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ハモニカ学校にゆくことにしました。

 息をすってはいてぇ。どれみふぁはそらしど。
もういちど、息をすってすってはいてぇ、はいて。
どどしらそそふぁふぁ、みみれれど。

うたちゃんは、青空の下でハモニカを吹いています。
いつも聞いてくれるのは、おじいちゃんだけ。
ひとりっきりです。

うたちゃんは、ハモニカの学校に通っています。

おじいちゃんは、うたちゃんのハモニカの音色が
すきでした。
あんまり上手じゃないけれど。
とても、一生けんめいに息をすったりはいたりしている
ところが愛らしくて、いつも耳を傾けてくれました。

ハモニカ学校に行かないか?

そうおじいちゃんから、聞いたのは、うたちゃんが
おじいちゃんのひざの上にのっているときでした。

ハモニカをふく学校なの?

そうだよ。

ただただ行ってみたいって思ったうたちゃんは
そういうところ行ってみたいって奏でるように言って
いました。

ハモニカ学校には、ちょっときびしい先生ばかりが
いたけれど。

ときどきうたが、やわらかな音をだすと。

ぶらぼーって、よろこんでくれます。
それも、すっごいぎゅっとハグまでしてくれます。

レミ先生や、ファド先生がそこにはいて。

レミ先生は、おどりながらハモニカをふけるとくぎを
もっていました。

ファド先生は、猫にハモニカを聞かせると。
猫たちはいつも気持ちよさそうに、おなかをみせながら、
くるっとかいてんしたりします。

お腹にちからを入れるんだよ、っていつもシド先生が
いうけれど。

お腹に力を入れると、なんだかきれいな音があまりでて
くれません。

それは力のいれすぎだよってちゅういされたりして。

今日できなかったことは、おうちに帰ってから練習
するんだよって、なぜだか、いつもあたまをなでて
くれます

あたまのてっぺんがちょっとあつくなって。

それは、おじいちゃんのてのひらのたいおんと、にている
なっておもったりします。

そんなある日。

おじいちゃんが言いました。

ハモニカ天使のミラ先生っていう先生がもうひとり
いるんだよって。

彼女のからだは、音符でできていてね。
背中にはちっちゃな、羽根がついてるんだよって。
ミラ先生の住んでいるところはどこだと思う?

クイズのようにおじいちゃんがたずねます。

わからない? わからないな、それはうたの知っている
ところ?

ヒントがほしくてそうたずねました。

それはね。

おじいちゃんは、息をすってゆっくり吐くといいました。

それはね。

うたもおじいちゃんも大好きな、ハモニカのあなの中だよ。

ほら、かしてごらん。

うたちゃんのハモニカがおじいちゃんのてのひらのうえに
ありました。

この、ちいさなしかくい穴が、ミラ先生のお部屋なんだ。
うたちゃんはのぞきます。
いまもいるの?

いまはいないよ。

ハモニカ学校にも、ミラ先生って名前の先生はいないよ。

それはね、いないさ。いつもはじっとかくれているんだよ。

でもいちどだけ、でてくることがあるんだよ。

それはいつ? 
それはね、それはねってうたちゃんの背中をさすりながら、
おじいちゃんはいいました。

悲しいことがあったときだよって。

悲しいことってよくわからないって、うたちゃんはおもって、
そのまま、宿題をするために部屋にこもっていました。

まだまだ、ハモニカの音はうまくだせなくて、それでも
練習していました。

ハモニカをじょうずにふくためには、わらうといいって
ドド先生がおしえてくれました。

わらうといい。
わらうと、くちびるのはしがきゅっとあがるからちゃんと
ハモニカがふけるようになるんだよって。

あと、だれかが吹けないからって、せめてはいけないって。

いつでも、だれでも、ふけなくなったりすることは
あるんだからって。

ハモニカ学校の先生たちは、いつもハモニカをはだみはなさず、
もっています。

ときどき、まちのつうろのようなところでふいたりします。

すると、ときどきおばあさんや、ちっちゃいこどもが、
たちどまったりして、みみをすませてくれます。

いつかうたも、ああいうことしてみたいってうたちゃんは
ひそかに思っていました。

ときどき、ないているひともいます。
なにかをおもいだしてるんだって、だれかがいっているのを
聞いた時、うたちゃんは、おもいだすってことの意味が
あまりわかりませんでした。

