CHAPTER5.資料

数十軒ほど飲食店の現場を渡り歩き、といえば聞こえはいいが良いものを作るには忖度なく意見をぶつけ合うのも必要だと思っていたので方向性の違いや体制が合わずすぐ辞めてしまったところも恥ずかしながらある。

そんな経験の中で飲食店は集合知だと知った。先人たちが培ったノウハウを踏襲しながらアップデートも怠らず。拘りは大事だけど凝り固まらないよう柔軟性も必要。

「賢く仕事しなさい」                        かつてのレストランアベレートのシェフがよく口にしていた言葉だ。彼の仕事ぶりは実に洗練されていたものだった。同じ物量の仕事でも悠々とこなす。早くて正確も当たり前だが無駄な動作が一切ない。最高効率の動きをしていた。彼は「俺は怠け者だから楽したいだけさ」とお道化ていたが頭の中ではその最適解を常に導きだしていたのだろう。

柔軟性があり視野も広く探求心もあるので非常に謙虚。例え見習いが勝手に変えている手順でもそれが合理的あれば「みんなもこういう考え方をして!」と広めていた。こちらからの提案にも聞く耳をもって尊重してくれていたし、もっとよくなるなら盛り付け変えちゃってもOKだよ!とそれが出来る雰囲気作りをしてくれていた。

本質を見極め先入観に縛られることなく良いものは良いと受け入れる。あの度量こそ彼の凄さなのだろう。僕が心の中でシェフと仰ぐのは彼だけだ。

見習いや新人が勝手なやり方していたら頭ごなしに批判する先輩面のコックや上長がほとんどだろう。少なくとも僕は初めて見る光景だった。

それ以前からレガシーな部分を妄信的に守る印象を強く感じていた。それも店単位という狭いローカルルールを。目的は同じなのに方法や手順は違うシーンを場数を踏むことで見てきた。どれも間違いではなかったが非効率的なことも少なくなかった。トップダウン型が根深い業界だから多い現象なのかもしれない。シェフの洗練された仕事を見て過去のそれらが、調和を維持するためだけの決まり事だったのだと気付いた。

ちなみにシェフも怒ることは勿論ありました。
それはそれはトンデモナイことになるので特別な訓練を受けていない方は知らない方がいいです。

さて日本郵政金融公庫へ融資の為の資料作りを始めよう。いわゆる事業計画書。主な項目は「創業動機」「経歴」「商品・サービス」「取引先」「資金と調達方法」「収支計画」となっている。各融資候補先からテンプレートは頂いたのだが、おおよそ問われる内容は同じようだ。

ざっくり言うと、安易な思い付きではない熟考したアイデアなのか、お金を貸しても大丈夫な人なのか、成功するための行動力はあるのか、返済能力があるのか、事業を失敗した場合のリスクを背負う覚悟があるのかなど。

貸す側も成功してほしいことを願い応援する思いがある。だからせめてそれくらいは考えを固めないとビジネスは甘くないよという優しさなのだと受け止めた。

実際、作っているうちに資料というものは相手にプレゼンする為でもあるが、それよりも自分たちの考えを明解にする為の意義があることに気付いた。


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