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〈おもしろい本が必ずここにある!〉第十回日本翻訳大賞によせて

5月19日に第十回日本翻訳大賞の受賞作が決定しました。Podcast番組「文学ラジオ空飛び猫たち」では2021年の第七回から日本翻訳大賞を追いかけていて、受賞予想や最終候補の作品紹介をしてきました。

今回は日本翻訳大賞の魅力を少しでも知ってもらえたら、という思いで空飛び猫たちのパーソナリティのダイチとミエが記事を書きました。なぜ日本翻訳大賞を普及ようとしているかというと、この賞の受賞作や最終候補が間違いなくおもしろいから。本好き、文学好き、翻訳作品好きな方はぜひ最後までお読みください!


日本翻訳大賞とは?

そもそも日本翻訳大賞とは何か。端的に言うと「前々年の12月から前年の12月までの13ヶ月間において発売された翻訳作品において、最も賞賛したい作品に贈る賞」です。特徴としては、どこかの出版社や書籍に関わる団体が主催しているわけではなく、翻訳者の方々が有志で開催している賞です。

現在の選考委員は、翻訳家の岸本佐知子さん、斎藤真理子さん、柴田元幸さん、西崎憲さん、松永美穂さんの5人。

また運営は寄付金により成り立っていますので、この賞に興味を持った方はぜひ寄付金も検討してみてください。記事の最後に寄付金へのリンクを貼っておきます。

一次選考は翻訳作品好きの集合知

毎年1月中旬ごろに一次選考から始まります。ここで選考対象となるのが一般読者の推薦。誰でも一人1冊推薦することができます。このとき推薦された書籍は日本翻訳大賞のHPに順次公開されていきます。すでに、この一般読者の推薦のラインナップを眺めるだけで、読みたい本が増えていくという素晴らしい仕組み。まさに翻訳作品好きの集合知。文学作品が多いですが、ノンフィクション、学術書、マンガなど多彩なジャンルの翻訳作品が紹介されています。熱いコメントと共にレコメンドされている本は、次々と心の積読に追加されていきます。

▶第十回日本翻訳大賞 一般読者推薦作品リスト

一次選考ではこの読者推薦の中から、10作品が選出されます。そこに5人の選考員がそれぞれ選んだ作品が追加され、二次選考対象となる15作品が選出されます。
この15作品の段階で、粒ぞろい。絶対に読んで後悔しない15作品です、とこれまでの経験から自信を持って言えます。もし読む本に迷ったときは、この15作品を眺めているだけで「次はこれにしよう」という本に出会えるでしょう。我々も時折過去の二次選考対象作品を眺めて読む本を決めていたりします。これまでに10回分のアーカイブがあるかと思うと翻訳作品好きからすると、とてもありがたい本のリストになっています。

次は二次選考。選考員の投票により、15作品から5作品に絞られます。濃い作品から、さらに濃い作品へと絞り込まれたこの5作品が最終候補となります。日本翻訳大賞を追っていると毎年3月に発表される最終候補は、その年の翻訳作品ベスト5のような感覚になります。

最終候補の中から、選考委員の方々が最終的に議論を重ね、(おそらくかなり断腸の思いで)大賞を決定します。だいたい毎年2作品選ばれる傾向にあります。

第十回日本翻訳大賞 大賞受賞作

今回も最終候補5作品から2作品が大賞を受賞しました。

『台湾漫遊鉄道のふたり』楊双子著、三浦裕子訳、中央公論新社
『母を失うこと 大西洋奴隷航路をたどる旅』サイディヤ・ハートマン著、榎本空訳、晶文社

『台湾漫遊鉄道のふたり』は発売時から気になっていましたが、おそらく日本翻訳大賞の最終候補に選ばれなかったから読まなかった作品。『母を失うこと』は、今回の候補となってから初めて知りました。
そんな両作ですが、とてもおもしろく、今年読んだ本の中でも確実に印象に残る2冊となりました。我々の番組でも紹介しています。

▶『台湾漫遊鉄道のふたり』紹介回

1938年の台湾を舞台に繰り広げられる日本人作家・千鶴子と台湾人通訳・千鶴によるグルメ道中。仲良くなりたいのに、二人の間に大きな溝があった・・・・・

▶『母を失うこと 大西洋奴隷航路をたどる旅』紹介回

奴隷を先祖にもち、自身のルーツがわからないアメリカ人の著者が、奴隷制の調査研究のためにガーナを旅する紀行文学。不在と出会ったときに人はどうするのか?

授賞式

今年は日本翻訳大賞の受賞式が7月6日(土)に開催されます。
選考にあたり、どういった議論があったか知ることができる貴重な機会です。受賞作品の翻訳における評価を知ることができるので、我々も毎回楽しみにしているイベントです。以下リンクからチケットが購入できます。

受賞を逃した候補作も、必読!

時が経つと大賞作品以外は忘れられがちですが、候補作は本当におもしろいので必ずチェックしてほしいです。特に最終候補に選ばれた作品は一度書店で手に取ってみてください。

▶今年の最終候補の残り3作

『寝煙草の危険』マリアーナ・エンリケス、宮﨑真紀訳、国書刊行会
『ハリケーンの季節』フェルナンダ・メルチョール、宇野和美訳、早川書房
『幽霊ホテルからの手紙』蔡駿、舩山むつみ訳、文藝春秋

この3作についても文学ラジオで紹介してます。

二次選考対象作品も、もちろん熱い!

