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テンミニッツTV講義録②『プラトンが語る正義と国家』納富信留

政治劣化、宗教紛争、多様化しすぎた価値観……どうすれば社会は治まるのか?混迷の時代に読むべき「史上最大の問題作」をわかりやすく解説。ハーバード、MITなど全米トップ10大学の「必読書第1位」不屈の名著『ポリテイア(国家)』読解

この記事では2024年2月1日発売の書籍、納富信留・著『プラトンが語る正義と国家』の「はじめに」を全文公開いたします。

はじめに


皆さんは、プラトンという哲学者を知っていますか? 名前は聞いたことがあるが、何をした人かは知らない。あるいは、高校の倫理で「イデア論」という用語を習ったけど……。あるいは、『ソクラテスの弁明』という本は読んだことがあるが、ほとんど憶えていない……。いろいろな方がいらっしゃるとは思いますが、この講義でお話しするのは、その哲学者が書いた『ポリテイア』、通常『国家』という題で訳されている本のことです。

2400年前に書かれた本ですが、まるで現代のことを書いているように感じられる議論や、目の前で対話が進んでいるような臨場感があります。これは、時代を超えて、場所や文化を超えて読み継がれ大きなインパクトを与えてきた、西洋哲学史上、最も重要な作品ともいわれる本なのです。

では、そこに何が書いてあるのか? 読むと、どんな得なことがあるのか?少しお待ちください。そのお尋ねには簡単には答えることができません。というのは、この本にはさまざまなテーマと問題が詰まっていて、複雑に絡みあっているからです。

公式の主題は「正義とは何か?」ですが、それをめぐって人間・魂、社会・国家、政治、教育、文化・芸術、心理、認識、存在、論理といったあらゆるテーマが登場します。しかも、それぞれの議論がとても興味深く、かつ今日まで大きな影響を与えるものになっています。

この講義では、そういった複雑な流れをできるだけわかりやすくお話しするように心がけます。皆さんは、ぜひ現代の問題として、自分自身の生き方との関係で、いろいろと考えていただければと思います。

私は大学でこの著作の原典を、古典ギリシア語で学生たちと講読していますが、以前にものすごいスピードで読んだときには最初から最後まで5年半かかりました。いまは、もう一度じっくり読んでいるので、これから何年かかるか見当もつきません。それでも、そうして一文一語を嚙みしめて、皆で一緒に読む価値のある本です。

皆さんにも、代表的な日本語訳、藤沢令夫訳の岩波文庫版(上・下)で、ぜひ挑戦していただきたいです。本講義では16回に分けて、読み解きのツボを解説しますので、まずは「どうせ難しいだろう」と身構えずに、古代ギリシアの世界にふらりと遊びに行くような感覚で、気軽に楽しんでいただければ幸いです。

本書は、インターネットで視聴できる1話10分の動画による教養講座「テンミニッツTV」で講義した内容に基づく「講義録」です。
なるべくコンパクトな講義にと心がけましたが、結果的には全16話になってしまいました。これでも、まだとても全体をカバーできませんが、それでもこの本の魅力をなにがしかは伝えられたかと思います。

とはいえ、本書はそのような「講義」を、なるべくそのままの形でまとめた本ですので、説明が十分には尽くせていない部分もあろうかと思います。また、語り口調のため、やや正確さを欠いている部分があることもお許しください。
本書と合わせて、テンミニッツTVのプラトン講義の動画をご覧いただくのも、おもしろいかもしれません。

最後に、その動画を収録した日のことを書かせてください。16回分の講義は、2度に分けて、東京大学文学部の哲学研究室で行ないました。最初の講義日は、2022年7月8日。午後の収録を前に大学の同僚から、安倍晋三元首相が銃撃されたというニュースの一報を聞きました。犯人もその後の元首相の容態もわからない落ち着かない雰囲気で、おそらく日本全体が動揺しているなか、私は正義をめぐる国家論と魂論をお話しました。

