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容姿が綺麗で性格が悪い人、容姿が悪くて性格が良い人あなたならどちらを選ぶ?

「アイドルグループの中から、誰が良い?」と子供達から質問を受けた。

皆んな同じにしか見えない・・・

とりあえず、その中から雰囲気の良さそうな子を指刺す。

すると、子供達から、えーー!?その子の何がいいのー?こっちのほうがいいじゃん。ありえなーい。

どこかで身に覚えがある光景である。

あっそういえば、自分も子供の頃にも、そんな質問をしていた記憶がよみがえった。

おばちゃん達に全く同じような質問をしていた。

おばちゃん達は口々に言った。

「みんな同じにしか見えないねー、どれも一緒じゃないのぉ」

「皆んな一緒なわけあるかー!」私は本気で突っ込んでいた。

そして、おばちゃん達は「この年になると同じように見えるのよ。あえて言うならこの子が良いのかなぁ?」なんて言いながら、その中から選び指を刺した。


私は、なんでそいつを選んだ?そいつの何が良いの?それはないわぁーと内心思っていた。

その一方で、みんな同じにしか見えないとかぬかしていたおばちゃん達は、ヨン様の話題で持ちきり、テレビにヨン様が映れば、ぎゃーぎゃー騒いでヨン様に夢中になりすぎて目がハート。

「ねぇ〜ねぇ〜ヨン様カッコいいでしょ?こんな旦那だったらよかったわぁ〜」

※ヨン様は冬のソナタという韓国ドラマの主人公である。分からない人はネットで調べれば直ぐに出て来るだろう。

当時の私は、心の中で目と耳と鼻を塞ぎ、 「ヨン様!?はぁー?キモっ、どこがカッコいいの?うわあぁぁーーーキモ過ぎるわぁー」とおばちゃん達の圧に負けないように叫んだものだ。

だが、今となって冬ソナを観る機会があり、おばちゃん達が言っていたヨン様の良さが何となく理解出来てしまう自分がいる。

亀(かめ)の甲(こう)より年(とし)の劫(こう)…。

それって年を取ったって事か?汗

それは、さておき

もう一つ、どの世代でもよく話題にされる事のある。

「容姿が綺麗で性格が悪い人、容姿が悪くて性格が良い人あなたならどちらを選ぶ?」

究極の質問なのか即答なのか皆さんはどう考えるのだろうか…

美とは見た目?心?何を持って選択するのか…。

少し自分の意見を交えながらお話していくことにしよう。

▼究極の質問!!ではない!?

