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アバター・スーツ(SFショートショート)

 あらすじ
 未来の日本。地方都市出身の柚葉は大学入学に伴い東京に移住するが、何もかも勝手が違う東京の水になじめなかったのだが……。


 柚葉(ゆずは)は東京の大学に受験で受かり、生まれ育った地方都市を離れ、1人暮らしを開始した。
 が、憧れだったはずの都会に、今では幻滅する日々である。まず、水道の水がまずかった。
 また、人が多すぎる。東京弁にも慣れなかった。
 柚葉も東京弁を使うようにしたが、出身地のアクセントが混じってるんじゃないかと不安だった。その事で馬鹿にされたりしないだろうか。
 元々彼女はコミュ障で、地元にいた頃も友人は少なかった。
 大学に入ったとはいえ有名な学校ではなく、お金さえ払えばよほど成績が悪くなければ入学できる私大である。
 柚葉の家は裕福ではない。が、少子化にも関わらずたくさんの大学が作られたのと、21世紀後半に低所得者の大学入学時に政府から補助金が出る政策ができ、彼女も恩恵を受けたのだ。
 車社会の地元と違い、東京に住んでから電車を利用するようになったが、朝晩の満員電車が苦痛だった。
 カバンから手を離しても落ちないぐらい混んでるのだ。痴漢に遭うのも頭痛のタネだった。
 鏡を見ても自分が美人と思えないし、実際今までも全くもてず、彼氏がいた事もない。
 それでも痴漢に遭うのは自分が150センチと小柄で、しかもやせぎすでおとなしそうだから、抵抗しないと思われてるからだろう。
 柚葉はすっかり電車が、東京が、大学が嫌になってしまった。故郷が嫌で、ようやく解放された気分になったはずなのに、ふるさととは別の意味で、グレーな現実が待っていたのだ。
 が、そんな彼女に思わぬ救いが現れた。それは、アバター・スーツである。柚葉は自分の住む都内のアパートの一室からインターネット・ショッピングで、アバター・スーツを買う事にした。
 彼女は身長190センチで筋肉質のレスラーみたいな体型をした男性型のアバター・スーツを購入したのだ。
 その商品は大学が休みの土曜日にホバー・トラックで運送屋が運んできた。トラックの運転手はロボットだった。最初からそう指定したのだ。
 人間のドライバーはそれだけで神経使うから、人見知りの柚葉にはロボットの方が良かった。
 ロボットが持ってきた箱の中には、手に収まるぐらいの操作端末が入っている。
 21世紀を舞台にしたホロムービーやホロドラマや博物館でしか観た事ないが、当時使われてたスマホという名の端末に形が似ている。
 スマホは長方形の角が取れた形をしてるが、眼前の端末は、正方形の角が取れた形をしてる。
 博物館で観たスマホの半分ぐらいの大きさだ。早速鏡台を見ながらスイッチを入れる。
 正視するのもおぞましい小柄でやせぎすで不細工な女の姿が消失し、代わりにレスラーのような、たくましい長身の男が現れた。ホログラムだが、ちょっと見ただけでは、一見そうとはわからない。
 この姿なら普通に道を歩いていても、堂々としてられる。そう思うと、心に希望が満ちてくる。

