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月刊文芸誌『文活』 | 生活には物語がみちている。

noteの小説家たちで、毎月小説を持ち寄ってつくる文芸誌です。生活のなかの一幕を小説にして、おとどけします。▼価格は390円。コーヒー1杯ぶんの値段でおたのしみいただけます。▼詳… もっと読む
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#小説

ほしがり/(【短編小説】・【詩】)

【短編小説】ほしがり 「……私たちはね、”ほしがり”なのだよ」  暗い夜に、あなたの深い声が響きました。  それと同時に、幼いわたしは両目をぱっちりとひらいて、夜の森のたった一つの焚火の前へ、すなわちあなたの前へと転がり出ていたのでした。 「……ええと」 「君は食べたくて出てきたんだろう? それを」  あなたの言っていることがよく分からないまま、わたしはただ焚火とあなたを交互に見つめていました。  目の前の焚火の傍では、柔らかそうな兎の肉が、火にあぶられてじゅうじゅうと

バトンを渡すこと

『この度ご縁ありまして』という言葉を使うことが時々あるが、創作においての縁は我ながら恵まれていると感じる。  振り返ってみれば創作活動は小学生の頃から始めていて、人生とは切り離せない業でもある。当時は児童小説のパロディを書いたり家のぬいぐるみを登場人物に学習ノート一冊分物語にしたり、あの時のガッツは素晴らしかった。 その延長戦で大学は創作を学べる学部に進み、今も細々と続いているわけである。 お陰様で周囲も創作活動に理解ある友人ばかりだし、『創作って妄想でしょ』という通りが

メネフネの見える夏

 随分と昔から、祖父には湿気の多い雨の日に死んでもらおうと決めていた。だからこそ、カラッとした晴れの日に息を引き取るのは予想もしていなかったことで、祖父は最後まで自分勝手な人間だったのだと気付かされる他無かった。  久々に聞く蝉の声は、煩いというより懐かしい気持ちが大きい。大阪でも田舎町では蝉が鳴く。祖父が危ないと聞いて東京から帰省した時、鬱々しい気持ちの中には確かに少しだけ安堵が混じっていた。半分は暫く仕事を休めることで、もう半分は、これで祖父を憎まなくても良くなるという

シェアハウス・comma /御原 由宇 編

 くらしの、おとがする。  18:00、起床。ベッドから上体だけを起こし、ベッドサイドに置きっぱなしだった水とプロテインバーを口にする。  この部屋の遮光カーテンは優秀だから、時計以外に時を示すものはない。夏場はもっと遅く起きて、太陽を避ける。冬場は逆に今より早起きしたりもする。もっと北の地域に引っ越せばいいのにといつか言われたけれど、まぁそれはそのうちと言いながら、もう10年は経っただろうか。  この部屋からほとんど出なくても、このシェアハウスの中の動きは、手に取るように

連作小説「栞」 ‐ 4冊目・明日 -

 夜眠る前に、あぁやっと今日一日が終わったと安堵し、朝起きて一番に、あぁまた今日一日が始まったと溜息をつく。47歳、来月には48歳。ようやくまた一つ歳をとれる。今年受けた健康診断はオールA、両親・祖父母とも大きな既往歴なしの長寿家系。あまりにも、先が長い。日本人の平均寿命が長くなればなるほど、申し訳ないけれど私の絶望も増してゆく。断じて「死にたい」訳ではない。けれど「生きねば」と思えるほどの熱い何かはとうに失くしてしまった。何時間でも眠り続けられた10代20代の頃なら睡眠で時

点々|第一話

遠山さんは足を組み直すとき、「ガスト」と言う。 なんでガストって言うのか不思議だけど、たぶん、「よいしょ」とか「さてと」と同じ掛け声の類だろうし、深い意味はないんだろうなと思うから理由を聞いたことはない。4回目の「ガスト」までは数えていたけど、英語の長文問題に集中しているうちに何回目か忘れてしまった。 「解けた?解きたい?」 「解きたいっちゃ解きたいです」 遠山さんはいつも、問題を解けたか解けなかったかではなく、解けたか解きたいかで聞いてくる。同じ塾の生徒の中には、そ