「容姿が綺麗で性格が悪い人、容姿が悪くて性格が良い人あなたならどちらを選ぶ?」

究極の質問なのか即答なのか皆さんはどう考えるのでしょうか…

若い頃の私ならば「容姿が綺麗で性格が悪い人」と即答していた。

なぜなら、自分のアイデンティティは未熟で乏しかったからだろう。

見た目とか周りの目を気にして、服や物で自分自身を着飾ることで、自分の価値を表現したり対比する方法しか見当たらなかった…。


故に、外見ばかり囚われていて、あまり性格の良し悪しというところには趣を置いていなかったと思う。

しかし、歳を重ね。

様々な経験をしてきた今の私なら、「容姿が悪くて性格が良い人」と即答出来る。

人それぞれ好きなタイプの顔、体型、性格、性別はあるにせよ、一般的に可愛いと言われる人でもブサイクと言われている人でも

それぞれの人相やオーラというのが容姿に現れてくるのが分かっているからだ。

いつも笑っている人には笑っている人相
いじわるな人にはいじわるな人相
いつも怒っている人には怒っている人相

元は変えられないにしろ、その生きてきた歩みみたいなのものが人相に必然的に現れくるものなんだ。

「アイドルグループの中から、誰が良い?」という問いに対して

今の私やおばさん達は自分好みの、良い雰囲気というかオーラというか人相の子を選んで指を刺したのだと思う。

最近良く聞く「ブサかわ」なんて言葉もそれに近い感覚のことばなのではなかろうか。

見た目はブサイクなのに何故かその性格や性質のギャップに惹かれる事も多々あり、性格が良ければ、不思議と愛らしく見えてくるのだ。

私は犬が好きなので
フレンチブルドックやパグに例えて考えてみよう

ブサカワの2トップと言われる
外見や特徴が似ているパグとフレンチブルドッグだが、

表面だけを見れば、目が離れていて、ギョロ目、鼻ぺちゃ、短毛、いびきをかく

人間に例えたらブサイク極まりないではないか。

そんなブサイクなワンちゃんだが人気が高い。人気が高いという事は、ブサイクでも何かしらの取り柄がなきゃ人気にはなれないはず!

2種類のワンちゃんの性格をみてみよう!

パグは、基本的に落ち着いている性格。誰に対してもフレンドリー。

だが、はしゃぎ出したら止まらない無邪気者という可愛らしい一面も持ち合わせている。

温厚で社交的・そして明るい性格なのだ。

更に、甘えん坊さんな所もあり!飼い主と共にいることを楽しみと感じる愛おしい性格も人気の高い理由だ!


フレンチブルドッグは見た目こそ怖そうだが、実はおっとりとした優しい性格。

用心深い性格である反面、好奇心旺盛で、動きや振る舞いは気まぐれ、自由奔放でみている物を飽きさせない。

頭もキレる。利口な性格なので、躾け方によっては番犬や癒し系、警察犬など、どんなタイプのワンちゃんにもなれる最高なワンちゃん!

また誰にでも愛想がよく、甘えん坊な性格なのでお客さんがお家に遊びに来れば、輪の中心に!たちまち皆んなのアイドルだっ!

一見ブサイクな2種のワンちゃんだが、
良く見れば性格通り愛らしい犬相(人相・表情)をしているのが分かる。

ブサイクなのに、憎めない何とも言えない表情をして、皆の心を一瞬で奪い去っていく可愛さがあるのだ。

ただし、同じ種類のワンちゃんでも、環境や性格が悪かったり、気性が荒らく、いつも気が立っていたり、イライラしているワンちゃんであれば、犬相となって表面に現れてしまっている。

人相も犬相も考え方は一緒!

要するに

「容姿が綺麗で性格が悪い人、容姿が悪くて性格が良い人あなたならどちらを選ぶ?」

究極の質問なのか即答なのか?という問いに対して

私自身、容姿とはその人の内側から出るもの全てが容姿となって現れているから

私の意見としては、この質問自体あまり究極の質問ではないと言うこと!!笑

全てとは何か…

姿カッコだけではなく、対応の仕方、言葉の使い方、話し方、伝え方、立ち振る舞いなど、その人の容姿を作りだすのは、見た目の美しさだけではなく、対応するしぐさなど人間性も私は重視する。

人からの評価は気持ちの反応が加わる事で大きく変わり、美を追求していく気持ちと同じ事にも通じているだろう。

自分の評価は日常の些細な事の積み重ねで作りあげられていき、その築きあげたものが人相になるのではないだろうか。


▼美とは何?

美って何をもって美と言うのだろうか…

外見だけがあなたのチャームポイントではないですよ!

美はあなたの内側の部分に隠れているものなんだ。

その内側の部分を引き出し、気付かせる手伝いをするのもトレーナーの役目である。

▼誰だって繊細さんなんだ

自分のアイデンティティに自信がないから表面を無理に造ろうとする。

今よりも未熟だった私の心と同じだ。

心の中というのは誰しも繊細で心の美を保つのは体を作るより維持するより大変な事なのだ。

だから日々のケアが重要になる。

誰しも、ストレス社会と言われ、様々な形で受け止めながらも日常をこなしているはずだ…。

ストレスの原因の多くが、相手からの言葉。

言葉は時に相手を楽しませたり出来る反面、悲しませたり、怒らせてしまったりと、状況次第で美とは程遠い状況を招いてしまう…

心の中は常に言葉に左右されてしまいがちである。

体の美、心の美、どちらもあなたを輝かせるためには変化が必要だったり改善を求められたりする。

人を見る時、1番初めの判断材料は、容姿なのだが、、、

その容姿もその時の心の状況で、綺麗にもカッコよくもブサイクにも人相を変えてしまう。

その人を好きになる、なってもらうには人柄という心の部分の美を相手は見ているのではないだろうか。

体の美も心の美も自分を大切にする事から始まる。

しかしほとんどの人が、自分の事を大切にできていないのも現状である


でも大丈夫!!

