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知性なくして信仰なし 迷走の20代、行き着いた先は

 ※文化時報2020年6月24日号の掲載記事です。

 「目に見えないものを大切にするためには、知性が必要だ」。浄土宗阿弥陀寺(奈良市)の森圭介住職(44)はそう語る。英語の教員免許と浄土宗教師資格を取得しながらも、マスコミ業界への就職を希望した20代を経て、行き着いた先は学習塾の開設だった。学力低下が宗教離れを招いている、との持論で活動を続けている。(大橋学修)

マスコミか会計士か

 父は上宮学園の教員で阿弥陀寺の僧侶。息子を無理に僧侶の道へ導こうとするのではなく、「勉強を重ね、自分の力でのし上がれ」との教育方針だったという。

 森氏自身は清風中学・高校を経て、関西学院大学文学部に進学。マスコミ業界を目指して就職活動をしたが、失敗した。いったん休学し、英国東部オックスフォードの語学学校に留学。国際感覚をアピールして再挑戦したが、思うような結果は得られなかった。

 そんな折に、大手商社で勤務する高校時代の旧友から、ゴルフに誘われた。上場企業の重役だった旧友の父も加わり、移動中の車内では親子で経済について議論していた。全く付いていけず、自らの不明を恥じた。当時流行だった米国の公認会計士を目指せば、社会のことも分かるし、留学経験との整合もとれると考えた。ただ、このままでは格好がつかないし、収入もない。寺の法務を手伝うことで立場を取り繕おうとした。29歳になっていた。

 当時住職だった祖父は老いを深め、父は教員の仕事が忙しかった。いい口実になったが、公認会計士にはなれなかった。

英会話講師で目覚め

 僧侶資格は大学在学中に取っていた。進学時に取得するよう父に命じられていたからだ。夏季休暇中に浄土宗が開催する少僧都養成講座に入行し、大学4年のときに伝宗伝戒道場=用語解説=を満行して浄土宗教師となった。

 寺に入ったころ、大阪・西梅田で英会話教室を開こうとしていた友人から、講師として手伝ってほしいと声が掛かった。当初はビジネスマン向けで展開していたが、方向転換して奈良市内の高級住宅街で子ども向けの教室を開設。これが当たった。

 子どもたちの英語の成績が伸び、信頼を得るようになった一方、英語以外の成績が悪いと相談を受けるようになった。特別授業として、ほかの教科も教えるようになった。父と同じく、教えることが好きな自分に気付いた。

教育と寺院を融合

 自坊のことを考えるようになったのは、少僧都養成講座の同窓会「和合会」に参加していたから。寺院が地域に果たすべき役割や教えを伝えていくことの大切さを、仲間たちから学んだ。

 「なぜ寺には高齢者しか来ないのか。葬儀や法事ばかりでいいのか。本来は、人生のヒントや生きる糧を得られる場ではないのか」

 宗教離れの原因を考えるうち、現代の教育が、考える力を養えていないことに思い当たった。「解答方法を覚えることが中心で、目に見える効果だけを目的にしている」。目に見えないものを想像するためには、知性が必要との考えに至った。

 2015年4月、一念発起して「ならまち寺子屋学房」を開設した。コンセプトは「主体的に学ぶ姿勢を養う」。一般的な学習塾と異なり、寺子屋は教材を提供しない。学校やほかの学習塾の宿題を基に、課題を与える仕組みとした。

 短期的な成績アップを求められれば、一般の学習塾に通うことを勧める。「なぜ自分の答えが間違っているのか、理由を自分で追究してもらうことが大切。その理由に納得できたときに得られる喜びが、次の課題に向かう力になる」と、狙いを語る。

 寺子屋の開設と同時に、地蔵盆を復活させた。目に見えないものを想像する力を鍛えようと、紙芝居をしたり、法話を行ったり。将来は、セミナーや講演会など大人を対象にした寺子屋も開き、子ども向けと融合させる構想もある。

 知性を養った先には、何があるのか。森氏は言う。

 「人間は完璧ではない。自分が凡夫=用語解説=だと自覚することで、人を許せるし、寛容になる。その不完全さを認識するからこそ、阿弥陀さまの教えがありがたく感じられる」

2020-06-17 浄土宗・阿弥陀寺・森圭介氏インタビュー

【用語解説】伝宗伝戒道場(でんしゅうでんかいどうじょう=浄土宗)
 浄土宗教師になるための道場。加行、加行道場ともいう。

【用語解説】凡夫(ぼんぶ=仏教全般)
 仏教の道理を理解しない者、あるいは世俗的な事柄にひたる俗人。

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