見出し画像

【Interview Vol.12 じょーじ】

こんにちは!〈CANvas〉です。

このインタビューでは、おなじ想いのなかまや、想いをもって活動されている方にお話を聴き、CANvasの輪を広げていきたいと思っています。

今回の話し手は、じょーじ。聞き手(=★)は、よりとはづきです。


「常識」な生き方への違和感

★どんなことに興味関心があるの?

じょーじ:
外国にルーツのある中学生のキャリア支援を、活動としても卒論としてもやってきたよ。

関心をもったきっかけの1つは、活動先で中学生が進路を決めるときのこと。先生が「外国人が多くて手厚い支援があるからこの学校にしな」という進路指導をしていて、それでいいのかな?と疑問をもった。自分の考えや力で進路を選んでほしいなと思って。

もう1つは、父親の存在。低学歴で今も職が安定していない。社会的に「よろしくない父親」にみられる。でも、私にとってはいい父親。学歴で職が決まる社会だけど、いい人なのになんで?という悔しい気持ちがあって。それで、キャリア支援、キャリア教育に興味があった。

★外国にルーツのある子の支援をしていると、日本のマジョリティな進路や生き方を、知らないうちに押し付けてしまっていることに、気づいたりもしたのかな。

じょーじ:
そうだね。日本の教育をばりばりと受けて来ていて、なんとなくここまで上手くやってきた感覚があって。その感覚を子どもたちに投影しちゃってる。日本的な「常識」を前提に子どもと関わっていることを日本人相手だと忘れがちだけど、外国人相手だとうまくいかなくて、「常識」にとらわれていることに気づけるってこともあった。そういうときにはすごく葛藤を感じたな。

★ちなみに、じょーじ自身はどんなキャリア経験をしてきたと思う?

じょーじ:
高校生までは、母親がしいてくれたレールに乗ってた。大学に入って解放されて、やりたいことやっていいんだ、って自由をもらって、そのよさを知った。自己決定する重要性を知ったという感じかもしれない。

「違和感」への違和感

じょーじ:
でも、卒論に取り組むなかで、「自分の考えや力で進路を選ぶ」ということがそう簡単なことじゃないこと、環境的に自己決定できない子もいっぱいいることがわかった。それで、自己決定できない=よくない、ってわけじゃないなとも思うようになった。自分がよいと思っていた価値観が崩れていく感覚があるの。

例えば、父親からは「日本語ができないから働け」と言われるけど、進学したい気持ちもあって迷っている中学生。私は、自己決定して父親を説得できたらいい、と思ってて、彼にもそう伝えたけど、彼は働く選択をした。

私には父親が悪者に映ってしまって価値観を押し付けたけど、彼からすれば父親が好きだし、いい人なんだと思う。自己決定して進学することがその子にとってよいことだって思い込んでいたけど、それは必ずしも彼にとって幸せな選択ではないんだな、と気づいた

そういう事例が2、3人あって、悩んだよ。
それからは、自分の価値観に基づいた押し付けがちな行動が「気持ち悪いな」って思うようになった。卒論のときはずっと吐き気がした。

★教育、福祉みたいな人の生きることと関わる仕事って、そういうこと多いよね。これがあったら幸せに、笑顔になるだろう、とあたりまえに思っていたことが、相手にとっては違ったりする。「この人のために」と思っているときほど、そんな自分の状態に気づけなかったりする。

じょーじ:
たしかに、普段から、人と関わるなかでも、そういうことってあるかもしれないね。

違和感になぜ向き合い続けるの?

★違和感に向き合い続けることって、苦しいときもあると思う。活動の原動力になっているのはなに?

じょーじ:
原動力、ないよ!毎日やめたいと思ってる。くそ!って。
これは、22年間の学校教育で養われた根性なのでは?(笑)一度始めたらやりきらなきゃっていう。あとは、周りの友達が頑張っているから、勇気をもらってるっていうのはあるね、原動力になってる。

★課題、違和感、自分に対する気持ち悪さに、「出会ってしまったからやりきらないと」っていう責任感に近いものは、あるのかもね。

じょーじ:
それはあるね。海外で日本語教育したときは、「社会に対する違和感」とは縁がなく、第2言語として楽しく日本語を学ぶ子たちが多いからすごく楽しくて。ここに逃げてきたい、とも思ったけど。それでも日本にもどってやらなきゃいけないんだ、っていう気持ちは残った。責任感、使命感、おこがましいけどある気がする。一度離れてみて自覚した。
選べといわれてもこっちを選ぶ気がする。逃げてもいいんだよといわれても。

★毎日やめたい、くそって思ってても、やり続けるんだね。これから、どんなことを意識しながら課題に向き合い続けたい?

じょーじ:
かっこつけず、自分ひとりで変えられると思わないこと。ちょっとの変化を愛せるようにすること。自分を守り、つぶれないためにも、大事にしたいと思ってる。

自由に、正直に

★じょーじらしい生き方って?

じょーじ:
自由なこと!ありのままであること!

自由=開放感だと思っていたけど、大学に入ってからは、そうじゃないなと思うようになった。自分勝手に生きていいということじゃないんだなと。自由に生きるために、自分の考えや責任を持たないといけない。相手のことも考えないといけない。そのうえでやりたいことに正直に生きるっていうのが「自由」なんだなって思う。

ありのままに、っていうのは自分に正直に、ってことかな。
高校のときのことが私の中で印象に残ってる。留学したかったんだけど思ったより費用が高くて、祖父母はお金を出すと言ってくれたのに、申し訳なさでやめちゃったの。チャンスがあったし本当は行きたかったのに、家庭の事情を理由にして行かなかった。
できなかったことを周囲のせいにしないためにも、自分に正直に生きていきたい!

★自由に、自分に正直に、だね。それが、課題や違和感に向き合い続ける理由でもあるのかもしれないと思った。話を聞かせてくれて、ありがとう!


★編集後記(より)

自分自身が「自己決定」できることの大切さを実感しているからこそ、子どもにもそうあってほしい、自由にありのままに生きてほしい、と思いつつも、それが「押しつけ」になってしまっていることに気付いて、気持ち悪い、と表現していたのが印象的でした。
終始、謙虚で、目の前の人へのリスペクトが絶えない、本当にすてきな姿勢だなと思いました!
ありがとうございました。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?