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【名作映画感想】第4回『レスラー』

 こんにちは、buchizashiです。超個人的名作映画感想、第4回はダーレン・アロノフスキー監督、ミッキー・ローク主演 2008年 映画『レスラー』です。

 ダーレン・アロノフスキー監督は映画「ブラック・スワン」(2010年 ナタリー・ポートマン主演)での活躍が記憶に新しいです。(っても、もう10年経ちますか。)
 主演のミッキー・ロークは最近だと活躍は少ないですがエクスペンタブルズやアイアンマン2に出てましたかね。

 今回この映画を取り上げた理由は、前回の第3回に取り上げたPIXAR最新作『ソウルフル・ワールド』を見た後、テーマ的に見返したくなったからなのです。テイストの全く違う映画ですが(しかも客層は全く違うでしょうがw)よろしければこちらもご参照ください。
 個人的には『ソウルフル・ワールド』評2として、この評を書き残しておきます。(正気ですよ。)
 そのため、この記事から読まれた方は意味不明だと思いますが、ソウルフル・ワールドとの対比、内容の説明など挟みますのでご了承ください。。。。

 この映画と出会ったのは大学生の時でしょうか。高校生でアメプロ、特に今は無きWCWの晩期にハマっていた私は抵抗なく飛びつき、そしてやられました。夜中飲み屋で友人とこの映画について語り尽くした記憶が昨日のようです。以降は何度となくこの映画を見ていたのですけど、子供が出来てから見るのは初めてでした。
 
 さてソウルフル・ワールドとの共通点とは?その先の男達の物語はどう語られるべきなのか?振り返って参りましょう!

今回も
・あらすじ 
・まだ見ていない方への見どころ 
・個人的考察 
・まとめ
で進めて参ります。いってみましょうー!

あらすじ

 1980年代全米のマットを賑わせていたランディ”ザ・ラム”ロビンソン(ミッキー・ローク)も20年経った現在では人気も底を付き、スーパーのアルバイトで生計を立てつつ、トレーラー暮らしの家賃すら払えず、家族にも見放され一人孤独に暮らしていた。寂しさを埋めるため、同じく落ち目のベテランストリッパー=キャシディ(マリサ・トメイ)に通い詰めるつたない日々。それでもプロレスへの愛情は尽きること無く、タダ同然の安いギャラでインディー団体の地下リングに毎週末体を張り続けるのであった。そんな中、かつて世紀の名戦とされた「vsアヤットラー」のリマッチをメインに据える興業を数ヶ月先に計画しているという話が持ち上がり、気持ちを高めるランディ。しかし歴戦の傷とステロイド乱用はランディを蝕み、人生をかけた再起戦を前にランディは心筋梗塞で倒れてしまう。医者にプロレスを止められ、いよいよ自分に残されたものを見つめ直し、絶縁状態の一人娘ステファニー(エヴァン・レイチェル・ウッド)の元を訪ねるのだが。。。。

監督 ダーレン・アロノフスキー
脚本 ロバート・シーゲル
製作 ダーレン・アロノフスキー スコット・フランクリン
製作総指揮 ヴィンセント・マラヴァル
出演者 ミッキー・ローク マリサ・トメイ 他
音楽 クリント・マンセル
主題歌 ブルース・スプリングスティーン
撮影 マリス・アルペルチ
編集 アンドリュー・ワイスブラム
製作会社 Wild Bunch Protozoa Pictures Saturn Films
配給 フォックス・サーチライト・ピクチャーズ
公開 アメリカ 2008年12月17日 日本2009年6月13日
上映時間 115分
製作国 アメリカ
製作費 $6,000,000[1]
興行収入 $44,703,995[1]

 作品全体は、第65回ヴェネツィア国際映画祭金獅子賞を筆頭に54個の賞を受賞。主演のロークは、第66回ゴールデングローブ賞主演男優賞を筆頭に、各地の映画祭で主演男優賞として22回表彰。ゴールデングローブでは主演男優賞以外にも歌曲賞を受賞し、第81回アカデミー賞では主演男優賞[16]と助演女優賞にノミネートされた。
以下あらすじ自記、スタッフ情報等抜粋 Wikipedia参照

まだ見ていない方への見どころ
”理想の中で生き、理想の中で死ぬ男達”

 冒頭からドーンと疲れ切ったこの背中。
ここはなんですか?託児所みたいな場所?が、控室。

 まずなんでソウルフル・ワールドからR15指定のレスラーが出てくるんだと、頭おかしいのかと思われそうな気がします。前回の「ソウルフル・ワールド」は人生のあり方にテーマを当てられたものでした。平凡な人生への肯定は、特に着飾った目的を見いだせなくとも、人は生きるに値するという、とても優しいメッセージを自分は受け取りました。