私たちは大抵の事を乗り越えれる力がある。

それは昔の人の教えを学びに変えれて現代に取り入れているからだ。

▼世阿弥からの教え

風姿花伝という物語を知っているだろうか。

能の世界で生きた少年、世阿弥(ぜあみ)が大人になる成長を書いた本。

世阿弥という人物が、伝えている内容は、現代の私達に気持ちの持ち方や振る舞いの仕方を教えてくれる内容となっている。

昔の書から学ぶという事は、どれだけ月日や年月が経ったとしても悩みは皆同じところにあり。

それらを乗り越える力は皆にあるということを伝えている。

世阿弥はとても綺麗な少年で、周りからもてはやされて大事に大事に守られてきた幼少期。

父の跡を継いで芸の世界でも彼は力を発揮していく。

それだけではなく頭も良く、人と接する事に関して彼の言葉は胸にささるものを持っていた。

周りから容姿や存在を褒められる世阿弥。

しかし、彼はそこで自分ってすごいのだと勘違いをせず、自分と向き合うことを欠かさない人物であった。

周りから注目され持ち上げられていても、謙虚さを持ち芸の道への探究心は日に日に大きなものへと繋がっていく。

この追求する姿は、自分を奢らない、彼の生き方そのものが芸の道でも表現され、皆から認められる存在となり輝いたのだろう。

美とは見方を変えれば沢山の表現方法があるのだ。

▼秘すれば花あなたらしく咲き誇れ!!

その中に花を用いて問いかけている場面がある

『秘すれば花なり秘せずは花なるべからず』

秘めるからこそ花になる、 秘めねば花の価値は消えてしまうという事を表している。

人というのは意外性を喜びと感じ、後の展開がワクワクすればする程その状況の価値は記憶に残る最高なものとなる。

結末を最初にわかっていたら喜びも最高な記憶にも残ることはない。

何が大切かというと言葉は相手を思い良きタイミングの所で伝える事で相手をさらに感動させたり喜びに感じたりしてもらえるという事。

内に秘めるということは、すぐに伝えてしまえば大した事のない内容でも、今でしょっ!!ってタイミングで伝える事で相手に、3割増、いやっ10割増で、捉えてもらえるなど行動してみるとシンプルな考えなのだ。

▼トレーニングも秘すれば花理論

トレーニングの説明も同じで良きタイミングでトレーニングの知識を伝える事でその人の効果に大きな差が出てくる。

そして効果を実感できた喜びは継続へと繋がり更なる相乗効果となる。

美とはそのような表現と似ているのかもしれない。

外見だけに囚われず花の部分の心を見抜くことは、あなたにとって最高な出来事への始まりになるだろう。

容姿と心は最初から切り離す事は出来ない。

花を綺麗に咲かせるのもあなた次第ということだ。

▼ホントのアナタを引き出す

トレーナーの仕事をしていると、身体を鍛えパフォーマンス向上やボディメイクなど外見の美を追求する職業というイメージを強く持たれる方が多いと思う。

しかし、パーソナルトレーニングを受けに来られた方の美を引き出すためには、肉体だけ造るだけでは不十分である。

各人の、真の目的を明確にし、真の心の内を引き出してあげ、自身を理解出来た上で、結果に繋げるための初めの準備ができる。

パーソナルトレーニングは体(表面)を作りあげる事に尽きず、日常の変化に対応できる身体(心と体の表面と内面)を造る事が最も大切で、各人の目的のために、何が最善なのかを一緒に見つけ、ホントのアナタを引き出せたら最高ですね!

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