授は目的を良しとすることで、本来我々の持ち得ない人間の誇りを手に入れた。
 よくできた関係だ、全く。
「互いに内にあるモノは偽物だ。私の在り方も貴様の誇りも、薄っぺらい偽物かもしれない・・・・・・・・・・・・だが、私は札束の海で笑いながら、自身の在り方を肯定し、本物以上の偽物を、この世の隅まで余すところ無く楽しんでやる。この世界は最高に面白いからな」
 それも、金さえあればだが。
「そして、なんなら心とやらも、金の力で買ってやろう。貴様の誇りも、いずれ手に入れる」
「そんなわけがあるか。物欲では手に入らないことくらい、貴様にとて分かるはずだ」
「構わんよ。私はそれでも納得できる。教授の言うところの妥協だな・・・・・・それを悪だとは思わないし、悪だったところで知ったことか。貴様に言われるまでもない。心が我々には手に入らないことなど産まれたときから自覚していた」
 だが、だからどうした。
 楽しむ方法が一つ二つ減っただけだ。
 減ったなら増やせばいい。
「金、金、金だ。手に入らないなら構わない。妥協もしよう・・・・・だが、だからって他のモノを諦める理由にはならないはずだ。心が手に入らないなら、心以外の全てで私は楽しむだけだ。そこに罪悪感など無い。欲望のままに、どこまで心以外を楽しめるのか、試してみるのも一興だしな」
「そんな・・・・・・そんな、不条理な生き方があってたまるか」
 声を荒げながら・・・・・・恐らくは人生で初めて体感した、怒りという感情を味わいながら、教授は続けて言い放った。
「人間は心で感じ、心で共感し、人と繋がることで生きるモノでなければならないはずだ。私はそれを追い求めてきた。そんな、屁理屈みたいな生き方があってたまるか」
「我々は元々そんなものだろう」
「どうやって納得するというのだ、そんな破綻した生き方に、人間の幸せなど無い」
 そうだろう。
 追い求めた幸福はきっとない。
 だがそれは最初から分かっていることだ。
 なら、教授の言うとおり妥協してやるとしよう、なにせ・・・・・・私には心がないのだから。
 ならせめて、その分人生を楽しまなければ、はっきり言って割に合わない。
「構わんさ、無いなら無いで、それこそ作家らしく、物語にでもすればいい」
「ふざけるな!」
 教授に許せるわけもない。
 自分が長らく追い求めてきたモノを、あろう事か目の前の男はそんなモノより良いモノを探す、と言い切ったのだ。
「心なんて必要に応じて手に入れるさ。私は教授と違って臨機応変なだけの」
 怪物だ、と。
 そこまで言うと、私は幽霊の日本刀、サムライの武器を構えた。
 教授には見えないはずだが、私が教授を斬ることで、食人バクテリアを皆殺しにする算段であることは、さすがに分かったらしい。
「貴様、どういうつもりだ。死ぬのだぞ? 死ねば、私も貴様も、長く追い求めてきた答えにたどり着けないまま、何も無いまま死ぬ・・・・・・そんなことが、何故許容できる?」
「許容なんてしてないさ。どのみち、このままバクテリアの餌になるのは御免被る」
「お前は・・・・・・お前は一体なんだ。心という在り方を捨てるなど、生物として破綻している」
「そんなモノは、決まっているだろう?」
 お前と同じ、化け物だ。
 そう言ったところまでしか、私には目に入らなかった。教授がボタンを押したのか、私が教授を斬ったのか、何にせよ、予定調和に我々は光に包まれ、建物は瓦礫の雨に押しつぶされた。
 次回作のことを、考えながら。
 怪物は討伐された。

   23

 私が生き残った、と言うことは、教授も生き残ったかもしれない。
 真実は瓦礫の下だ。
 まあどうでもいい。とにかく、これで地球の豊かな自然に囲まれながら、バカンスを楽しめるわけだ。
前と同じ旅館に、地球に私は住み着いていた。 もう面倒な話はこりごりだと、なにより面倒な思いをして稼いだ金があるので、使わない手はなかった。
 ささやかなストレスすら許さない、平穏な生活を、自然を眺めながら楽しむ。
 良いものだ。
 卓球のルールブックを読みながら、そんなことを考えていた。教授も私も執念深いというより、ただ単に根に持つだけかもしれない。
 なんにせよ、負けたままではいられない。現在の最優先事項はフカユキへの雪辱をはらし、敗北という泥の中で、あの女が悔しさと泪を流す中、それを楽しそうに写真に収めることだ。
