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伊藤緑
2019年9月11日 13:53
目が合えば、スーツを着た女の人は足早に去っていった。雨足が強くなっていく。公園の芝は水を吸い、街灯の白い光で淡くきらめいていた。ベンチに腰掛けたまま上げていた顔を下ろしたら、胸がひざにくっついて。重たい頭。こみ上げてくる胃液。また吐いた。吐いて、雨に濡れた手の甲で口元を拭えば、肌がぬるり。口からアルコールが蒸発していくような気がした。 ちらつく。こずえの下に溶けていった黒い背中が。彼女の手に
2019年10月13日 12:24
くもり空の下で裸足になって、波打ち際に立ち、一歩踏み出そうとしたときでした。紙が何枚も飛んできたんです。舞って、舞って、潮に落ちて。色が、形が、変わっていきます。 灰色の水がしゃぶっていたのは、原稿用紙でした。赤い格子が、暗い水面を淡く彩って。捕らわれていた黒い文字が、じんわりとにじんで。溶けていきます。腰を曲げ、足首に絡まった一枚を拾い上げたら、水に噛みつかれて。破れて、ちぎれて。白波に呑
2019年12月2日 00:12
カビっぽいにおいのするクリーム色のコートを羽織って、リュックを背負い、濃い緑色の杖を握って。あけぼのの蒼に足を浸せば、降りていた霜が、目玉に張りつきました。ぼうっと光る膜。家の前の細い道も、正面にある田んぼも、用水路に生えている苔や雑草さえ、青白く息をしていて。まばたきをして目を擦り、仰向けば、薄い雲が一条、まだ見えない太陽のほうへと昇っていました。 空の一角を染めている、山の上の熱っぽい琥
2020年10月9日 23:30
とぷんと心を落としてしまったので、買いにいってみたのですが、どこにも売ってはいませんでした。 だったらイチからつくろうと、今度は材料を求めたのですが、肝心のレシピを知りませんでした。検索してもネットが繋がっていなくって、接続しろという命令しか出てきませんでした。それならと、メモ帳を手に、記憶の舌でぺろぺろ舐めて、どんな味か研究してみたのですが、甘くて辛くて無味でした。 交番を見かけたので