後半の講義は、それからしばらく後、9月27日に設定されました。奇しくも、その日の午後、安倍元首相の国葬が執り行われている最中に、「理想国」が堕落していく政治のダイナミズムや、死後の物語などをお話ししました。どちらもまったく意図しないタイミングでしたが、自分が生きている時代に、まさに起こっている出来事を意識しながら、静かな研究室で哲学を論じていることに、ある種の不思議さと、象徴的な意味を感じました。ホワイトボードを背景に、カメラに向かって話している私の映像は、さながら洞窟の奥に映る影のように見えることでしょう。

私たちが生きて向きあっている現実、社会、人生とは何か。それをどこまでも冷静に見つめ、根源から考えるのが、プラトンが示した哲学者の生き方でした。私も21世紀の現在、正しさとは何か、善き生き方、幸福、そして理想の社会とは何かを、あらためて真剣に議論していきたいと思います。

プラトン『ポリテイア』は、私たちをそういった問題にストレートに導いてくれる哲学書である。そう信じています。では、プラトン『ポリテイア』の世界へ、どうぞ。

2024年1月  納富信留


CONTENTS


【第1講】「すべてのこと」を扱った
史上最大の問題作

・欧米で「ベスト1」に推される哲学書
・「すべてのこと」を扱っている本
・20世紀の毀誉褒貶と「プラトンの呪縛」論争
・ギリシア語の「ポリテイア」の意味は「国家」ではない
・「通読・精読・再読」によって私たち自身が変わる

【第2講】プラトンが「対話篇」に仕組んだ
興味深い仕掛け

・プラトンが「対話篇」に込めた興味深い仕掛け
・「対話篇」の読み解き方と「3つの時」
・冒頭部を読むと気がつく仕掛けの数々
・重要な登場人物と港町ペイライエウス

【第3講】『ポリテイア』の時代背景と
設定を探る

・対話の時期のカギを握る「祭り」
・この「祭り」は何年に行なわれたのか?
・ペロポネソス戦争のなかで…物語の深い背景
・「紀元前412年春」という設定の意図

【第4講】「正義とは何か」
第1巻の重要性と全巻の構図

・「正義とは何か」という最も重要な問題提起
・財産論から「正義とは何か」の追究へ
・「やられたらやり返す」は正義か
・強力な独裁者である僭主は「幸福な人」か
・『ポリテイア』全体の構図とリング・コンポジション

【第5講】ギュゲスの指輪…
人は本当に正義でいられるか

・グラウコンとアデイマントスによる挑戦
・「善いもの」の3分類と正義
・「正義の起源としての社会契約」という強力な議論
・社会契約説の背景に潜む「ノモス」と「フュシス」の問題
・「ギュゲスの指輪」という思考実験
・最も正しい生き方と、最も不正な生き方の比較
・正義を行なうのは「オマケがつく」から?
・残りのすべての巻で証明される驚きの結末

【第6講】なぜ戦争が始まるのか──
ポリスをめぐる壮大な思考実験

・大きな文字と小さな文字──類比による議論
・「言論によるポリス建設」と「植民」
・なぜ私たちは共同体で生きているのか
・ミニマムな共同体から、ぜいたくな社会へ
・国が大きくなっていくと、戦争が始まる
・軍人という職業が、なぜ必要になるのか

【第7講】日本の小学校で
「音楽、体育」を学ぶのもプラトンの影響?

・ポリスの守護者を育てるための2つの教育論
・プラトンの2段階の教育論は、現代につながっている
・初等教育の柱は「学芸」と「体育」
・「神々の語り方」に関する2つの規則とは
・悪しき学芸は心身のリズムを乱す

【第8講】哲学者になるために
「数学」「天文学」「音楽理論」が必須?

・健全な魂を育む初等教育から、高等教育へ
・指導者たる哲学者になるための5つの学問とは
・数と図形を知ることから、抽象的な思考へ
・「天文学」「音楽理論」と数学の深い関係
・数学的諸学科を経て、哲学をスタートする意味
・知性の訓練を行なわないと危険ですらある

【第9講】理性・気概・欲望…ポリスとの
類比でわかる「魂の三部分説」

・正義と不正を説明するための「魂の三部分説」
・ポリスと魂を見比べていく間に正義が輝き出す
・理性・気概・欲望──魂のなかにある3つの部分
・魂の三部分は4つの徳をどう実現しているか
・プラトンの考える正義は、現代の水準より深い?