 現状、打開策はあまりないが。
 私は勝負事が苦手なのだ。教授との勝負も、ああも一方的にやりこまれてしまったし、生存能力は高いのだが、点の取り合いなら間違いなく最下位になってしまう。
 私は負けるのが嫌いだ。
 例えイカサマをしてでも勝ちたい。
 敗北から学ぶこともあり、その方が成長すると言うが、十分だ。これ以上成長したところで、人間性がさらに曲がるだけだ。
 どうやってルールに抵触しないイカサマをしようかなどと考えていたところに、部屋の障子(ドアのようなもの)を開けて、フカユキが入ってきた。
 和服、と言うのだろうか。布のようなモノで服の代わりをしているらしい。中々に似合ってはいたが、サイズが少し大きいらしく、バランスは悪かった。
 私は面倒がってスーツだったので、今度そう言う着物を試してみるのも良いかもしれない、と検討しておくことにした。
「いやぁ、どうも」
 頭をかきながら、そんな適当な挨拶から、フカユキは始めた。
 相変わらず抜けている女だと思ったが、これはこれでこの女のペルソナなのだろう。
 仮面を被ることに炊けている女は嫌いじゃない・・・・・・生き方が似ているからかもしれないが。そもそもが、この女は作家として売れている以上、強い個性を持つことは間違いないのだ。
 物語とは、作家の魂の写し書きだ。
 その魂に共感し、素晴らしいと感じ、金を払う人間が読者と言えよう。
 だとすれば私の作品が売れないのは、私の魂の成長がまだまだなのか、読者が立ち読みするだけして捨てていくからなのか・・・・・・まあ両方だろう。人に感心するのもいいが、いい加減私も、作品を売る方法を考えねばならない。
 ・・・・・・・・・・・・本来、本というのは伝達の手段であり、呼んだ人間が感動してそれを伝える、というのが本来の書物の宣伝方法なのだが、中々うまくは行かないものだ。
 本当にな。
 フカユキが畳の上に座ったので、私は茶菓子くらいは出してやることにした。まあ出すだけなら金はかからない。
 そして茶を入れて、私も向かい合って座った。「何のようだ」
 まだ何か依頼があるのか?
 もう絶対に当面は引き受けるつもりはない。
 断固としてそう主張しようかと思ったが、どうやら当てが外れたようで、フカユキはたじろぐ仕草を大げさにしながら、
「やだなあ、ただの取材ですって、怖い怖い。教授との決着について聞きたいなあと思いまして」「言ったはずだぞ、覚えていない」
 フカユキは目を少し見開いて・・・・・・少し、疑っているのか、探るように質問を続けた。
「では、教授の生死も?」
「ああ」
 そう答えると、思惑通りだと言わんばかりの含み笑いをしながら、理由は分からないが満足したようだった。
 何を聞きたかったのか・・・・・・結局、今回の事件では、この女の素性は明らかにされなかった。
 まあ、あまり興味もないが。
 しかし、作品のことを思えば、興味を持つべきなのかもしれない、何せ、この女は表向き、アンドロイド作家として名声を手に入れるくらいの文豪であることは確かなのだ。
 せいぜいこちらも、参考にさせて貰おう。
「そう言うそちらは、相変わらず作家として活躍しているらしいじゃないか。何か、売れるコツの一つでも伝授して貰えれば、ありがたいのだがな」
「あはは、いやー、謙虚さと礼儀正しさですよ」 もし本当にそうなら、私の作品は売るのがかなり難しそうだ。もっとも、この女に、謙虚さと礼儀正しさがあるというならば、私にも不可能ではないのかもしれない。
 なんにせよ、そんな抽象的な話だけ聞いても仕方がないので、作品について言及することにした。
「そうではなく、小説を書く際のことを聞きたい。売れる作品を書くことが確信できれば、これ以上ないことだからな」
「成る程ね」
 安易な方法ばかり求める人間に思われていそうだが、しかし、まあ構わない。
 苦労して執筆しようが、楽して執筆しようが、結果的に傑作が書ければ問題ない。
 ただ、問題なのは私が傑作だと思っていても、中々売れないことにあるのだ・・・・・・売れる傑作と売れない傑作なら、売れる方がいい。死後に認められた数々の著作を書いた大文豪たちも、きっとそう思っているだろう。
 両腕を組み深く考えて、考え込んでフカユキは答えを出した。
「やっぱり、テーマだろうね」
 クルクルとペンを回しながら・・・・・・癖なのだろうか?
