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【くつとばし】 フィクション


「とおくまで、とんでけっ」

俊哉は右足の靴のかかとをぶらつかせながら公園のブランコを漕ぎ、高くに昇ったと同時に右足を強く蹴って靴を飛ばした。

そろそろお父さんが迎えに来る頃だろうか、くつとばしをするとえらく怒られるので俊哉はビクビクしつつも急いで靴を拾いに行った。もうすぐ夏休みが終わるころだが、夕方とはいえど日差しが強い。少し走っただけで、ブランコで涼んだ体からは再び汗が噴き出してきた。

僅差でちょうど父親の姿が見えた。家の近くの工場で働いていて、今日は工場を早く閉めるので一緒に公園で遊ぶ約束をしていたのだ。

「コラっ、俊哉、おまえまた靴とばして遊んでたな!」

「え〜〜、なんでわかったの?」

「当たり前だろっ!靴からのぞいてる靴下が真っ黒じゃないか!靴は大事にしろって言ってるだろ!」

「ごめんなさい!もうしません!」

怒られたことで少ししゅんとなったけれど、俊哉は父親と公園でキャッチボールなどで遊び、家に帰り一緒にシャワーを浴びた。スポーツ刈りの頭に泡がシャリシャリと音をたてる。

「ねえ、パパもむかしあの公えんが大好きだった?」

「そうだなあ、パパもよく遊んだな。ブランコも乗ったし、滑り台から飛び降りたりもしたな。むかしは遊具が全部青だったんだ。しょっちゅうペンキが剥がれてな、服とかにパリパリのペンキがよくついてたりしたよ。今は綺麗に黄色く塗られて、なんだか立派になったな。」

「パパもくつとばししてたの?」

「パパもやってたぞ!俊哉よりももっと遠くまで飛ばしてたな。でも靴をなくしちゃって、すごく怒られてな、それでやめたんだ。おまえと一緒だ。」

「ねえ、ほかにおもしろいあそびはなかったの?」

「お父さんはよく駆けっこや鉄棒なんかもしたぞ!」

「わあ、じゃあ今度てつぼうおしえてくれる?」

「よーし、お父さんがお手本を見せてやろう!」

「かけっこは?」

「もちろんだ。今度の運動会は1番になるかもな!」

シャワーをすませると、ダイニングで夕食だ。祖母が今日も腕を振るって、厚揚げとゼンマイの煮物だったり、切り干し大根がテーブルに並んでいた。

「うわ、うまそう!お母さん、ありがとうございます。いただきます!」

「このあつあげ大好き!おいしいよね!」

「俊ちゃん、ほら、慌てずにゆっくりお食べなさい。」

父親はビールを一本飲み、みんなで野球を観たりした。そのあとは少し宿題をやった。いつもと同じ、夏休み。



翌日も俊哉は公園で遊んでいた。今日は公園のブランコに先客がいた。少し年上の女の子で、クマのワッペンの赤いワンピースに長めの靴下とペコちゃんの靴を履いた女の子。

「ねえ、きみはこのきんじょの子?わたしひっこしてきたばかりなの。名前はあや。はじめまして。きみの名前は?」

「ぼくはとしやです。はじめまして。」

「わたし、にがっきからあそこの小学校にてんこうするの。」

「わあ、じゃあぼくといっしょだね!ぼくは三年生!あやちゃんは?」

「わたしも三年生!いっしょだね!ねえ、いっしょにあそびましょ!」

「うん、あそぼう!なにしようか、あ、そうだ、うんどうかいがあるからかけっこは?」

「ごめん、わたし足が弱いから、あまりうまく走れないの。ねえ、ブランコしない?」

「いいよ!じゃあブランコね!楽しみ!」

2人はおしゃべりをしながら高くブランコを漕いで、また明日、お別れをして、まだ笑顔。



2人はブランコを漕ぐ前に昨日の夕飯のこととかを話したり、学校の話もした。
ブランコの後ろは茂みになっているので、あたりには蚊がいたらしく、俊哉は何箇所か刺されてしまった。痒いので爪でバツのあとをつけて、唾をぴっとぬって処置をした。心なしかマシになった気がする。でも結局、ブランコを漕ぎはじめたら痒みは忘れた。

俊哉は昨日よりも高く漕いでる実感があった。会話がリズムを作り、より大きく振れているのかもしれない。

「ちょっと、としやくん、すごく高いね!」

「うん!今日は今まででさいこうかも!すごいすごい!」

「気をつけてね!ねえ、何か見える?」

「う〜、いつもといっしょかな!あっ、でもあれはパパの工場かな!あのはいいろの屋根!」

「お父さんは近所で働いてるのね?」

「そうだよ!家の近くの!」

「そうだ、学校、楽しい?」

「うん、きゅうしょくもおいしいし、楽しいよ!こうていもプールも広いし!」

「給きゅうしょくがあるの!やったー!ねえねえ、どんなきゅうしょくがおいしいの?」

「カレーもおいしいし、プリンもおいしい!」

そんな、たあいもない話をして、また明日、遊ぶ約束青い空。



「そうか、お友達ができたのか。転校生?そいつはよかったな。で、可愛いのか?」

「うん。」

「そうか!ご飯おかわりいるか?お父さんはもういっぱい食べるぞ!」

「ううん、今日はいらない。」

「なんだ、いらないのか。俊哉らしくないな。お味噌汁は?いらないか。そうか。」

「あら珍しい、俊ちゃんがおかわりしないなんて。ひょっとして、あらやだ、俊ちゃん…そうだ、うちへ連れてらっしゃい。みんなでご飯食べましょう!」

祖母が嬉しそうに笑ってそう言った。そんなこんな、少し食欲のない夜。テレビには野球が流れていて、ビールを開ける音がして、そのうち父親のいびきが聞こえてきた。

「ねえ、お父さん、おきてよ!」

「おお、寝てたか。そうだ、明日は工場早く閉める日だから、駆けっこを一緒にやろう!運動会までに履き慣れるように、新しい靴を出そう!そろそろ足も大きくなってきたしな。」