 しかしながら、果たしてそう簡単に割り切れる人ばかりなのでしょうか?あの映画の若干違和感だったところの一つです。自分の人生の価値を問いただす立場の主人公が、あの広大な世界の中で”たった一人しかいないの?もっと同じ境遇の人はもっとたくさんいるでしょうに。と思いました。
「人生の輝きの瞬間を追い求めることが、生きる目的では無い。」とされていましたし、主人公も最初は理解できていませんでした。

、、、でも追いかけずにはいられない人だって、世の中いるんだよ、、、!
という方の為の映画、それが今回の「レスラー」であり「明日のジョー」であり「ロッキー」であり、という訳です。そのため人生が好転するかどうか、「迷子のソウル」になるかどうかは解らないのですが、非常にリスキーな人生である事は間違いないでしょう。

 今回の「レスラー」はそんな”理想の中に生き、理想の中に死ぬ男達”の物語の一つです。哀れで、不器用で、優しくて、そんな男が大切に大切にしていた火。昔は燃え上がるように巻き上がった炎も、老いとともにくすぶってしまっていた火。ふたたび激しく燃え上がらせる事が出来るのか。

本当に、燃やしてしまっていいのかーーー!!??
うわーーーランディーーー飛べーーーっ!!ラム・ジャムだー!
んーーーーあーーーやっぱ飛んじゃダメだーーーーー!

まるで生のプロレスを見ている感覚で、拳を握りしめて楽しんでいただきたいと思います。是非ご覧になってください。

 ちなみに、プロレス初心者の方。
「プロレスってヤラセなんでしょー?」と2021年でまだそんな事言ってるそんなあなたに、是非見ていただきたいですね。”プロレスラーの凄さ”、わかると思います。

 さらに、もしかしたら女性にはまっったく共感を得ないかもしれません。ランディは女には優しいんですけど、基本80’sアメリカン大味概念の塊でできている男で、基本だらしない男ですから。すごくドライな目で「いや、綺麗に事を片付けてるんじゃ無いよ。」と説教を食らう可能性は高いと思います。
 男性諸君、いい映画だったからと間違って彼女に勧めると、ドエライ目に遭うかもしれないから気をつけて。。。

※ここからはネタバレ要素を含みます※
※映画をご覧になられてからご参照下さい。※

個人的考察① 
「生きる意味なんてないだと?ふざけるな!」
生きる意味を追い求めた男達

 皆さんいかがでしたでしょうか?ランディの人生、最後の選択をどう捉えますでしょうか?うらやましいでしょうか?はたまた、憐れでしょうか?

 何はともあれ、ラストのあの表情、言葉はいらないあの表情、素晴らしかったです。ご覧になった誰しもがあの表情を見て、「彼は幸せな最後の選択をしたのだ。」と理解出来たのでは無いでしょうか?そこは決して大きな舞台では無く、小さな小さなマットの上だったとしても。。

ランディ、幸せそうだ。おまえの場所は、ここだ。。
何回見ても心ゆさぶられるシーン。

さて、先述したとおりこの映画はソウルフル・ワールドの余韻に浸って前回の記事を書いている最中にわき上がってきた感情から選んだ一本でした。ようは「生きる意味」を追い求めなくても十分生きてていいんだよと教えてくれたソウルフル・ワールドに、「うるせえっっ!」のビンタ一発かましているのがこの作品に感じられたからです。

人生は、どんなパンチよりも、重くお前をぶちのめす。”
人生ベスト映画シーン「ロッキー・ザ・ファイナル」から。
ロッキーも言うように、人生は辛い。それを受け入れ飲み込むか、はたまた張り手で返すか。君ならどうする。

 ランディだって、ソウルフル・ワールドと同じ結論に辿り着こうと、一瞬はしましたよね。日常に幸せを求めてみました。

 スーパーのバックヤードから売り場に歩く、そこにはテーマソングと観衆の喝采が、、、(アメプロだとよくあるシーンなんですよ。ビル・ゴールドバーグなんか典型的でした。)
 開かれたカーテンの向こう側には、何も無い。ここで娘の為に、夢を諦め、静かに暮らすのも悪く無いんじゃ無いか?自分の良さをここで示していけばいいじゃ無いか。そう決意したランディは、流石のエンターテイナーっぷり、仕事も良好、自分の中でも手応えを感じた様子でした。

どー見たって普通じゃないいで立ち。
ちょいちょい入れる下ネタが商売の秘訣。

人生変えてみせると涙。嘘じゃあ無いんだけど。。
孤独と向き合い、心が悲鳴を上げている男の悲しき姿。
(この後全て台無しにする)

 が、ご覧の通り、人生で1番忘れちゃいけない約束をツルッと忘れてしまうランディ。ばかだねえ。。。。ほんとばか。。弁明の余地はありません。
うまく行く時は楽しかった仕事も気持ちが乗らず、更には「お前ラムだよな??」の質問に動揺してしまう。「こんなシミッたれた場所にいるのがラムだって?冗談じゃない。ラムはもっとハードコアな存在なんだ!」とブチ切れて肉切りマシンで指を自傷し、去っていきました。