 物語のテーマ。
 戦争、恋愛、悲劇、人間の性、いろいろあるが違いは細かいか大雑把かくらいだろう。
 例えば恋愛、というテーマはかなり大雑把だ。恋愛と言っても色々ある。ただれた恋愛か青春モノか、そう言ったところを取捨選択することで、物語の基本骨子が出来上がるわけだ。
 しかし、それは作家なら誰でも分かる、基本の中の基本だ。
 売るのには初心が大事、ということだろうか。 しかし、フカユキは意外なことを言った。
「多くの人間が共感できるテーマなら、自然と皆読むとは思う。けど、それは興味本位だからね。結局は深いテーマ、信念を感じさせる作品でないと、簡単に飽きられちゃうよ」
 その言葉は、以前アンドロイド版のフカユキ、シェリー・ホワイトアウトと呼ばれたアンドロイド作家の言葉に似ていた。
 クローンたちは全員死んだはずだから、そのことをこの女が知る由もないのだが、しかし、なら彼女たち偽物と、この女は案外、根っこのところは同じだったのかもしれない。
 物語に夢を見るアンドロイドの姿。
 あれもこの女の一部なのだろう。
 だとしたら、以外にロマンチストな女だ。
「簡単に飽きられる、か」
 その言葉は前にも聞いた。
 だが今回は違う、具体的な答えを問いただすことが出来る。
「具体的に、どうすれば良いんだ?」
 だから聞いてみることにした。
 読者を虜にする方法論を。
「そうだね、人間をテーマにするのが一番かな」「どういうことだ」
 だが聞いてみたものの、言葉の意味が分からなかった、どういうことだ。
 大抵の物語は人間が主人公じゃないのか?