そういって父親は押し入れから新しい靴を取り出した。

「わあ、カッコいい!まだまだくつあるの?」

「そうだよ、まだまだある。俊哉が自分で靴を選べるようになるまでの分、お母さんが買っといてくれたんだ。大事にはくんだよ。」



「ねえ、今日はなにしてあそぶ?」

「そうだなあ、でもブランコもあきてきたよね。あ、そうそう、今日はお父さんがむかえにくるから、それまでいっしょにあそぼうよ!おばあちゃんがおいしいご飯を作って待っていてくれるから、いっしょに食べようよ!」

「えー、そんなのわるいよ。でも、いつもどんなご飯が出てくるの?わたしお肉とか食べると手とかかゆくなるの。」

「うちはいつもおとうふとかのにものだったり、ポテトサラダだったり!お肉はたまにパパが作るときにはよく出てくるよ!ハマチとかマグロのおさしみも!でも今日は安心だよ。おばあちゃんが作る日だから!」

「わあ、おいしそうね!わたしおとうふ大好き!としやくんちにほんとうにいってもいいの?」

「うん!きてきて!そういえばおばあちゃんが今日は厚揚げとさんさいをにるってはりきってた!きっとおいしいよ!」

「ありがとう!じゃああとでお母さんに伝えてくるね!そうだ、ブランコあきたなら、こんどはうしろの森の方を向いてこぎましょ!たのしいかもよ!」

「うん、やってみよう!」

いつもと違った景色がみえた。茂みにはゴミとか缶も落ちてたりして、それらを見るのも新鮮でなぜかたのしい。

「ねえ、くつとばしやったことある?」

あやが聞く。

「あるよ!でもくつとばしするとお父さんにおこられるんだ。くつはだいじにしろ!って。」

「そうなの、じゃあ、わたしがとばすね!せーのっ、せっ!!」

あやの靴は思いの外遠くまで飛んで、茂みの中に落下した。

「あーー」

「あーー」


⭐︎


「ないね〜。」

「ない。こまったな。お気にいりのくつだったのに。ねえ、俊哉くん、わたしいちど家にかえってお母さんに今日はごはんいらないってつたえてくるね!きがえてくつもとりかえてくる。くつがないままさがしたらきっと足がいたくなるし。すぐにもどるから、ぜったいにこうえんにいて!」

茂みを探したからか、二人の服は汚れていた。ふいっと後ろを向いて、遠くなる姿。緑の草や茶色い土や青い色で汚れたワンピースがするすると公園の外へ出ていく。

待っている間、俊哉は一生懸命に靴を探した。戻ってきたときにいい格好をしたかった。だがなかなか見つからず、悪戦苦闘しているうちに先にやってきたのは父親だった。

「おい、俊哉、そんなとこで何してるんだ?虫に刺されるぞ!、あれ、友達は?」

「今家にかえってきがえてまたもどってくるよ。でもくつとばししてくつをかたっぽなくしちゃったんだ。それで今さがしてるの。」

「そうか、じゃあ、お父さんも一緒に探そう!」

2人は一生懸命に探したが、結局見つけることが出来なかった。俊哉は随分落胆した様子だったので、父親は一緒にブランコに乗らないかと提案した。

「うん、いいよ。」

「よし、どっちが高く漕げるか、競争だ!」

当然、父親の方が高く漕ぎ、それはとても楽しかった。昔遊んだブランコで息子と遊ぶ、それもいいものだな、そんなことを考えていたら、久しぶりに靴を飛ばしたくなった。

「俊哉、見てろ!お父さんが靴を公園の外まで飛ばしてやる!いくぞ!せーのっ、せっ!!」

靴は茂みの中へ消えていった。

「あーー」

「あーー」


⭐︎


「おかしいな、ここらへんに落ちたはずなのに…」

「お父さんのくつは大きいからすぐ見つかるよ!」

「あ、あった!あれだ!」

木の根本に密生している草の間に隠れるようにして靴はあった。

「よかったね、お父さんまでくつをなくしたらたいへん!あれ、あ、あそこにあやちゃんのくつだ!」

「なにっ、どこだ、あ、あれか?」

「わあ、見つかった!あれぇ、でもちがう。このくつすごく古い。でも同じぺこちゃんのくつだ。おかしいなぁ」

「俊哉、その友達の名前、あやちゃんって言ったか?」

「うん。そうだよ」

「毎日ブランコで遊んだんだっけか?」

「うん。てつぼうとかかけっことかしなくてブランコしたの。」

「そうか。そうだな、そのあやちゃんの靴、持って帰って洗ってあげよう。そうだ、駆けっこの練習しようか!」

「うん!ぼくだいぶ早くなったよ!」

「よーし、こっちから見てるから、全力で走ってみて!」

「うん!わかった!」

弘幸は黄色いブランコに腰をかけ、走る俊哉を眺めた。名前の通りに立派に育ってくれた。強く大地を蹴って、一生懸命に走っている姿にその古い靴を向け、ゆっくりとブランコを漕ぎ始める。

「あ、お父さんずるい!ぼくも!」

向こうから大きな声を出して俊哉が走ってきた。

俊哉の背中の後ろには大きく柔らかな太陽があって、懸命に走る我が子の影が長く伸びてやがて自分のところにまで届いた。やっとあの夏が終わったのだ。







【おしまい】





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