それは、ふゆのとても寒い日でした。

あるひ、おじいちゃんは声がでないびょうきになって
しまいました。

声のかわりに、文字をかくためのノートがそこにありました。

うす茶色のてのひらサイズぐらいで、それはおじいちゃんの
まくらもとにおいてありました。

そこには、おじいちゃんのお気に入りの4Bのえんぴつを、
ぎゅっとにぎりしめながら、書いた文字がならんでいます。

<うたにりくえすとしたいことがあるんだ>

うたちゃんがその文字を声にだしてよむと、おじいちゃんは
遠くをみている目をしながら、それをじっときいています。

<おわかれの日には、空にむかってうたがハモニカをふいてほしいんだ>

ベッドによこになっているおじいちゃんのひとみをじっと
みていました。

すいこまれそうなその瞳をみていたら、うす茶色のなかに
ささやかなみずのもようができていました。

ひとみのなかがますます、とうめいになってゆくと。

おじいちゃんの頬に、なみだのしずくがひとしずくだけ
生まれて。
そのしずくのかたちは、すぐにしずくのかたちじゃなく
なってしまいました。

そのなみだのいみもわからずに、うたちゃんは次の日も
ハモニカ学校に行きました。

レミ先生が、ハモニカを上手になるためには、じぶんいがいの
だれかのこともいつも考える人になってねっていいました。

ぼくが、わたしが、あのひとずるいとかっていうのは、
よくないって。

でも、しょうじきにいうと。
うたちゃんは、ずるいなっていうんじゃないけれど、ときどき
おもうことがありました。

うたちゃんよりも、ハモニカがじょうずなひとのことをみていると、
いいなって、ちょっとすねてみたくなったりもします。

おじいちゃんがノートにかいていた文字をよんでからすぐ。
おしまいの日は、あっというまにやってきました。

おわかれの日が曇り空の顔でそこにいました。

うたちゃんはおじいちゃんとの約束だったのに、ハモニカを
ふけませんでした。

あんなに練習していたのに、だいしっぱいしてしまったのです。

おじいちゃんのリクエスト曲は、しゃぼん玉でした。

しんせきの人たちは、涙ぐみながらもなぐさめてくれました。

でもうたちゃんは、おじいちゃんとのたったひとつの約束を
守れなかったことを、ひどくくやんでいました。

消えてしまいたいとちいさな胸をいためていた日が
なんにちもつづきました。

あれからハモニカが吹けなくなっていたうたちゃんは、
ハモニカをみると、おじいちゃんをおもいだしそうになるので、
ひきだしの中にそれをしまったままにしていました。

でも、そのハモニカが、いつのまにか机のうえに
あったのです。

しんせきのおばさんたちが、ここにおいたのかな? って
おもっていたら。

とてもふしぎなことに、ハモニカのミの音とラの音の四角い
穴から、ちっちゃな音符の天使が、顔をだしていました。

「そんなに、かなしい顔していたら、うたちゃんも、おじいちゃん
みたいにいますぐ、天国につれていかれちゃうよ」

ミの音の天使が、言いました。

「それよりも、あの場所にいってみようよ」

ラの音の天使が、言いました。

うたちゃんは、ミラ達にさそわれてハモニカをもって
ついてゆきました。

それは、あの日おじいちゃんとおわかれのミサをした
教会でした。

うたちゃんは、水色のハモニカをぐっとにぎりしめたまま、
一歩もうごけません。

その時、うたちゃんって名前をよばれました。

うたちゃんが振り返ると、レミ先生やファド先生、ドド先生、
シド先生たちもあつまっていました。

そして教会のとびらが開くと、そこには神父様がいました。

「かなしいはずなのに、よくここまでいらっしゃいましたね」

その声にきづいて顔をあげると、うたちゃんはびっくりしました。

神父さまに化けていたずらをしているのかと思ったぐらい、
神父さまがおじいちゃんにそっくりだったからです。

神父さまはうたちゃんのハモニカに気づくと、言いました。

「あの日の曲、しゃぼん玉を聞かせてくれませんか?」

そう言われて、こまった顔をしていたら、ミラ達がハモニカの
部屋からちらっと顔をだして、だいじょうぶこんどはうまく
吹けるよって、とうめいの羽根をひらひらさせています。

うたちゃんは、思い切り息をすいこんで、くちびるをハモニカに
そっとあてました。

神父様は目をとじて耳をすませます。

うたちゃんんは、ゆうきをだして吹きました。

すると、しゃぼん玉の音色は青空にすいこまれるようにして、
音符のかたちでとんでゆきます。

よくみるとミラ達もいっしょに羽根をひらひらさせています。

たったひとりきりのおじいちゃんが、雲のべっどのどこかに
かくれて聞いている気がして、うたちゃんは空にむかって、
ハモニカを吹き続けました。

ドド先生も、レミ先生も、ファド先生もシド先生も、
たすけてくれました。

あんなにこわいなって思っていた先生が、いっしょうけんめいに
おじいちゃんのために、ハモニカをふいてくれています。

ドド先生がわらって、っていう目をしたので、うたちゃんも
すこしだけわらってハモニカをふきました。

わらうと、さっきよりもすこしだけやわらかな音がでたような
気がします。

ハモニカ学校は、うたちゃんにハモニカだけじゃなくて。

だれかたいせつなひとをおもうことを
音色で教えてくれる学校でした。

おじいちゃんとの約束が、空に届いているといいなとうたちゃんは
思いながら。

しゃぼん玉の音色をドド先生たちといっしょに、空にひびかせて
いました。

ふとハモニカの四角い部屋をのぞくと、ミの天使とラの天使が
羽をひらひらさせてうたちゃんに、ウインクしていました。




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