「テーマを人間にするの。人間であろうとする以上、人間は人間に興味がわく。アンドロイドもそうだし、人間が有名人に憧れるのもそう。売ることを念頭に考えると、そうだね、こうありたい、こうであったら、という憧れ、夢に近づけたと錯覚できる作品が、まあ売れるかな」
「なら、現実は描かない方がよいのか? 夢を見せて、読者を酔わせるのが」
 傑作なのか、と私は聞いた。
 くすり、と笑いながら、フカユキは、
「面白い例えだね。まあ、半分合ってるよ。でも、それだけじゃ売れはしても心には残らないから、バランスの問題だろうね」
「バランス良く夢と現実をかき混ぜて、いい具合に香ばしく出来上がったら売ればいい、ということか」
「あはは、うん、そだね」
 作品を食べ物に例える人なんて始めてみたよ、と面白そうに笑いながら言うフカユキ。
 なんにせよこれで理解できた・・・・・・理解できたところで売れなければ意味がないので、これから実行に移していくとしよう。
 金銭面では大いに儲かったが、作家としてはあまり得るモノが少なかったので、この女の取材はある意味、僥倖と言えた。
 作家として。
「なあ、一つ聞いていいか」
 いつの間にか立場が逆転して、私が取材する側になってしまった。まあ、立場など気にする私でもないが。
 行動が実になればよいのだ。
「作家としての在り方をどう思う? どうあれば、作家だと思うか、その定義はお前にはあるのか?」
 儲ければ作家というのはあくまでも私の持論だ・・・・・・変えるつもりはさらさらないが、参考程度にはなるだろう。
 私は聞いた。
 聞かざるを得なかった。
「本が売れれば作家だと思うか?」
「うーん・・・・・・・・・・・・」
 悩むと言うより、答えあぐねているようだ。
 説明の仕方に迷っている。
「つまりさ、作家が作家である条件でしょ? 作家は本を書いて、読んで貰うことがお仕事ですから、ファンが一人でも居て、その本を大事にしていれば、それが作家と言えると思う」
 誰かに思われていることが条件か。
 つくづく私とは正反対な奴だ。
 優等生な回答過ぎて、面白味に欠ける。
 しかし続けて、
「読者が読んで良かれ悪しかれ、当人の生き方を左右するような作品が書ければ、一人前じゃないかな。昔の文豪の作品なんて、まさにそうだし」 確かに、とこの答えには納得せざるを得なかった。
 愛読書に影響される人間は多い。
 影響を与えること、それそのものが傑作の証明か。
 これで、作家としての答えは得た。
 あとは書くだけだ。
「成る程な・・・・・・取材はもう終わりか?」
「何か用事でもあるの?」
 私は肩をすくめながら、
「ああ、何でも地球の依頼主が用事があるらしくてな・・・・・・向かうだけで済めばよいが」
 寿命が報酬である以上、あの女からの依頼は断れない。長生きしたければやるしかない。
「そう言うわけだ、用がないならそろそろ失礼させて貰うぞ」
「あ、まって」
 と、障子を開けて出ようとする私を、フカユキは呼び留めた。
「あなたにとっての、作家としての条件は何かな? 取材に来たんだからそれくらいは教えてよ」
「ふん」
 何だろう、私が心変わりをするとでも思っているのだろうか?
 残念だがそんなことは有り得ない。
「金、金、金だ。儲からなければビジネスとは言わない。要は嘘八百を書き、そこから読者を洗脳し、金に換える。錬金術のようなものだ。大儲けすることこそ、作家としての本懐だ」
 プロの条件は結果を出すことだ。
 結果を出し続けること・・・・・・作家なら、売り続けて書き続けることだろう。
 そう答えを聞いて、満足そうにフカユキは口を開いた。
「じゃあ、行ってらっしゃい」
 私の行く末を楽しんでいる風だ。
 見せ物ではないのだが、言っても仕方ない。
「ふん、行ってこよう」
 私は山々のそびえ立つ神社の、その奥の奥を目指して歩を進めていった。

   24

「お疲れさまです」
 怪異にそんなことを言われたのは初めてだ。その日の夜、私は教授の言うところの神、寿命を引き延ばして貰っている女に呼び出されて、神社の奥にある丘の上で、竹林を背にする女を見ながら、そんなことを思った。
 まあ、人間にもアンドロイドにも、労いの言葉など、必要において以外では貰わない。心の内から感謝されて、労われるなど生まれて初めてかもしれなかった。
「なんだ、一体。仕事は終わったのに呼び出して、一体何の用件だ?」
 そもそも、今回の仕事は終わったはずだ。
 まだ何かあるのだろうか・・・・・・私はゆっくり過ごしたいだけなのだが。まあ、作品の足しくらいにはなるだろうと思い、とりあえず話だけでも聞くことにした。
 何が金になるかわからない。
 人生とはそういうものだ。
 どれだけ積み上げても・・・・・・あっさり、どうでもいい理由で全てを失うのも人生の常だ。私の居きる道を人生と呼べるのかは定かでないが、なんにせよ足下をすくわれない程度には、気を引き締めておこう。
 人生とは、何があるかわからないから、理不尽や、予想外があるから人生なのだ。
 それを忘れてはならない。
 今回の件で改めて実感したしな。
 女は、手をさしのべるように右手を差しだし、「提案があります」
 と、女は言った。
 提案。
 この女の方から何かを提案されるのは初めてだ。大体が写真を渡されて、それを始末しに行くだけなのだから、まともな会話など必要なかったというのもあったが。
 何の提案だろう?
