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自分軸の作り方#119 「わかってくれてる」安堵感。


私が20代の半ばだった頃


人に話を聞いてもらって
はじめて心の底から

「この人、わかってくれてる」と感じた出来事がありました。


今日はそんなお話です。



正義感といえば聞こえはいいけれど
私の20代半ばは 実家の父親のテキトーさに対する不満が募り
自分史上最高峰の
「こうあるべき」MAX状態でした。

※私の実家について書いた記事はこちらです(主に母の話)

看護師として働き始めて3年も経つと、
「組織」というものがどんなふうに構成されているか、少しずつ見え始めます。
そして後輩を育てる役割が回ってきます。

そんな私が
宗教団体のリーダーである父親に対して
不満を持つのは必至のことでした。

私の父親は、年齢がすすんでも
自分の後継者を育てようとしていませんでした。

「神様が与えてくださるのを待ってる」の
一点張りで
話が全く通じない。

もっとやるべきことはあるはずなのに、
なんで見て見ぬふりするの?
ちゃんと問題に向き合って、
将来を見据えてやればいいじゃん!と、イライラ。


私は親の信じる神様を 信じてはいなかったけれど
自分がお給料をもらう立場になって、

一生懸命献金をしてくださった信者さんの
血と汗と涙の結晶で自分が育ててもらった
という実感が湧いてきて
感謝の思いが強くなりました。

それに、自分の親が人生をかけて信じている大切なものを
ちょっとは信じてみたかったし、
そんなに素晴らしいものだというなら
その素晴らしさを見せてほしかった。

だから、
自分の父親のテキトーさが許せなかったんです。


同じころ お付き合いしていた遠距離の彼氏と
なんとなくズレを感じ始め、
ストレスが溜まりまくっていました。

(後に、この彼氏がメンヘラくんだったと気付きます)


同じタイプの宗教団体は全国にあり、
その中で多少の交流はありました。

他の地域で 同じく指導者の子供として育ってきた、
少し年上の兄のような人に

私の思いの丈を 聞いてもらったことがあります。
(※この人は私の彼氏ではありません!
   既婚者です)


その日、電話越しに

ずいぶん長い時間、
私は一方的に喋り続けていました。

自分の父親がどれほどいい加減な人間か。
大事な話になると、はぐらかしてしまい
全部神頼みで、地道な努力をしない。
こんな人がリーダーをやる資格なんてない。
信者さんがかわいそうだ。

そもそも教えに対する解釈がおかしい。
自分本位に解釈を変えている。
だからこんなことになるんだ。

いろんなエピソードを交えながら、
父への不満を その人にぶつけていました。

その人は、
あいずちを打ちながら
遮らずに聞いてくれました。

一通り話し終えた時

その人は
静かで優しい でも真剣な声で


「そうか…


 そうあって欲しくはないよねー」


と、言いました。


その瞬間、私の涙腺は決壊し

しばらく涙が止まりませんでした。

この人、わかってくれてる。

ただ、そう感じました。


私はその時、
生まれて初めて心の底から

「わかってくれてる」と感じる経験をしました。



その人は、
「ひどいお父さんだね!」と同調するでもなく

「そんなこと言ったらダメだよ」と非難するでもなく

「かわいそうに」と同情するでもなく。


ただ、私の心に寄り添ってくれました。

私も私の怒りがどうして湧いてくるのか、
よくわかっていなかったのですが

そうか、
そうあって欲しくないから。

自分の思いと現実とのギャップに
腹が立って仕方がなかったのか。と

自分の感情の出どころを教えてもらえました。


同じところに立って、
同じものを見ようとしてくれる存在。

自分の思いを話して
共感してもらうと、

「こうあるべき」と不満や怒りの思いで
ぱっつんぱっつんに張り詰めていた心に
小さな穴が開いて、
不満や怒りが溶けて流れでて


他のものを受け入れるスペースができる
という経験をしました。

正義感って、
「私が正しくて
あなたは間違ってます」を
カッコよく表現してるだけの言葉ではないでしょうか。

お互いに正義感でぶつかっていたら
いつまでも歩み寄ることができません。



その後、紆余曲折ありましたが

私は付き合っていたメンヘラくんとお別れし

地元を離れ
遠い地で仕事に就き 
いくつかの出会いと別れを乗り越え

夫と出会い、恋をして結婚し、現在に至ります。

実家の宗教団体の状況は変わらず、
信者数は徐々に減り
私の父親は病気で他界しました。
父親亡き後、リーダーとして頑張っていた母も
今は認知症になり、施設にいます。

残された信者さんは、指導者不在のまま

今は数人で週に一回集まって
祈りを捧げているようです。


あの頃、私はあれこれと考えて
イライラしていたけれど


結局、
私にできることは何もありませんでした。

そもそも、私が立ち上げた団体でもなく
私が責任を持って何かするつもりもなかったので
父親にとっては 

痛いところをついてくる 過干渉な
口うるさい娘でしかなかったのだと思います。


リーダーが手を打たなかったら 
その組織は衰退する という 
現実だけがそこにあります。


実家に帰省した時、信者さんに会う機会があると

おかえりなさい、
元気そうだねと笑顔で迎えてくださいます。

ただいま。
いつもお祈りくださってありがとうございます。と


私を 育ててくださったみなさんに
感謝の思いだけ 伝えています。


以前は、父亡き後 
父親の無責任さによって、
リーダー不在になってしまったことに
ひどい罪悪感、申し訳なさを感じていました。


あの罪悪感はなんだったんでしょう。
幼い頃から、「あなたは神様の子ども」と
刷り込まれてきたことが原因でしょうか。
自分が親の責任の一端を担っている感覚がありました。

これも他人軸のひとつなのかもしれないですね。


親は選べない。
だけど、生き方は選べる。


親と自分を切り離して考える習慣がついて、
気持ちはとっても楽になりました。






ぱっつんぱっつんに心が張り詰めていたとき

兄のような あの人の「共感」が私の心にプシューっと風穴を開けて
優しさを受け入れるスペースを作ってくれました。


「わかってくれてる」と感じたときの安堵感は、

これからもずっと 忘れません。



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