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【第1回/ギリシャ語の時間】お互いの時間の最先端で人々は出会う

こんにちは。
硬派な文学を楽しもう!をコンセプトに文学好きの二人が文学作品を紹介するpodcast番組「文学ラジオ空飛び猫たち」です。

第1回目の番組では韓国の文学作品『ギリシャ語の時間』(ハン・ガン著、斎藤真理子訳、晶文社、2017年出版)を紹介しました。約20分ありますが、聴いていただけると嬉しいです。

ここからは、番組で触れた「本書の魅力」を語っていきます。

とても幸せになれそうにない二人が出会う

本書のあらすじ。

ある日突然言葉を話せなくなった女は、失われた言葉を取り戻すために古典ギリシャ語を習い始める。ギリシャ語講師の男は次第に視力を失っていく。ふたりの出会いと対話を通じて、人間が失った本質とは何かを問いかけていく。
韓国の若い作家を紹介するシリーズ〈韓国文学のオクリモノ〉第1回配本。
出典:晶文社HP https://www.shobunsha.co.jp/?p=4434

以下、あらすじの補足です。
・主人公の男性と女性の視点で、交互に話が進む
・それぞれにお互い生きにくさを抱えている
・生きにくさの原因が何か、端的には説明されていない

本書では孤独が描かれていて、人と人が本当の意味で出会う小説だと思います。番組パーソナリティのダイチとミエもお互いをよく知らないまま出会い、番組をすることになったので本書には〈人と人が出会う〉という点で何か重なるところを感じています。それが第1回目に本書を取り上げた理由です。

ここからは、パーソナリティのダイチとミエが番組で話していたことを取り上げます。ダイチとミエって誰だ?と思われた方は、こちらに自己紹介がございます。

Q:本書の感想について

ダイチ 本書の3分の2くらいは男性と女性の過去の話であって、二人が抱えている孤独が浮き彫りになっています。二人は古典ギリシャ語の講師と生徒なので接点は教室で授業を受けている時間しかなく、お互いの状況は知る由もないです。男性は女性が言葉を失っていることを知らないし、女性も男性が徐々に視力を失っていくことを知りません。二人はお互いの状況がわからないまま、想像するしかない状況で、お互いの時間の最先端で知り合っていきます。この出会いに、感動しました。それにハン・ガンさんがこの話を誠実に書いているのも感じました。

ミエ 男性も女性も傷が深く、二人ともとても幸せになれそうにない、と読んでいて思いました。男性が目が見えなくなっていくから、物事をよく確かめようして、そのために暗闇の中に閉じこめられる場面があります。そこで男性は女性と本当の意味で初めて出会うのですが、これは衝突みたいなものです。この女性も暗闇の中で生きていたような人で、その二人は古典ギリシャ語の教室でこれまで同じ空間にいましたが、暗闇という別の空間で出会うことによって、本当の意味で二人が出会ったのだと思いました。とても幸せになれそうにないと思っていた二人が出会うことで、少しずつ希望を感じさせる、すごい小説だと思いました。

ダイチ あと、文章が詩的で美しく、読んでいて心地が良いです。斎藤真理子さんの訳もすばらしいと思います。

Q:中動態について

ダイチ 本書に「中動態」という言葉が出てくるのですが、古典ギリシャ語には中動態という態があります。『中動態の世界ーー意志と責任の考古学』(國分功一郎著、医学書院)で解説されているのですが、中動態とは、能動態と受動態とは違う態で、何かをする/される、という状態ではないことを示す言葉のことです。
この中動態が、本書の男性と女性には当てはまると思いました。女性は言葉を失っていき、男性は視力を失っていき、それぞれ生きづらさを抱えます。それは自分の意思で望んだことではなく、結果としてそうなったのですが、そういう状態を表す言葉が中動態だと言えます。それは2020年5月現在、コロナによって生きづらさを抱えている私たちにとっても大切な視点だと思いました。生きづらさは自分が望んだものではなく、他人から意図的に与えられたものでもなく、だからこそ中動態の概念を知ることで腑に落ちるのではないかと思いました。『中動態の世界ーー意志と責任の考古学』はまだ3分の1しか読んでないんですけど笑