 契約打ち切りとかではないだろうな・・・・・・私はこの女の依頼を受けることで延命しているのだ。 契約の行く末は生死に直接関わってくる。
 内心は戦々恐々だったが、弱みを見せないためにも堂々と、要はハッタリで構えた。
「報酬を払えなくなったか?」
 当然ながら嫌みと皮肉を織り交ぜた、まあ要は懐事情が寒くなったのかと、金がないなら私が立て替えてやろうかと、いらない心配をしてやっただけだ。
 しかし、そう言うと、むっとしたように女は
「・・・・・・違います。あなたと同じにしないでください。余裕を持って雇用できています。そうではなく、別のことでです」
 別のこと? 
 他に何があっただろう、そうだ、実行しなかったとはいえ、この女の殺害依頼を教授から受けたことがあったのだ。
 女の恨みは執念深いと聞く。
 何年前にフられたとか、何年も前の記念日だとか、よくまあ覚えているものだと、感心できるくらいに。まあこれは、脳の構造、というか、生物学的な見地から見れば、別の生物と言っても過言でないのは明白であり、だからこそ男女というのは共感できないモノなのだが。
 私なら殺されかけたところで、金を貰って忘れられる位だが・・・・・・まさか恨んでいるのか?
 と、思ったが、見当違いの答えが帰ってきたので、私は唖然とした。
「別の人生を生きてみる気は、ありませんか?」 別の人生?
 何かの比喩だろうか?
 言葉の真意がさっぱりわからなかったので、当然の権利として、詳しい話を伺うことにした。
「どういう意味だ?」
「あなたには、本当に心が無いのかもしれない。なら、心のある肉体に転生して、新しい人生を1から送る気はありませんかということです」
 失礼な女だ。
 いくら自覚があるとはいえ、面と向かって心がないならスペアを用意してやろうか、などと。
 とはいえ、教授にも言われたことであり、半ば、いや完全に自明の理だったので、ここで何か言うのは女にだらしない奴が、だらしなくないと言い張るようで、気が引けた。
 私には女など居ないが。
 話を聞く限り、少なくとも冗談ではなさそうだが、正直意味を計りかねる。
 つまり、なんだ。
 文字通り、魂を転生させて、別の人間にならないかという、そういう意味だと解釈して良いのだろうか?
