八朔

 川の近くにある田畑のあいだの、舗装された細い道を歩いていけば、ぽつりぽつりと、お墓がまどろんでいて。灰色のそばで佇むように、八朔の木が何本も、実を黄色く光らせていました。

 立ち止まり、そっと指を伸ばしたら、冷たい川風が吹いてきて。鈍い音がしました。周囲に目をやれば、なにもなくて。誰もいない。それでも響きは、確かにあって。鳴っては消えて、また鳴って。足が自然と動きました。

 道なりに、ゆったりゆったり下っていけば、音はどんどん、大きくなって。そうして、見慣れた石が近づいてきたとき、人影が見えて。黄色と白の、鮮やかな縞模様が目に留まりました。

 ふんどし。

 心のなかでつぶやけば、赤黒い足が、すらりと伸びていて。裸足でした。その足元には、黄色い八朔が、いくつもいくつも積まれてあって。拾い上げてはそっと頭上へ放り投げ、そうしてこぶしで殴っています。飛んでいっては、どこまでも遠くへと転がってゆく、日影でまぶしい果実たち。道の先は、八朔でまだらに濡れていて。裂けて果肉が見えているものもありました。

 じっと見つめていたら、不意に振り返って。大きくて丸い瞳と、片方しかない牙は、幼さで染まっていました。先っぽだけがわずかに見えているレモン色の角は、八朔よりも色が際立っていて。大きな耳は、うんと角張っています。ごつごつとした顔をながめながら、自分の右の口元を、おでこの上を、そっとそっと、なでました。

 目が合えば、八朔を握り締めたまま、足音荒く近づいてきて。滴る果汁。視線を逸らせば、小柄な影が、靴先に触れて。眼前で、私をじっと、見上げてくるんです。鼻をすんすんすすりながら、スカートをぐいぐい、引っ張ってくるんです。首をかしげたら、あっちを向いて、八朔を放り、パンチして。落ちてゆく鈍い音。転がっていく丸み。目で追えば、今度は手首を握られて。引っ張られて。濃い体温で焼ける皮膚。軋む骨。湿り、べたついているその肌は、ざらざらしていて。ちくちくしました。しびれる指の先。その短い爪の尖っている端っこで、皮膚が甘く、切れました。

 瞳を見下ろせば、きょろきょろして。駆けていきました。そうして、さっき飛ばした八朔を拾い、持ってきて。差し出してきました。手首をぶらぶらさせてから受け取れば、空気をぶんぶん、殴り始めて。左手で、八朔をそっと、空へと落とし、まねしてみれば、同じ音。中指の浮き出た骨に、黄の重たさがしみてきます。八朔はあまり飛ばず、ころりと止まって。となりに目をやれば、でべそを抱えて笑っていました。角が日差しで、黄金に光っています。一本しかない牙は、銀色に瞬いていました。

 目を奪われていたら、また腕を引っ張られて。走らされました。速くて、何度も足がもつれそうになって。それでもなんだか、笑みがこぼれて。

 八朔のたくさん置いてあったところで、さっきみたいに、黄色を殴って拾って。遊びました。破れた八朔は、皮ごとむしゃむしゃ。飛び散る汁を横目に八朔を突けば、当たりどころが悪く、横にあるお墓のほうへ。

 いっしょになって笑いながら、お墓へ入り、八朔に手を伸ばして。顔を上げたら、彫られた文字が、目に刻まれて。手にしていた八朔に、自然と瞳が滴って。胸でぎゅっと、抱きました。

 先月来たときよりも、酸っぱい香気で、にぎやかだったんです。

                               (了)

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