ピンクの卵塊

 車が一台くらいしか通られへん細い道の隅っこで立ち止まって、しゃがみ込んだら、セーラー服のスカートが足元でふんわり広がって。あぜの雑草の上で、裾が寝転がる。バッタがつんつん、ほつれた糸を気にしてて。

 若い稲の上で、日の光が波立って。田んぼをのぞき込んだら、自分の細長い顔と、胸元の赤いスカーフが、水の上でゆらめいとって。まぶしい黄緑のあいだには、ネバネバした紺碧の夏空と、重たそうな入道雲が映り込んでる。その葉には、鮮やかなピンク色をした卵の塊が、何個も何個も、くっついとって。

 指でつついてみる。なんか変な感じ。やわらかいような、硬いような。手を引いて、指の腹を目でなでてたら、どっかから、水のはねる音が聞こえてきて。夏風が吹く。稲がさらさらこすれ合う。ちょっぴりしょっぱいにおいが、澄んでる水から昇ってきた。

「またやっとる」

 じっと見つめてたら、くすくす笑い声がして。ちらっと振り返ってみたら、同級生の女子二人。短い靴下とスカートのあいだの肌が、むっちゃまぶしくて。首の汗が、照り返しでうろこみたいに光ってた。

 目が合ってもまだ、笑っとる。顔を背けてうつむいたら、カエルかなんかが、水のなかを勢いよく横切っていって。広がってく波紋。その波は、稲の根元にぶつかって、また別の波線を生んで。描かれてく銀の模様が、目玉に絡む。まぶたをこすっても、ちくちくするきらめきは取れんくて。

 汗でぬるぬるする右手の人差し指を、ピンクに伸ばす。あの子たちの落とす声は、なかなか消えんくて。風で乱れた横髪を耳にかけたら、タニシが水の底を歩いてた。短い足の生えたおたまじゃくしが、そのつやっぽい茶色の周りで、何匹も踊り狂っとって。それでもタニシは、長い触角を、ゆらゆらとろけさせとった。

 卵のお母さん、お母さん。私、知ってんで。あなたが本当は、タニシとはちゃう、別の生き物やってこと。

 水のなかに手を入れる。そうしたら、ぬるい水面が手首を軽く締めつけてきて。奥のほうは、ひんやりしとって気持ちいい。背中のまだらをつんつんしたら、卵のお母さんは、顔を隠しちゃって。手の動きに合わせて、底の泥が、軽く軽く、舞い上がる。透明が少しずつ濁ってく。空を見上げたら、この体も、田んぼもお母さんも、向こうへ落ちていくんちゃうかってくらい、青かった。

 私、変な子なんかな。

 母親はなんも答えてくれんくて。女の子たちがおったほうを盗み見たら、二人はもう、おらんかった。

                               (了)

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