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マリアナ海溝の蟻。【逆噴射小説大賞2023】

アスファルトに誰かが捨てたガムがたまたまここにあって、俺の因果か横たわる。アスファルトのざらざらとガムのまったりとした感触が、一度に頬に刺してきてその声に重なる。へらへらしてろ。一生そこで溶けてろと、靴の先で脇腹を抉るように蹴られ、転がされてしばしローリング。

アルマジロみたいなやり方で、膝を抱えながら耐える。耐えていると胸の
奥のほうで生まれる何かを感じる。孕むってこういうことか?男は自分の手を使いたくないのか足や肩で俺をいたぶる。目の前にジェリービーンズを散らかしたみたいな残像が映る。

俺だけに見える鎌倉花火。捨てられたビニル傘の柄を俺の脇の下に宛がった男のスリッポンの靴が軽やかに地面を離れる。夜空を見上げてらせんを描きたくもないのにアスファルトに軌跡を残す。身体の何処からか滲んでる血がアスファルトの上に鈍く光って。これが、破水の前触れかと思う。

男の足がゆるやかに止まる。蚊に刺された痕が茶色く刻まれた踝。そこに夏が終わったことを感じた。好きでもない玩具を宛がわれた子供があてつけに大人に遊ばない理由を述べるみたいに、俺を解放した。

男の息からは二粒めのリカルデントの匂いがした。
飽きてしまったのかと寂寥感。音もたてずに男が去っていく後姿を腫れた瞼の隙間から見た時、背中と腰のあたりの風船めいた部位が破けるのがわかった。いつのまにそんなものを背負って歩いてたんだと思った束の間、アスファルトを血の海で染めた。はちきれそうに弾力のあるものの表面に尖った針先が触れただけでそれは弾けた。軽い衝撃を背中に感じた。

ひたひたしている。穿たれたひたひたの在処をマリアナ海溝の蟻と名づける。列を乱さずに夥しい一匹ずつだった蟻はひとつの黒い塊になって、空っぽだった場所にみしみしと突き進む。あたりがしんと静まり返って空以外の場所が大きすぎる空洞になったみたいになる。溺れろ蟻。
(続く)

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