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パワー・オブ・ザ・ドッグ

を観たので、感想を書こうと思います。(基本ネタバレを普通にします)

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ベネディクト・カンバーバッチ主演、ジェーン・カンピオン監督作の、本年度アカデミー作品賞の本命馬。
ジェーン・カンピオンは『ピアノ・レッスン』が有名である。
Netflix配信映画で、この作品が作品賞を穫れば、今後のアカデミー賞や映画界の構造も大きく変る分水嶺的な作品だが、どうせあと数年の後には配信映画でも穫れるようになるだろうから、早いか遅いかである。

今作は、西部劇である。然し、別に拳銃がどうのこうの、ガンマンがどうのこうの、という類ではなく、もう少しミニマムな話である。

簡単に物語を要約すると、凄い荒くれ男(カンバーバッチ)がおり、あるレストランで働いていたシングルマザーのなよなよした息子を虐めていると、どうやら弟がそのシングルマザーを好きになって、結婚してしまった……。糞、あの女、俺達の金が目当てなんだろう?(実際にこのセリフを吐く)あの弱っちい息子も俺の親戚かよ…と思っていたら、あの息子、俺の秘密にまで気づいちゃったのか?という、お話。

基本ネタバレで書くが、この映画はクリント・イーストウッドの監督作、『J・エドガー』的な、実は糾弾される側だから、必要以上に糾弾しちゃう、的な、哀しい話である。

荒くれ男であるカンバーバッチは、時代のせいもあるが、本当の自分である、同性愛者である自分を、必要以上のマッチョイズム、カウボーイイズムで包み隠そうとする。なよなよしているシングルマザーの息子ピーターは彼の鏡像であり、剥き身の自分を突きつけるような存在である。
基本的には、他人とは鏡像である。『ザ・バットマン』におけるリドラーがバットマンの鏡像であるように、他者は自分を映す。
創作物とは、主人公に対して鏡像となる人物をおき、アイデンティティの確認と相克を描くのが基本的な構図である。

ピーターを演じる、コディ・スミット=マクフィーは今作の最大の収穫である。最近はティモシー・シャラメがああいうダウナー王子の代表格的になっているが、コディの方が繊細で美しい。

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ピーターは序盤からかわいいコラージュ本を作ったり、ドライフラワーの花瓶で自分が働いているお店の机を彩ったり、大変に趣味のいい男なのだが、バカのカンバーバッチはそれが気に食わない(失礼、カンバーバッチではなく、主人公のフィルでした)。

カンバーバッチは、なよなよしてんじゃねーよ、とピーターに偉そうに言うが、中盤、秘密の宝物(彼の兄事する愛する亡き男性)の真白なスカーフをクンカクンカしてマスターベーションの桃源郷に入るのだが、まぁそれをピーターに見られるわけだ。ピーターに気づき、何見てんだこのやろーと、フルチンで彼を追いかけるカンバーバッチは素敵な男である。
まぁ、このオナニーというか秘密のシーンは、とても美しい撮影がなされている。
序盤、弟と妻との逢瀬の声が隣の部屋にいるカンバーバッチの耳に入ってくる。昔の屋敷は壁が薄いのである。カンバーバッチは舌打ちしてそこから出ていくが、彼は女性が大嫌いである。
そんなカンバーバッチは後半ピーターに取り入ろうとしてんのかよくわからんが、親しげにし始めるが、ピーターは普通にカンバーバッチを恨み続けていた。
よくわからんマッチョイズムな説教もムカつくし、薄っぺらい男だな、的な軽薄の目線を持ちつつ、ある復讐計画を進めていくのである。

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とにかく、人を馬鹿にすると痛い目を見るよ、という映画である(いや、そんな話なのだろうか?)
そして、自分を解き放つのは大事なことである、という側面もある。カンバーバッチは作中、基本的にイキっており、ドヤ顔だ。その上、常に怒っている。その怒りは本来は自分に向いているはずなのだが、他者に対しての攻撃性へ転化されることで、刃は実害を持って返ってくる。
そして、最後には、彼は男のシンボルとも言える髭を剃られて、彼が忌み嫌っていたピーターのような容貌になるのだ。

然し、カンバーバッチもまた、現代とは比較にもならないほどの重圧があったことは想像に難くない。

私はこの映画を観ていて、『ピクニック・アット・ザ・ハンギングロック』を思い出した。

これはオーストラリアの映画で、実際にあったという(嘘説)集団神隠し事件を元にしている。
女生徒たち十数名が、遠足で行ったハンギングロックで消えてしまう、という話で、中盤までは幻想的なピクニックの光景が楽しめる。

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なぜこの映画を思い出したのかわからないが、画面の色合いがとても似ているからかもしれない。

『パワー・オブ・ザ・ドッグ』は西部の男の話だが、然し映されている光景は非常に美しく、クリームの色合いすら漂う色彩である。
撮影が美しいのは、ハリウッド映画の強大な力である。
とにかく画面の美しいこの映画は、台詞も少なくて人を選ぶが、良い作品でした。


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