 はい、ここでソウルフル・ワールドで言う「迷子のソウル」になりました。日常に喜びを感じられてはいましたが、そこへ腰を据えるのはランディのプロレス一筋の人生においては、難しかったのですね。

 あのままスーパーのバイトで真面目に働く未来もあったでしょう。そこに”きらめき”を見出せれば生きるに充分。。。。の、はず。

 しかし彼は人生を賭けたプロレスラーなのです。自分の生きる道はそこには無いと、全てを捨てて飛び出します。前回の評でも申し上げましたけど、「人生における輝ける瞬間=生きる目的」とする者たちが輝き続けるには、そこで死ぬしか幸せはないのではないかと。(だからこそソウルフル・ワールドは警鐘を鳴らしている気もします。)

 それを愚かだと切り捨てれるでしょうか?あまりにも彼らの人生は泥臭く、惨めで、それでいて華やかに燃え盛っていて、灰になっても尚、美しいと感じてしまう、私たちはそんな魂が情熱で焼き尽くされる瞬間を”美しい”と感じてしまう生き物である事も認めなくてはならないのではないかと思うのです。どうだろうPIXAR?そこには美談は間違いなくあるはずだ。

梶原一騎/ちばてつや の名作「あしたのジョー」最終戦の一コマ
命をすり減らし、生きる悲しさと美しさ。
極み突き詰めると、そこには美しさがあるのも事実。

 勝利とは別次元の充足を得る為、全てを捨ててマットに上がろうとするランディ。その控室でのキャシディとのシーン。たまらなく気持ちが締め付けられました。もし、キャシディがランディのかけがえのないパートナーとなっていたら、また未来は変わってたかもしれません。ですが時既に遅し、ランディの精神の居場所はもうマットの上、観客の声援の中にしか無いのでした。。。。

 振り返るランディの視線にはキャシディはいない。全てを吹っ切り進むランディ。余談ですが、あの「振り返り、誰もいない寂しさの表情」シリーズは映画「クリード2 炎の宿敵」でドルフ・ラングレン演じるドラゴが客席に妻がいない事を見つけ絶望するシーンがお勧めです。未見の方、必見です。

「私がいるわ。。」を、もっと早く聞ければ。。

ちなみに、ここのシーン
「好きなの!矢吹くん!あなたが!!」の白木葉子とほぼ同一説

個人的考察②
命をかけた美談の持つ、深い闇と毒

 勝利ではないもの、自分の中のかけがえのない衝動に命を燃やし、輝き、そして悲しく散っていく美談は、追い求めきれなかった私たちの心をわしづかみにします。だからこそ、散りゆく最後に「行け!ランディ!飛べ!」と背中を押してしまいたくなるのです。(そら、あんな顔されたら見送るしかないじゃないですか。。)

 ですがね、この感情には”毒”も多分に含まれていると思うのです。”猛毒”です。なぜなら、この現実世界にも、たった今も、命を燃やし尽くすプロフェッショナルが、数多くいるわけです。

プロレスということで、ほんの一部ではあるが、
命を燃やし、惜しまれつつリングを去って行った男達。
高山氏は現在も闘病中。負けるな!!ノーフィアー!

畑違えど、自分の好きなジャンルから。
The Notorious B.I.G. & 2PAC
彼らも若くして、その才能に身を捧げ、去って行った。。。

 彼らの捧げた命、激しく燃えさかった命を賞賛する事は、その反面彼らの命を削ってしまっているのではないかという罪悪感も感じずにはいられません。彼らはその命を、ファンである我々の為に捧げてくれているわけです。ランディもしびれる台詞を口にしていました。

「俺の引退を決めれる奴は、おまえ等ファン達しかいないぜ。」

会場は大盛り上がり。
でも我々は知っているんです。この後彼がどうなってしまうかを。。。
知ってたら、引いちゃうしね。
絶対に言わない。それがプロレスラー。

 ファンの声に応えるプロ。それを称える客。やめて欲しいと言ったら、彼らはやめることは出来るでしょうか。。。私には解りませんし、ファンとして本当に複雑な気持ちです。ただ一つ言えることは、命を燃やした彼らの人生というものは、だからこそ尊く、究極であるのです。真似できない。これ以上傷ついていく彼らを見たくは無いというのも本心です。。。。。身体大事にしてくださいね。。。。

個人的考察③
虚構と本物が織りなす究極のエンターテイメント
「プロレス」

 私の知る限り、この映画ほどプロレスの「正体」をコンパクトに、かつわかりやすく正している媒体も珍しいかなと思いました。

 プロレス好きを公言していると、よく言われるんですよ。「ヤラセなんでしょ?プロレスって」って。どう答えていいかはいろいろ複数パターンあるのでその質問者に合わせて答えるようにしているのですけれども、その実、自分だってその実態を知り尽くしているわけではありません。

