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家の中の役に立つ美しいもの

パトロールと聞くと連想するのは屋根の上で回るライトや濃紺の制服ですが、世の中にはもっと気楽で牧歌的なそれがあります。
単語の前に店名を付けて“○○パトロール”と称し、何かお眼鏡にかなう品がないか、お店の中を見て回るという行為です。

SNS上には、よくその手の報告が上がっているのですが、昨年そこで偶然見かけた名前がウィリアム・モリスでした。

モリスは19世紀イギリスで、誰もが生活の中で美や芸術に触れられる社会を目指す〈アーツ・アンド・クラフツ運動〉を展開、一大ブームを巻き起こした立役者です。
建築家・デザイナー・画家・作家・詩人・実業家・社会活動家と、各分野に惜しみない能力を発揮した天才ですが、一般的に最もよく知られているのは、インテリア・デザイナーとしての顔でしょうか。

自身の運営する工芸集団〈モリス商会〉で、ファブリック・壁紙・調度品のデザインと製造を手がけ、手仕事の素晴らしさをもう一度世に広めるべく尽力、後世に多くの傑作を残しました。
特に印象的で美しいボタニカル・パターンは世界中で今でも変わらぬ人気を博しているため、どこかでそのデザインに触れたことがあるかもしれません。


私は19世紀末から20世紀半ばの美術や文化に目がないため、ヨーロッパ、やがて世界を席巻したアール・ヌーヴォーの先がけでもあるモリスを素通りは不可能です。

ロンドンのヴィクトリア・アンド・アルバート博物館や、日本で開催された展覧会で、絵画やデザイン、数々の展示品に心底から夢中で見入ってきたモリスに、日本の、それも百円均一のお店で出会える日が来るなんて。

SNSで最初に「セリアにてモリス購入」というパトロール報告を見た時はとても信じられず、時間を作り、すぐさま近くの店舗に向かいました。

すると棚には、本当にモリスデザインの文具やファブリック、紅茶缶や台所周りの品、小物入れやバッグまでが並んでいます。

「これが全部100円!?
他のお店や美術展で買ったら、これなんて5倍以上、こっちは10倍はするかも!」

思わず内心で絶叫です。他のモリスファンの方々の書き込みを見ても、皆さん私と同じに呆然としたり狂喜したりで、笑いつつ共感してしまいました。
モリスがこれだけ廉価でポピュラーなものとして登場するのは、こたえられないほど嬉しい出来事でした。


大量生産品を批判していた彼がこの現実を見てどう思うかは気になりますし、いささか皮肉な気もします。
けれど、ここで買わない選択肢はありません。
全種類制覇したい気持ちをこらえ

家の中には、役に立たないもの、美しくないものを置いてはならない

モリスのこの哲学を守り、苦渋の選択でいくつかの商品を選びました。

その結果、家の中に一気にモリスグッズが増えることにはなったのですが、全て実際に使え、また、目に入るたび幸福感を得られます。

なかでもお気に入りはカフェカーテンをアレンジして作ったポーチで、針と糸、サテンのリボンだけで簡単に出来たわりに、見た人に必ずほめられ、かかった値段を伝えると大いに驚かれと、自慢できる愉しい一品です。


もしもっと自由になるお金やスペースがあれば、好きなアート作品を家に飾れるのに。かつてはよくそんな想像をすることがありました。

けれどモリスは、美しく豊かな生活をするのに特別な品や贅沢品は不必要だと語っています。
かわりに重んじたのは簡素さと清潔さ、洗練された感覚です。
それならば、時間をかけてゆっくりと実現させていけるかもしれません。

幸福の秘訣は日常生活の細部に関心を持つこと

自著にこう書いたモリスにならい、日々の中での確かな幸福を少しづつ育てていけたらと思います。

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