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ビターでもスイートでもない、ボイルド

こんな僕だって、ホワイトデーのお返しくらいはしたことがある。まあ直接的に言い換えるならバレンタインのチョコレートを貰ったことがあるということだ。

しかし、そんな経験は今まで然程なかった高校1年生の2月14日。弓道部の女子たちがバレンタインデーにここぞとお菓子を皆に配り、僕もそのついでのような形でチョコやらケーキやらを彼女たちから頂いた。

運がいいことに僕が所属していた弓道部は人数がすこぶる多かったこともあり、全部で15個も貰ったのである。今でも自分史上最多だ。1日15奪三振取れるピッチャーはドクターKだ。ゆえにこのときばかりの僕は自称「ドクターチョコ」である。もちろん全て義理である。義理中の義理。社交辞令的チョコレート。「ドクター義理」である。

きっと彼女たちは、斉藤にあげるグラニュー糖がもったいないと半ば思っていたはずである。だが、意中の人だけ渡すのもいけない。そんな風潮が当時としてはあった。仕方ない、斉藤にもチョコあげるか、あ!ちょうど失敗作が生まれてしまったことだし、これは斉藤に消化してもらおうか。そんな具合だっただろう。

でも僕は馬鹿なので、こんなたくさんのチョコに囲まれたことはないと、梅雨時の晴天くらい喜んだものです。

無論1日で食べきることはできず、何個か弟や母にあげた気もするが、どれもそこそこに美味しかった。義理は義理なんだけど、またそれがちょっとビターな感じを引き出してね。

そんな経験をさせてもらった訳であるし、バレンタインが終わればホワイトデーとかいう商業的イベントが日本では行われるのだから、僕は大量のお返しをしなくてはならない状況になってしまったのである。

さあ、ホワイトデーどうしましょう。お金は正直いってなかった。高校生で部活をほぼ毎日毎日して、勉強もそこそこして、夏休みや冬休みでしか短期バイトができなかったからだ。

だが、返さないという選択肢は僕の中には当然無い。何かしらを買おうとは思っているが、多くの金を使うことはできまい。

いかんせん、お菓子作りができるほどの器用さも持ち合わせていない。市販で安く済ませるとなるとチョコボールとかになってしまう。美味しいのだが、今ひとつ個性とお洒落さがない(もしかしたら当たりがでるかもしれないが)。

チョコボールみたいに一つ百円くらいで、個性があり、お洒落なやつ。何かないかと学校帰りに一人でKALDIへと赴いた。

お菓子コーナーを見る。さすがはKALDI、輸入品が殆どだから皆洒落ているがやはりどれも高い。関税とは消費者にとってみればまったく恐ろしいものだと実感させられる。それに安いものはあるにはあるのだけれど、小分けに包装されていない。

諦めて帰ろうとしたときだった。

あった。僕は運命的な出会いをした。いや運命的出会いなんてしたことはないけれど、一目惚れの感覚に近い、たぶん。

その代物こそ、「ペンネ」である。

イタリア育ちのペンネ。もう「イタリア」というだけで洒落すぎ。絶対に誰とも被らなくて個性的でもある。しかも安い。一袋百円くらいだ。こんな好都合な、ホワイトデーに「最適」なものが未だかつてあっただろうか。僕はどうやって料理するのか、イタリア料理の何に使われるのか全く知らない無知な高校生ではあったけれど。

迷わずにカゴの中へ15個のペンネを優しく入れる。弓道部女子たちの喜ぶ笑顔が浮かぶ。彼女たちの心の的に的中である。そう絶対的確信を持った。

✳︎

迎えた3月14日。足取り軽く、弾むようにペンネが大量に入った紙袋を抱えて登校した。側から見ればペンネしか買わないコストコ帰りの偏食家である。

僕は部活が終わった後、彼女たちにペンネを次々と手渡しした。もちろん袋などない。外装に描かれた三色のイタリア国旗、何のフォントかは知らないが筆記体みたいに軽やかに描かれた得体の知れぬ文字、コックのようなイタリア職人の絵。その全てがもうラッピング同等の美しさを表している。

「お返しです。茹でて食べてくださいね。」

僕はそう言って彼女らに配るのだ。この文言が粋だと思ってコピペして言った。なぜならペンネは革新的且つ普遍的な代物だからだ。自ら茹でねば口に入れることのできないペンネ。チョコレートにはない革新的性格を持つ。

また、未完成とは美しきものぞ。なぜ人はこぞってアントニ・ガウディのサグラダ・ファミリアへ行くと思う?それは未完成だからだ。夏目漱石の『明暗』も、プルーストの『失われた時を求めて』も未完の大作だ。僕たちは未完の作品に自分なりの創造を施すことに快感を覚えるのである。これぞ普遍性。

僕が「茹でて食べてくださいね」と言えば、彼女はそれらに気づいてくれると思った訳である。

しかし僕が渡したペンネを受け取った彼女らは、そのペンネに虫が着いているかの如く「えっ」と目を丸くした。そしてその後苦笑いをして「あ、ありがとう……」と言う人たちが大半だった。お世話になっていた女性の先輩には爆笑された。「面白い!サイトウらしいわ!」と。

僕の思い描いていた反応とは全く異なった。本気で喜ばれると思って渡したペンネが空回りしている。挙句、先輩には茹でられる前にネタとして被られているのだ。

僕だって今思うと、非常にミステイクでヒステリックな行動であったと悪寒さえ感じる。

だが後日、唯一仲良かった女子部員から「アラビアータにして食べたよ。ご馳走様」と彼女の方から話してくれた。

そのときは嬉しかったなあ、喜怒哀楽の喜。100円なのにね。セルフで作らせたのにね。彼女には申し訳なく思う、ほんとに。欲を言えばそのアラビアータを一口食べたいところだったけど。

今になってみると、高校時代僕がモテなかった理由が少し分かったような気がします。

男子高校生諸君、ホワイトデーにペンネはやめておけ。黙ってお菓子を買いなさい。

あと、サグラダ・ファミリアは完成されても人はごった返すだろうね。そんなことを確信させられた3月14日だった。ちなみに、僕の3月14日は未だなお未完である。



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