ミエ 訳者の斎藤真理子さんもあとがきで中動態について触れています。する/されるのどちらでもない行為によって、人生は流されていくのではないかと。中動態のそのような考え方は大事だと思いました。

このような「知らない」を提示されると、自分には響いた

Q:本書の好きなところ

ミエ 79ページから始まる8章です。4ページの中で、次々に場面が変わる描写があります。男性のパートなのですが、「カレパ・タ・カラ」というギリシャ語の三つの翻訳から始まり、ドイツからソウルに戻ってきた頃の寺を訪れた思い出のエピソードがあり、その後に帰りのバスが永遠に目的地に着かないかもしれない感覚とドイツで10代の頃によく見ていた夢がシンクロして、その後にまたふと現実に戻ってきます。現実に戻ってきたら、「世界は幻で、生きるは夢だ」と男性がつぶやくのですが、ここまでの夢や幻が現実と行き来する流れが4ページで鮮やかに書かれています。このような描写ができるハン・ガンさんが好きですね。

ダイチ 最後になりますが、217ページから219ページにかけて、「彼は〜を知らない」という言葉が連発して使われます。ここのところがすごく好きですね。

心臓と心臓を触れ合わせたまま、しかし彼はまだ彼女を知らない。ずっと前に子どもだったとき、自分がこの世に存在していいのかどうかがわからず、夜明けどきに庭にたちこめる薄闇に目をこらしていたことを知らない。言葉たちが鎧をまとって、むきだしの体に針のように刺さっていたことを知らない。
『ギリシャ語の時間』、219ページ

このあとも、「〜を知らない」が続くのですが、なぜここが好きかと言うと、小説の根幹にある本当の意味での人と人との出会いを描いていると思うからです。「知らない」というのはその通りで、例えば、ミエさんが今日の午前中に何をしていたか俺は知らないじゃないですか。今こうして出会っている人でも、過去に何を抱えていたかは知らない。当たり前のことだけど、このように「知らない」を提示されると、自分には響きました。最初の感想でも言っていた、お互いの時間の最先端で出会っているのがわかるので、ここはすごく好きなところです。

Q:おもしろいところ

ミエ 読み始めてすぐの8ページ。アルゼンチンの作家ボルヘスに触れているところで、スイスの聖ガレン修道院の図書館が出てくるのですが、ぜひこの図書館を画像検索してほしいです。千年前から続いている図書館ですが、ファンタジーの世界に現れそうな、すごく壮大な図書館です。頭の中でこの情景を描けると、また違った印象を与えてくれると思います。

ミエ それと、ハン・ガンさんが書いている古典ギリシャ語の授業を受けるような人の特徴もおもしろいです。

動機が何であれ、古典ギリシャ語を学ぶ人たちには多少なりとも共通点があります。だいたいにおいて、歩いたり話したりするスピードがゆっくりで、あまり感情を表に表しません(たぶん私もその一人であるはずです)。ずっと昔に死に絶えた言葉、口語としては通じない言葉を学ぶ人たちだからでしょうか。沈黙、内気さ、ためらい、控えめな笑い、そんなものが教室の空気を徐々に熱しては徐々に冷ましていきます。
『ギリシャ語の時間』、43ページ

主人公の二人もその周辺にいる人たちもあまりはしゃいだりせず、感情も表に出さない、マイペースな人が多いです。この小説にはマイペースな人ばかり出てきますね笑

Q:どういう人におすすめか

ダイチ 光が少し射すような、少しずつ心が開いていく瞬間が好きな人には合うと思いますので、ぜひ読んでほしいですね。

ミエ テンションが低い人にもおすすめです。これほどテンションが低い二人の主人公はいないのではないかと思っています。派手なことは何一つ起こらないし、不幸なエピソード満載だけど、美しい文章で淡々と描かれる二人の人生の交差を読むと、静かに心が揺れ動くと思います。

次回は『ロング・グッドバイ』『長いお別れ』

第1回目から話しにくい小説を選んでしまいましたが、それがこの小説のおもしろしさでもあると思います。以上、ハン・ガン著の『ギリシャ語の時間』でした。

次回予告です。レイモンド・チャンドラーの代表作『ロング・グッドバイ』『長いお別れ』を紹介します。ぜひお楽しみください。

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