「そんなことが」
「出来ます」
 出来るから、寿命なんて延ばせるのか。よくよく考えれば。
 仮に可能だったとして・・・・・・・・・・・・だとすれば、どうだろう。
 心が入ったからって劇的に変わるわけでは無いだろうが、少なくとも、私が今見ている光景とは全く違う世界が、目に写ることだろう。
 泣き、笑い、喜びを分かち合い、心で感じる人生というのは。そしてそれを金で買うのは理想的かもしれない・・・・・・。
 私も教授も、人生を賭けて手に入らなかったものを、あっさりと手に入れる。
 悪くない未来だ。
 だが、
「いや、当面はいい」
 と言った。言ったのだが、女は納得がいかないらしく、
「何故ですか?」
 と、本当に不思議そうに女は聞いた。
「金もあるしな、当面はこのままで人生を楽しませて貰うさ」
 心が無くても、作品くらいは書けるしな。
 それも必要に応じてで良いだろう。
「心が無いままで、あなたは幸せになれると思っているのですか?」
「さあな、案外私が全面的に間違っているだけかもしれない。だが、押しつけられる覚えはない。心がいくら素晴らしかろうが、それを手にするかどうかは私自身が決めることだ」
 欲しくなれば買えばいい。
 どうせこの始末屋家業は続けなければならないのだから。
 それに、何事も焦るのは禁物だ・・・・・・などど、結果に執着して横着している私が言うことでもないが。
 何にせよ、今は心より金と平穏な生活だ。
「・・・・・・そうですか」
 言っても無駄だと感じたのか、諦めたような口調だった。まあ正しい反応だ。
 しかし、
「なんだ、心配してくれているのか・」
 と、おちょくったことはかなりの失敗だった。 女に恥をかかせて、成功する仕事など無いというのに。どうやら、サムライの始末屋とて、それは例外ではないらしかった。
「そうですか、では、元気そうなので次の仕事を依頼しましょう」
 しまった。相手の善意をコケにして返すのはいつものことだったが、何もこんな時にからかう必要はなかっただろうに。
「まて、私は今休暇中で」
 弁明はするものの、どうやら無駄らしかった。 想像以上にささやかな善意をあしらわれたことが、頭にきたらしい。
 きっ、と私を睨みつけ、
「寿命が欲しくないのですか?」
 そう脅しつけられた。仕方がないので、私は両手をあげて、降参のポーズをした。
 女に睨まれるのは、個人的に、銃口を向けられるのよりも、心臓に悪い。
 やれやれ、参った。
 写真を押しつけるように渡しながら、
「こちらが始末対象です。報酬はいつも通り、現金を前払いで、寿命は終了後加算します」
 人間も、アンドロイドも、例え神であろうとも、女が絡むとロクなことがないのは、どんな仕事であろうとも共通する法則かもしれない。
 まあ、女からすれば、男が絡むとロクなことがないと、きっと思っているのだろうが。
「わかったよ、馬車馬のように使われればいいのだろう?」
「なら、さっさと行きなさい」
「承知した・・・・・・この依頼、引き受けよう」
 現金を受け取り、始末対象の写真を持って、神社を去ろうとするそのときに、
「お気をつけて」
 と誰かが言った気がした。
 それはただの気のせいだったかもしれないが。

   25

 その宇宙船は中々に快適だった。他に乗客も居ないし、一人きりの宇宙の旅を楽しめそうだ。
 だが、
「先生、あんたも懲りない人だな」
「やかましい」
 うるさい旅の友さえ居なければ良かったのだが、今回の仕事も認証システムを誤魔化す必要がある。致し方あるまい。
 私の仕事はそんなのばかりだしな。
「結局、今回の件は作品のネタとやらにはなったのかい?」
「まあな」
 言ったものの、それが活かされているのかどうかは疑問だった。とはいえ、今後の執筆活動がこれではかどることを祈るばかりだ。
 書き続けること。
 それが作家である条件かどうかは知らないが、傑作を書き、金に換えようとするスタンスは変えるつもりもない。
 フカユキとの会話から考えて、私はやはり作家としてもはぐれモノのようだしな。
「問題は作品の出来よりも、売れるかどうかにかかっている。読者が立ち読みしても、懐に金は入ってこないしな」
「読まれれば幸せってわけには、いかないかね」

「いかないな」

 そうするつもりも、もとより無い。
「結果が全ての世の中だ。作品の善し悪しだって、とどのつまり売り上げの合計金額だ、ならばそれに拘ることをやめる必要もあるまい」
「はぁ、やれやれ。じゃあ今回の仕事も、せいぜい作品のネタになるように頑張るしかねぇな」
「もとより、そのつもりだ」
 窓の外に写る、銀河の星々を眺めながら、考える。
 物語は人から人へと、本当に紡がれるのだろうか?
 もしそうなら、私の作品を呼んだ人間が、他の人間に伝えていくことで、案外作品の売り上げが上がっていくかもしれない。
 読者から読者へのバトンリレー。
 そんな光景を夢見ながら、私はゆっくりと瞼を閉じた。
 次回作の構想を練りながら。

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