最終候補には残らなかったものの、二次選考対象の残り10作品も調べるほど読みたくなるものばかり。

『オリンピア』デニス・ボック、越前敏弥訳、北烏山編集室
『ザ・ロング・グッドバイ』レイモンド・チャンドラー、市川亮平訳、小鳥遊書房
『三世と多感』カレン・テイ・ヤマシタ、牧野理英訳、小鳥遊書房
『少女、女、ほか』バーナディン・エヴァリスト、渡辺佐智江訳、白水社
『スマック――シリアからのレシピと物語』アナス・アタッシ、佐藤澄子訳、2ndLap
『タッチング・フィーリング 情動・教育学・パフォーマティヴィティ』イヴ・コソフスキー・セジウィック、岸まどか訳、小鳥遊書房
『チョプラ警部の思いがけない相続』ヴァシーム・カーン、舩山むつみ訳、ハーパーコリンズ・ジャパン
『塵に訊け』ジョン・ファンテ著、栗原俊秀訳、未知谷
『鹿川(ノクチョン)は糞に塗れて』イ・チャンドン、中野宣子訳、アストラハウス
『「普通」ってなんなのかな――自閉症の僕が案内するこの世界の歩き方』ジョリー・フレミング、リリック・ウィニック、上杉隼人訳、文藝春秋

この中では『オリンピア』『塵に訊け』をすでに読んでいます。どちらも物語が楽しめるのはもちろん、著者の個性が溢れる文体や作品の世界観が魅力的で、思い入れが強い作品になりました。正直なところ最終候補に残ると思っていました。両作とも文学ラジオで読了後の興奮そのままに語っています。

日本翻訳大賞は寄付で成り立っています

日本翻訳大賞は寄付金により運営されています。ご興味を持ち、応援したいという方は寄付をしてみることをオススメします。少額からでも寄付はできます。以下のリンクから寄付ができます。

過去の日本翻訳大賞受賞作や候補作もチェックしよう

文学ラジオでは第7回以降の日本翻訳大賞受賞作や最終候補作を紹介してきました。またそれ以前に受賞した作品や候補となった作品も紹介しています。ぜひこの機会にチェックしてみてください!
書名に文学ラジオのSpotifyのリンクを掲載しているので、どんな作品か気になった方はぜひお聴きください。

第九回日本翻訳大賞 | 最終選考対象作品
『黄金虫変奏曲』
リチャード・パワーズ作、森慎一郎・若島正訳、みすず書房
スモモの木の啓示ショクーフェ・アーザル作、堤幸訳、白水社
大賞『チェヴェングールアンドレイ・プラトーノフ作、工藤順・石井優貴訳、作品社
★大賞『辮髪のシャーロック・ホームズ 神探福邇の事件簿莫理斯作(トレヴァー・モリス)、舩山むつみ訳、文藝春秋
路上の陽光ラシャムジャ作、星泉訳、書肆侃侃房
※『黄金虫変奏曲』は未収録

第八回日本翻訳大賞 | 最終選考対象作品
赤い魚の夫婦宇野和美訳、グアダルーペ・ネッテル作、現代書館
★大賞『詩人キム・ソヨン 一文字の辞典姜信子監訳・一文字辞典翻訳委員会訳 キム・ソヨン作、CUON
地上で僕らはつかの間きらめく木原善彦訳、オーシャン・ヴオン作、新潮社
パッセンジャー杉山直子訳、リサ・ラッツ作、小鳥遊書房
★大賞『星の時福嶋伸洋訳、クラリッセ・リスペクトル作、河出書房新社

第七回日本翻訳大賞 | 最終選考対象作品
アコーディオン弾きの息子ベルナルド・アチャガ、金子奈美訳、新潮社
★大賞『失われたいくつかの物の目録ユーディット・シャランスキー、細井直子訳、河出書房新社
1984年に生まれて郝景芳、 櫻庭ゆみ子訳、中央公論新社
フライデー・ブラックナナ・クワメ・アジェイ=ブレニヤー、押野素子訳、駒草出版
★大賞『マーダーボット・ダイアリー 上・下マーサ・ウェルズ、中原尚哉訳、創元SF文庫

第七回〜第九回の二次選考からラジオで紹介している作品
第九回
赤の自伝アン・カーソン作、小磯洋光訳
いずれすべては海の中にサラ・ピンスカー作、市田泉訳 
第八回
アンダー・ゼア・サム ブルックリンの青年が覗いたローリング・ストーンズの奥座敷ビル・ジャーマン、池田祐司監修、久保田祐子訳、リットーミュージック
消失の惑星ジュリア・フィリップス、井上里訳、早川書房
シブヤで目覚めてアンナ・ツィマ、阿部賢一・須藤輝彦訳、河出書房新社
星のせいにしてエマ・ドナヒュー、吉田育未訳、河出書房新社
第七回
忘却についての一般論ジョゼ・エドゥアルド・アグアルーザ、木下眞穂訳、白水社

第一回〜第六回の最終選考・大賞・読者賞からラジオで紹介している作品
第六回大賞アカシアは花咲くデボラ・フォーゲル、加藤有子訳、松籟社
第五回最終選考すべての、白いものたちのハン・ガン、斎藤真理子訳、河出書房新社
第三回大賞すべての見えない光アンソニー・ドーア、藤井光訳、新潮社/早川書房(文庫)
第三回大賞ポーランドのボクサーエドゥアルド・ハルフォン、松本健二訳、白水社
第二回最終選考歩道橋の魔術師呉明益、天野健太郎訳、白水社/河出書房新社(文庫)
第一回読者賞『ストーナー』【 前編後編ジョン・ウィリアムズ、東江一紀訳、作品社

最後までお読みいただきありがとうございました。日本翻訳大賞に興味を持たれたら、ぜひ次回の読者投票に参加してみてください。それとこの機会に日本翻訳大賞の受賞作や候補作も手にとってみてください。どれも素晴らしいです。

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