見出し画像

ホームスパンをめぐる親子三代の物語/小説『雲を紡ぐ』

本を最初に手に取ったのは、確か昨年の今ごろだった。この夏、仕事についていろいろ考えていたところ、ちょうどドラマ『ばらかもん』でも、主人公や島の子どもたちが自分の進む道について悩む姿が描かれていた。それを見ていたらこの本をめくりたくなり、本棚から再び取り出した。

著者は伊吹有喜さん。noteでたびたび私が記事にしている、推し小説『BAR追分』シリーズの著者でもある。

(以下、一部内容を含みます)


***

舞台の中心は盛岡

主人公は、些細なことがきっかけで不登校になった高校2年生の山崎美緒。電気メーカー勤務の父は、事業縮小でリストラされる寸前。教師の母は、生徒らからの誹謗中傷に悩み精神的に追い詰められている。冒頭から、美緒の家は崩壊寸前である。

家にも学校にも自分の居場所を見つけられずにいる美緒が、あることをきっかけに、ホームスパンの工房を営む祖父・山崎紘治郎のいる盛岡へと向かう。

羊毛を染め、紡いで織るホームスパンは、盛岡の伝統工芸品。小説は、ボタンを掛け違えた親子の話なのだが、作中には祖父らの手がけるホームスパンが、さまざまな工程を経て作品になるまでが事細かに描かれている。ふわふわとした羊毛や、紡いだ糸の感触、美緒が糸の色に思いを馳せる様子など丁寧な描写が続く。

さらに、読んでいると盛岡の自然や街の表情が鮮やかに浮かび上がってくる。紘治郎行きつけの喫茶店や地元で愛されるパン屋、名物のじゃじゃ麺、車を少し走らせて高松の池、岩手県民が一生に一度は登るらしい雄大な岩手山……。

ちなみに登場するパン屋は「福田パン」という。本を読んだ後、「もしかして実在するパン屋なのかも」と思って調べたら、本当に在った。ということは、他の店も実在するのかもしれない。盛岡を訪れたことがないので、想像を巡らせてワクワクする。

『BAR追分』シリーズと同様に、伊吹さんの文章からは街やそこで暮らす人の息づかいが聞こえてくる。街の様子は話の筋にダイレクトに関係しないのかもしれないが、ホームスパンの温もりと人の温もり、街の温もりがひとつになって美緒をくるんでいるように思えるのだ。

わかり合えない母と娘

繊細な高校2年生は、いつも家族に自分の意見を言えないままやり過ごす。彼女はマイペースで無口な父・広志や紘治郎の血を引いているようで、すぐに明確な答えがほしいタイプの母・真紀とはもともとそりが合わないのかもしれない。わかり合えない母と娘のやり取り。自分も母子関係には相当悩んだ(今でもだが)ので、文中からピリピリとした真紀の威圧感が感じ取れて恐ろしい。それは彼女が育った環境も影響していると思われ、親子の悲しい性のようなものも感じられる。

中盤になって、真紀が娘の美緒に対してもっとも感情を爆発させるシーンがある。皮肉にも、美しい緑と水に囲まれた紘治郎の工房の様子が対照的に描かれており、真紀のドロドロとした心情がより顕著に。美緒を心配する気持ちは全員同じなのに、こんなにもすれ違うのかと私が絶句した場面である。

一方の父・広志には、自分の母親(美緒の祖母)の死をめぐって紘治郎と疎遠になった経緯がある。偉大な職人である父親にとっての自分。こちらも長年こじらせている。だが、紘治郎の元に美緒が突然現れたことで、やがてこの父子関係にも変化が訪れる。

進む道を探るときに読みたい

高校2年生といえば、将来について悩み始める年齢だ。美緒が少しずつ周囲に馴染み、素直な自分の気持ちを言えるようになっていくのは微笑ましくもあり、どういうわけか非常に勇気づけられることでもあった。

すっかり大人で先の見えている自分ですら、自己肯定感の低い美緒の成長を見て「自分にもまだ目の前に幾つもの鍵がぶら下がっていて、開けずにいる扉があるのではないか」と、前向きな気持ちになれたのかもしれない。私は、茨木のり子さんの「鍵」という詩を思い出していた。


本を読み終えて温かな気持ちになるのは、やはり『BAR追分』と同じだった。追分シリーズと同様に、何度も読む一冊になりそうだ。

***

この小説がドラマになったら、誰が美緒を演じるだろう。難しいな。……と、またもや妄想キャスティング。ここからはお暇な方、興味のある方、お付き合いください。

山崎美緒(主人公)/2、3年後の稲垣来泉ちゃん *2024.4月 追記/當真あみちゃんも!
山崎紘治郎(美緒の父方の祖父)/寺尾聰さんか、鬼籍に入られているけど緒形拳さん
山崎広志(美緒の父)/大泉洋さん(無口な役をぜひやってほしい)
山崎真紀(美緒の母)/吉田羊さん
川北裕子(広志の従姉)/松下由樹さんか、小泉今日子さん
川北太一(裕子の息子)/青木柚くん
広志の母・香代(美緒の父方の祖母)/風吹ジュンさん
真紀の母(美緒の母方の祖母)/夏樹陽子さん

私が読んだ手触りとしては、こんなイメージです! いつかドラマにならないだろうか。そしたら、盛岡の街も映像で楽しめるのに!(もちろん現地ロケで撮影ですよ!)


小説『BAR追分』について書いたnoteはこちら。

(追記)
このキャスティング、あれ?なんか見たことあると午後からずっと考えていた。そうだ!日曜劇場『ラストマン -全盲の捜査官-』じゃない? 予期せずこんなことに(笑)。

記事を読んでくださり、ありがとうございます。世の中のすき間で生きているので、励みになります! サポートは、ドラマ&映画の感想を書くために使わせていただきます。