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広告なんてつまらない?

「ああー、また広告だ」

電車の向かい側の席でタブレットを覗きこんでいる高校生たちが、うとましそうに声を上げます。
動画の続きが気になる時、いきなり差し挟まれる広告に気を削がれ、苛立つ気持ちはよくわかります。


私はほんの短い期間、広告制作に携わった経験があるのですが、そこで繰り返し言われたことは

「広告は誰にも見られていない」
「広告なんてない方がいい」

のふたつでした。
広告を好きな人などいないのだから、それをしっかり念頭に置いておくように、という戒めです。

それでも、私は天野祐吉さんの広告批評のファンだし、あれこれの広告を見るのも好きだ、と反論すると、そんな人間は希少生物だ、の一言で片付けられてしまいました。


もちろん、あまりに即物的で何のひねりや面白みもないものは別にして、広告にも、まるで文学や詩そのもののようなライティング、アートと見紛うような写真、優れた短編映画やコメディを思わせる映像が存在します。
その芸術性を評価したり、楽しんでしまおうというイベントもあるほどです。

たとえば、フランス・カンヌで開催される『カンヌライオンズ』や、日本各地で上映される『世界のCMフェスティバル
これらはCM映像だけを集めた映画祭で、カンヌでは世界中のCMが賞を競い、日本ではオールナイトで盛り上がりながら世界中のCMを観続けます。


ウェブ上にも、検索すればヒットする面白いCMは数限りなくあり、2020年に話題になったハイネケンのこんな広告は、ご存知の方も多いかもしれません。

CMの舞台は、賑わうバーやレストラン。
どこのお店でも、楽しむ男女に次々とお酒が出されるものの、ビールは必ず男性に、カクテルは決まって女性に差し出されます。
それを笑ったり、戸惑いながら、お客たちはドリンクを互いに交換。エレガントな女性がビールを手にし、シックな男性はカクテルを受け取ります。
ほっそりとした女性の前に置かれたグリーンサラダ、体格の良い男性の前に置かれた山盛りフライのお皿を二人が交換したところで映し出されるのが

Men drink cocktails too.

Cheers to all〉というキャンペーンで制作されたこの映像は、48秒という長さ、セリフなし、音楽のみで、誰にでもわかりやすい風刺精神とユーモアに満ちていました。

“新しい視点で人生を捉えることを目指す”との担当者の狙い通り、バーの風景を通してジェンダーの固定観念を笑い飛ばす、スタイリッシュで小気味よい広告でした。


海外のCMはこういったメッセージ性を含んだもののほか、ちょっと大喜利的なドラマ仕立てだったり、最後まで観ないと何を宣伝したいのかわからない、というものも多くあります。

たとえば、その代表であるような、意表をついたこんなものも。

小学校低学年くらいの男の子とその父親が、スーパーでカートを押しています。
ところが、お菓子を買ってもらえないとわかった男の子が暴れ出し、棚の商品をはたき落とし、叫び声を上げ、床の上で手足をばたばた。
なす術もなく立ち尽くす父親に浴びせられる、他の買い物客の冷たい視線と無言の抗議。
そして画面に現れる文字は

Use condoms.

そうきたか、というオチに、笑いつつ考えさせられます。
あなたの行動は必ず何らかの結果につながります、未来を見据え、責任を持った選択を、という海外的なブラックユーモアです。


フランスのCMで、大人の事情を描いたこちらは、もっとあっけらかんと笑えるものです。

一人の男性がクローゼットの扉を開けると、そこにはうずくまる下着姿の青年が。振り向くとベッドには自分の妻。
修羅場に突入かと思いきや、青年はなぜ自分がここにいるのか、男性に向けて滔々と語り始めます。

森閑とした森の中、木の上で眠っていると、その木が伐採されて、いつの間にかトラックに。
やがて着いた巨大な加工場で、木材カット用機械の刃物から逃げ回り、危機一髪で組み立て済みクローゼットの中に避難。
そのクローゼットは梱包されて、配送車に。
よって、いま自分はここにいる。

その語りと共に、スリリングな映像が画面いっぱいに展開し、すっかり興奮しきった夫、曖昧に微笑む妻、危機を逃れ安堵の青年、という三者の表情をとらえてCMは終わります。

これが一体何の広告かというと〈フランス脚本家協会〉の提供によるもので、イマジネーションの力で、ありふれた日常をドラマにします、とでもいったところでしょうか。


実際の映像を観ていただけないのが残念ですが、これらは、広告は時代のみならず、人間やお国柄など色々なものを映す役割を持っている、という好例です。

これほど個性的な広告にはめったに巡り会えないかもしれませんが、未知の世界観との出会いを期待し、私はこれからも国内外の広告チェックを続けます。

もし同じような“希少生物”の方がいらっしゃると嬉しいのですが。

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