ですから、揺るぎない事というものが二つ存在しますよ、と言っています。

①プロレスはスポーツであると同時に、エンターテイメントでなくてはならない。
②プロレスラーは技を受けきらなければならないし、そこで繰り広げられる身体のぶつかり合いは間違いなく”本物”で、素人がやったら確実に死ぬ。

この説明に、話だけ聞いてピンと来てくれる人はあんまりいないんですよね。悲しいことに。「サーカスでいいじゃん」とかぬかしたヤローがいましたね。(怒)(だんだん口調が乱暴になってくるのを自覚します。いいじゃんて、サーカスに対しても失礼だろ。)

 ともかく、この映画ではプロレスの虚構と真実について見事に表現してくれたと思ってます。実のところはレスラー同士にしか解りません。だし、正直タイトルマッチに関しては勝敗の行方は決まっていないものと、未だに信じています。(魂と肉体をすり減らした先の、ラストマンスタンディングが勝者なんじゃい。)この映画では特に地下デスマッチ戦にて過激な描写な出てきますが、デスマッチこそ一番わかりやすいプロレスの形ですよね。あの傷、あの怪我、あの疲労、あの血しぶき。全部本物なんすよ。

日本を代表するデスマッチレスラー、葛西純選手。
おいあんたら、この人の身体見ても、まだヤラセっていうんかい?

 はあ、少し肩の力を抜きましょう。まあ、ここからは好きな話をさせてください。旧アメプロファンとして刺さった部分を見ていきますね。

粗暴に見えても、プロレスラーは子供のヒーロー。
どんなに貧しくとも子供と優しく接してくれるランディ。プロですなあ。

楽屋じゃ皆が皆を称え、リスペクトを送る。
死線をともに渡っているんだから、友情こそ芽生えて当たり前。。。
マットの上じゃ真剣勝負だけどな。

引退レスラーのファンミーティング。武藤敬司氏がたまにTwitterにあげているよね。往年のレスラー達と。ここまでアングラな会は映画を通して初めて見たけど、、写真8ドルかあ。。。

「彼の義足を使ってやってくれ!!」の声に応えるランディ。
レスラーは弱者の味方だぜ。

”打ち合わせ”のシーンと、その後のボロボロの描写。
先に打ち合わせを見せておいて、「何がどーなたら、そーなったw?」を、
各所の傷で振り返って見せてくれるデスマッチシーン。最高。
”虚構”の部分と”本物”の部分。二人で最高のショーにしながら、
最後に立ってた方の勝ち。それがプロレスじゃんな。

フィニッシュホールドがトップロープからのダイビングヘッドバッド、
”ラム・ジャム。”いかにも80年台でとてもいい。
しかしランディよ。あれだけ90年台が大っ嫌いと言っておきながら
そのルック、完全に90年代レスラーの格好でしょ。
金髪ロン毛(ケビン・ナッシュ感)とか、
そのタイツは80年代じゃルチャしかはかなくない?短スパッツはきなよ!

あー、満足した。

まとめ

 みなさんいかがでしたでしょうか。人生は難しいですね。正解なんてないかもしれません。前回のソウルフル・ワールドの伝えたいこと、今回のレスラーの伝えたいこと、お互いどちらも感情移入できて悩ましい。誰しもの人生も難しく、こじれてて、歩むだけでドラマが生まれているのだなあと、しみじみしました。どちらもとても素晴らしく面白かったと思います。

 レスラーに関しては、やはりなんと言っても主演のミッキー・ロークの演技だけで無く、完璧な「レスラー体型」の体現ですよね。あれが無いと始まらないし、あのルックだけでかつて”本格”だった雰囲気が出ているんですよ。(ちょっと足が細い当たりもロートルの悲しさを醸し出してていいのですよ。)最近は個人的にあまり追いかけなくなったプロレスですが、また熱が生まれてきそうです。

 はじめに言いましたけど、この映画、女性には総スカンでしょうし、”毒”の話もしました。痛すぎる描写は人によっては嫌悪を与えてしまう可能性もあるでしょう。それもまたひとつの正解です。

 人生を映画に学ぶスタイルで書き進めていますが、人の数だけ人生があり、その数だけ映画はあるのだと思っています。どんどん掘り進めていきたいものです。いつか自分に還元出来る日は来るのでしょうか?

 今回も駄文長文失礼しました。次回はそろそろ邦画が見たいなあー。。。

リクエスト、ご意見、是非とも募集中です!

 buchizashiでした。それではまた。

ラストは気持ちがいいほどの80’sアメリカン感でニルヴァーナをDisるランディでシメ!

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