【第10講】男女同業? 妻子共有?
私有財産廃止?…プラトンの真意とは

・プラトン「対話篇」における「脱線」の位置づけ
・理想的な国家と「コイノーニアー」の問題
・第1の大波「男女同業」による共生がなぜ必要か
・「自然本性」が違っても仕事には関係ない
・第2の大波「妻子共有」と「私有財産廃止」
・プラトンが家族制を否定した2つの理由

【第11講】船乗りの比喩…
「哲人政治」は理想か全体主義か

・第3の大波としての「哲人政治」
・哲学と政治を両立させる「哲人政治」という理想
・「イデア=真理」を観ることを求め続ける哲学者
・哲学者を適切に利用しない社会と「船乗りの比喩」
・「哲人政治」実現の長い過程と「全体主義」批判

【第12講】太陽の比喩、線分の比喩、
洞窟の比喩…「善のイデア」とは

・すべての根源にある「善のイデア」を求めて
・善のイデアに向かうための3つの比喩
・洞窟に戻ってくる人に漂うソクラテスの面影
・洞窟の外を見てきた人による「哲人政治」

【第13講】哲人政治から寡頭制、
民主制への堕落…金銭欲と分断の末路

・なぜ「不正」について議論するのか
・「理想的なポリス」から5段階の堕落が起こる
・「金銭の欲望」がシステムを壊す分断を助長する
・強烈に戯画化された民主的人間と民主制社会

【第14講】僭主制は欲望の奴隷…
過度の自由が過度の隷属に転換する

・民主制から僭主制へ──過度の自由は隷属に転換する
・民主制の指導者と僭主の間に横たわる大きな一線
・「欲望の奴隷」になってしまう僭主の末路
・「ギュゲスの指輪」で僭主になりたいですか

【第15講】詩人追放論と劇場型政治の批判…
「イデア論」の本質と模倣

・現代まで評判がよくないプラトンの「詩人追放論」
・存在論的議論──「寝椅子のイデア」とホメロス作品
・心理学的議論──悲劇を観て泣くのは悪?
・「感情の解放」がもたらすのは堕落かカタルシスか

【第16講】エルの物語…
臨死体験から考える「どういう人生を選ぶか」

・魂の見地で考える「正義や徳への報酬」とは
・全巻の最後に語られる「エルのミュートス(物語)」
・死後の魂の千年の旅と、次の人生の選択
・「どういう人生を選ぶのか」は、自分にかかっている
・読めば読むほどに考えさせる歴史上最大の哲学書



ここまでお読みいただきありがとうございました。本書は全国の書店・ネット書店にて発売中です!ぜひお手に取っていただけたら幸いです、よろしくお願いいたします。

納富信留・著
『プラトンが語る正義と国家』


納富信留(のうとみ・のぶる)
1965年生まれ。東京大学文学部哲学科卒業。同大学院人文科学研究科哲学専攻修士課程修了。ケンブリッジ大学大学院古典学部博士課程修了(Ph.D.を取得)。九州大学文学部助教授、慶應義塾大学文学部教授をへて、現在、東京大学大学院人文社会系研究科教授。第56代文学部長。また、2023年より日本哲学会会長。2007~ 2010年、国際プラトン学会会長を務める。
主な著書に『新版 プラトン 理想国の現在』(ちくま学芸文庫)、『ギリシア哲学史』(筑摩書房、和辻哲郎文化賞受賞)、『プラトン哲学への旅』(NHK出版新書)、『プラトンとの哲学』(岩波新書)、『ソフィストとは誰か?』(ちくま学芸文庫、サントリー学芸賞受賞)など。訳にプラトン『ソクラテスの弁明』『パイドン』(以上、光文社古典新訳文庫)などがある。

テンミニッツTVとは


多分野の専門家たちの講義を1話10分の動画で配信する教養動画メディアです。「知は力」であり、「知は楽しみ」でもあります。しかも、その力や楽しみは、尽きることはありません。物事の本質をつかむためには、そのテーマについて「一番わかっている人」の話を聞くことこそ最良の手段。250人以上の講師陣による1話10分の講義動画で、最高水準の「知」や「教養」を学べます。

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