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#小説

電球を割ったら

 二度とつくことのない電球を片手に、あの濁り切った白い光を思い出して。一人、おののいています。用水路の金波に、青い足を浸しながら。

 足首に絡まる冷たさには底がなく、足裏で感じるざらつきと甘いぬめりが、切れた電球の艶を、濃くしていって。つるりという音が切っていきます。あぜ道のカエルの死骸を、バッタの足を、蛾の羽を。ぼうっと暗色を吐く電球は、玉にもなれず、珠にもなれず。そうして、それを撫でているこ

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祈り

 紺碧の暮れへと昇っていく、冷たいガードレールへ右手を載せて、うんと遠くで滴った、ホタルの光の死骸をすくう。

 ひんやりとした葉擦れの音が、かすかに軋んでいる空気と戯れながら、肌に残った蒼白を、押しつぶそうと迫ってきて。

 靴底で、細かくなっていく落ち葉。

 下をゆく穏やかな川波は墨色で、虫の胸部が膨らむたびに、甲高い呼吸が、水に呑まれてやってくる。

 手を離し、親指と人差し指を擦り合わせ

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夜霧と月

 ベランダの手すりに胸を預け、夜霧に手を伸ばして。戯れました。痩せた月明かりのまねをして。

 あごを上げ、半月を唇でかじったら、味はしなくて。ただ、皮膚と粘膜が、冷たくなって。

 なにも考えず、なにも思わず、ただ、右手の指を動かしていたら、ポケットのなかで、高い音が膨らんで。取り出せば、ぼうっと光る、汚臭の波が。無数の音吐が。下から上へと流れていく、嘔吐物。戻されたものをすすらずにはいられない

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秋生まれ

 開かれた窓の向こうの、薄い青空に垂れ下がった秋風を眼でもげば、夏の死臭が漂って。握れば潰れてしまいそうな、輪郭のぼやけた太陽は、落ちた果実のように腐っていて。なのにこの身は腐敗せず、今もなお、冷たい汗を滴らせています。

 なぜこの青い肉は燃えないんでしょうか。

 視線を戻せば、キーボードの白い文字にくちづけをしていく十の指頭が、色のない響きを蹴って、弾かせて。ファイルのなかの資料が、隣でさら

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