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【第9話】網膜剥離闘病記 ~網膜剥離になりやすい人の特徴。手術は滅茶苦茶痛い!?~

手術の翌日、暇な1日が始まる。

朝食と午前中の過ごし方

 朝の診察が終わると8時からは朝食の時間となる。朝食はランダムにパンかご飯が出るが、事前にどちらかを選ぶこともできる。僕は普段朝食を摂らないので、食べるとしたらご飯が食べたいと思い、朝食の出る2日目の朝も、3日目の朝もご飯を希望した。好き嫌いやアレルギーの希望も出せるので、牛乳でおなかがゴロゴロする僕は、牛乳が出る際は豆乳に変えてもらうようにした。
 この日の朝食はご飯とお味噌汁、小松菜としめじのお浸し、鶏ささみとジャガイモのスープのような煮物、豆乳で、院内食だけに薄味だがおいしくいただける。ふりかけ付きなのもありがたい。
 
 ここから退院までは、朝と夜の診察と、朝、昼、夜の検温と血圧測定、1日4回、2種類の目薬の点眼以外は僕には予定がない。一定以上まで眼球を動かさない限りは痛みのそれほど感じなくなっていたので、ひたすら暇な1日が始まる。高校野球の季節ならテレビを見て過ごせるが、あいにく1月後半に地上波で放送されるスポーツイベントは無かった。この日からは院内であれば病棟以外への外出も許可されていたので、9階にあるコンビニへ出かけてペットボトルの飲み物とスポーツ新聞を買ってきてデイルームで過ごしたが、それも午前中には読み終わってしまい結局また暇になった。
 病室に戻ると看護師さんが僕を探していて、話を聞くと今日から入浴ができるので、予約を取りに来たとのこと。病棟にはシャワー室が各階1~2つずつしかなく、30分区切りで事前に予約をして利用する。夜の時間帯はすでに予約がいっぱいだったので、自分が一番退屈しそうな午後3時に予約を入れた。

昼食と同室の人々

 12時に昼食の時間となり、この日のメニューは和風あんかけハンバーグ(鶏つくねかもしれない)と、とろろと、ほうれん草のお浸し、主食はひじきと枝豆の混ぜご飯だった。病院食で塩味が少ないので文字通りの意味で味気ないのだが、ベッドを仕切るカーテンを閉めて、病室の白い壁に向かって食べる食事はやっぱり味気なく感じた。食事が終わり、歯を磨いていると隣のベッドに看護師がやってきて、「予定通り本日退院できますよ」と伝えていた。その患者さんも目の手術で入院をしているようで、退院後の目薬の点し方や生活面での注意点などを聞いて、荷物をまとめて病室を出て行った。
 同じ病室の3人とは、カーテンで仕切られているので顔を合わせることはほとんどない。トイレのタイミングや食事をとりに行くタイミングで鉢合わせることはあるが、僕はその日退院する初老の男性しか見たことは無く、看護師と話す声は聞こえるので、おそらく他のふたりも高年齢の男性だという事はわかったが、結局そのふたりとは僕は一度も顔を合わせることはなかった。
 午後になるとまた暇になってしまい、Wi-Fiの繋がるデイルームでゲームをしたり、自宅のペット見守りカメラの映像を眺めたりして過ごした。窓の外は少し曇っていて、予報通りだと夜中には雪になるらしい。

シャワータイム

 入浴の予約をしている午後3時にスタッフステーションに行くと、レンタルのバスタオルとドライヤーと、バスマットとして使うペットのトイレ用シーツと同じ素材の吸水シートを手渡され、入浴の説明を受けた。シャワールームの利用可能時間は30分で、その間に着替えもドライヤーも終わらせるルールだった。僕は自宅でも浴槽に浸かるよりはシャワーで済ませることの方が多く、15分もあればシャワータイムは終わるので、残りの15分あればドライヤーで髪を乾かすには十分な時間だ。他の制限としては、術後なので右目にお湯やシャンプーの泡が入らないようにすることだった。
 浴室の扉を開けると畳2帖ほどの脱衣スペースがあり、洗面台と鏡が設置されている。その奥には同じく2帖ほどのシャワールームがあり、どちらにも手すりがついている。浴槽がないのに広々としているのは、車いすで脱衣所もシャワールームも入れるように設計されているからなんだろうなと思った。
 僕は自宅でするのと同じようにまずは浴室を温めるためにシャワーを出してから脱衣所に戻って服を脱ぎ、アルミの眼帯とガーゼを外して再度シャワールームに入った。
 いつも通りに目を閉じてシャワーを浴びるが、なぜか“見えている”気がしてそのまま鏡のある方向に顔を向けると、右目が閉じていなかった。手術で右目が腫れているからなのか、まぶたを閉じる筋肉の問題なのか、シリコンバンドのせいで眼球の大きさが変わったのか、理由はわからないが普段の力加減だと右目が閉じないことに気付いた。このまま気づかずにシャンプーをしていたら大量の泡が目に入っただろうなと思い、小児がお母さんにシャンプーしてもらう時のように必要以上にギュッと目を閉じて髪と顔を洗った。
 入浴が終わり脱衣所で体を拭き、髪を乾かしてから新しいガーゼで右目を覆い、アルミの眼帯を装着した。鏡で顔をよく見ると、手術前、右目の上にマジックでつけられた麻呂眉のような印がまだ消えていなかった。

隣のベッドに来た新入り

 風呂上りから夕食の時間まではまた暇になってしまうのだけれど、普段は仕事に追われたり、休日でもぼーっと過ごしてしまうことに勿体なさのような感覚になってしまう、所謂“なにかしなくてはいけない”日々が続く中で、なにもしなくてもよい(したくてもできないからやらなくてもよい)時間を過ごすのもたまには悪くないなと思った。僕はもう少しの間の“なにもしない”を楽しむことにした。
 病室に戻ると僕の隣のベッドには既に新しい入院患者が入っていて、看護師と話をしていた。片言の日本語を話す東南アジア系の若い男性で、急遽入院して今夜手術の予定らしい。詳しくはわからなかったが、内臓から何か(石?)を取り除く手術を受けるようで、病室でもかなり痛そうな様子が窺えた。
 6時になって僕が夕食を受け取って戻ってくると、その彼は車いすに乗せられて手術に向かうところだった。車椅子の通行の邪魔にならないように食事のトレーを持ったまま通路を開け、昨日の自分もあんな感じだったんだろうなと点滴をぶら下げた車椅子を見送った。

第10話へ続く

#創作大賞2023


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