シェアハウス・comma /河野 絵梨花 編

「河野さんは、頼りになるよ」 上司にそう言われて、そこにどの程度の本心がこめられているのか勘繰ってしまった。定時過ぎたばかりのオフィスを出ると、金曜のせいか街はどこか浮き足立っている。 秋の季節にまとわりつく雨の気配が嫌いだ。一年前の雨の日、ちいさな嘘をついたあの日からずっと。 「絵梨花!」 トンと肩をたたく手は、同級生だった。「久しぶりだね。今、帰り?」 「うん。何してるの?」 「みんなでお茶してた」 みんなで、の一言が心をかすかに曇らせる。大学の四年間、お互

【文活6月号ライナーノーツ】夕空しづく「神様の質問箱」

『あなたは概念みたいだ』 時折、そう言われることがあります。 それは私が、ネットで文章を書いている人間だからかもしれません。 ネットに綴られる文章には、実体が伴いません。 その人の一側面、思考の断片が、文章というかたちで表れているに過ぎません。 それは血を吐くような思いで紡ぎ出したものかもしれないし、息を吐くように呟いたものかもしれない。それでも、その人がその人として生み出したものに相違ありません。 けれど本当は、私にもあなたにもあの人にも「実体」があります。 各々の

『神様の質問箱』

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先生と私のスケッチ

墓地公園から夏草を踏みしめながら坂をあがっていくと、小さな展望台がある。階段をのぼりきり、上から故郷の街をぐるりと見渡すと私は一眼レフをゆっくりと構えた。シャッターを一度、二度、切ってみる。泡のように心に浮かび上がってくるのは、懐かしい「先生」の言葉だった。 『そう、言葉を使って、社会を、世界をスケッチしてごらんなさい。あなたには、きっと良いものが書ける。大丈夫よ、この世はそんなに悪くないわ』 まばたきをする。陽ざしがひどくまぶしい。梅雨前線と前線のすきまにのぞいた六月の

連作小説「栞」 ‐ 3冊目・記憶 -

 ずっと探している絵本がある。  暗い紫色の表紙、主人公は魔女見習い、割と分厚めのページ数。幼い頃、母にうんざりされるくらい毎週繰り返し図書館で借りていた愛読書。そのはずが、憶えていることはたったそれだけ。タイトルはおろか、どんな内容だったかも定かではない。むしろ“魔女見習い”という主人公の設定すら怪しい。それでも、亜希のちいさな手を引きながら絵本コーナーの前に立つ度に探してしまうのだ。あの本が読みたい。大好きだった、あの本が読みたい。 「亜希ちゃん、選んできてくださいな」

【文活2022年6月号】北木鉄さん長編小説「点々」開始|ゲスト作家は夕空しづくさん|リレー小説「シェアハウス・comma」最終話まで残り三話

こんにちは!文芸誌・文活です。 雨の多い日が続いていますが、皆様いかがお過ごしでしょうか。窓を伝う水滴でゆがむ紫陽花片目に、優雅な読書とティータイム……なんて、現代人としては叶わぬ願いなのかもしれません。でも物語や言葉には、一瞬で人を別世界に連れ去る魅力がありますよね。 だからこそ雨の日には、物語が恋しくなるような気がします。今月号の文活は、そんな言葉の力や物語の力をそっと教えてくれるような、梅雨にピッタリの作品が揃いました。 ・上田聡子さん『先生と私のスケッチ』 ・西

シェアハウス・comma 賀島 実紀編

この作品は文芸誌・文活のリレー小説シリーズ『シェアハウス・comma』の第5話です。シリーズを通して読みたい方はこちらのマガジンをご覧ください。 ひたすらプログラミングをしていると、きっと音楽を奏でるひともこんな気分なんだろうなと感じる。キーボードにばらばらに並んでいる、"W"だとか"H"だとか"control"だとかの記号を、コードのバランスをくずさないように、ていねいに打ち込んでいく。考えるでもなく、考えないでもなく、何百回もつくってきた朝食をまた今朝もつくるかのように

【文活5月号ライナーノーツ】西平麻依「噂通り、一丁目一番地」

『オーダーメイドの言葉で』 はじめに 連載小説を書いてみませんかと文活運営のなみきさんにお誘いいただいた時、私は「なみきさんも連載を書かれますか? それなら……」と、ゴニョゴニョと歯切れの悪いお返事をしたと記憶しています。 これは自信のなさの表れで、書き手として及第点に満たない態度だったなあと反省しきりですが、そんな気弱な気持ちからスタートした『噂通り、一丁目一番地』の最終話がこのたび形になり、ホッとしています。物語の完結を見届けて下さった皆さま、また私の新しいチャレ