 土曜日の昼下がり、早速柚葉はアバター・スーツを身にまとって外に出た。普段と違い、道行く人が自分達から柚葉をよけていく感じだ。痛快だった。突然自分がヤクザにでもなった気分だ。
 アバター・スーツを着てるのがなんとなくわかった者が、わざとスーツを着た者にケンカをふっかけるケースも以前あったようだが、それをやると自動的にホログラム部分に電流が流れ、同時に相手を撮影して警察に通報する機能を備えてから、そんな振る舞いはやんでいた。
 柚葉はアバター・スーツを着たまま電車に乗りこんだ。特にどこへ行こうとしたわけではないが、なんとなく大学がある駅へ向かう電車に乗った。
 その時である。たまたま車内の座席に立っている女性の姿が目に映る。年齢は多分はたち前後か。
 18歳の柚葉と多分同年代だと見受けられるが、柚葉とは何もかもが違っていた。身長は170センチぐらいと長身だ。色白で、透き通るような肌をしている。
 大粒の目に筋の通った鼻があり、薄桃色の唇は、マシマロのようだった。白いスカートから、形のよい脚がすらりと伸びている。
 端正な顔立ちには、自信にあふれた太陽のような笑みを浮かべていた。もしかするとモデルとか芸能人かもしれない。
 驚く事にその女性は、今では珍しくなった紙製の本を読んでいる。どんな著書を読んでいるのかがとても気になった。
 人見知りの激しい柚葉だが、こんな同性の友人がほしいと思う。自己肯定感が低く、いつもオドオドしてる柚葉とは、まるで真逆の存在だ。
 やがて彼女は、柚葉が通っている大学のある駅で降りた。少し離れて後を追うと、やはり彼女は大学に向かっている。
 自分と同じ学校に通ってるんだ。そう思うと、喜びが胸に広がった。前を歩いていた女性が校舎の角を曲がる。思わず走って追おうとした。が、考えてみれば追いかけてどうしようというのか。
 相手は自分を全く知らないのだ。用もないのに声をかけるなんて不自然だ。しかも今柚葉はアバター・スーツを着て、マッチョな男の姿をしている。無論スイッチ1つでその姿を消せるけど、そんな借りの姿をしてたなんて周囲に知られるのが恥ずかしかった。
 柚葉は結局迷いながらも、歩調を変えず先程の女性が曲がったのと同じ角を曲がる。そこにはもう、あの女性の姿はない。
 角を曲がって右側に校舎の入口があるのでそこから入ったかもしれないが、その校舎の向かい側にも別の校舎があるのでそっちの入口から入ったかもしれない。
 土曜だけど、サークル活動等で人の出入りがそれなりにある。左右の校舎のどの階のどの部屋に行ったかも不明だった。

 結局柚葉はがっくりと肩を落として家に帰る。そして翌々日の月曜からは通学時にアバター・スーツのホロ映像を周囲にはりめぐらせ、電車を降りると駅の多目的トイレに入り、そこでスーツを解除したのだ。
 多目的トイレは男女共用なので、そういう真似ができるのはありがたい。そんなある金曜の朝。
 いつものように柚葉が大学の最寄り駅の多目的トイレでアバター・スーツを解除して外に出ると、こないだ見かけた美しい女性がこちらへ向かってくるのに気がついたのだ。
 柚葉がどうしようかとあわあわしてると、その女性は柚葉の横を通り過ぎ、そのまま多目的トイレに行った。その時その女性は白いハンカチを落としていったのだ。
 無論柚葉は拾ったが、その時には落とした女性は多目的トイレに入ってしまったのである。
 驚いた。心臓がドキドキしてる。これは千載一遇のチャンスだ。ハンカチを返すついでに話しかけるのも可能であった。
 どの学部にいるのか? 何年生なのか? さりげなく聞いてみよう。でも、できるだろうか。緊張してまともに話せなくなってしまうかも。
 やがて再び多目的トイレのドアが横に開いた。柚葉はハンカチを渡そうとしたが、中から現れたのはやせぎすの、小柄な若い男性だ。年齢は多分はたち前後。
 ポカンとしてる柚葉の手にしたハンカチに気づくと、貧相なその若者は、不器用な笑みを浮かべた。
「びっくりするのも無理ないよ。さっきまでホロ・アバターを着てたから。あれは、ぼくが描いたCGを元にした架空の女性のホロ・アバターでね。あのアバターをまとってると、何か自分に自信を持てるような気がするんだ。マッチョな男のアバターを着る人もいるけど、ぼくは苦手で。マッチョって粗野な感じがするじゃない」

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