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【MLB】2022年アメリカ野球殿堂入りについての所感【ステロイド時代】

※すべて無料で閲覧可能です。

 日本時間の1月26日午前8時,2022年のアメリカ野球殿堂入り選手が決定しました。殿堂入りのためには全米野球記者協会(BBWAA)の記者投票で75.0%以上の得票を得る必要があり,今回の投票でその資格を得たのはボストン・レッドソックスの英雄であるデイビッド・オルティズ(David Ortiz)ただ1人という結果になりました。

 反対に,有資格年限である10回目の投票を迎えたバリー・ボンズ(Barry Bonds),ロジャー・クレメンス(Roger Clemens),サミー・ソーサ(Sammy Sosa),カート・シリング(Curt Schilling)は75%の壁を越えることができず,あえなく失格となりました。

★アメリカ野球殿堂入りの条件★
 殿堂入り選考の対象となるのは、MLBで10年以上プレーした選手のうち、引退後5年以上が経過した選手。
 選考対象となった選手は全米野球記者協会(BBWAA)の適性審査委員会で殿堂入り候補者とするか否かが議論される。候補者として認められると、殿堂入りの可否を問う投票にかけられる。BBWAAに10年以上所属している記者に投票資格が与えられ、通常25~40人の候補者のうち最大10人までの名前を書いて投票する。得票率75%以上の候補者が殿堂入りとなる。得票率5%以下の候補者はその回限りで候補から外される。得票率5~75%の候補者は次年度の審査・選考に持ち越されるが、10回目までに75%の得票が得られなければ11回目からは候補から外される。この候補者については一定期間を経た後、ベテランズ委員会で殿堂入りが審査されることになる。

 当アカウントではこれまで3~4本の記事にて今回の投票を取り上げてきましたが,本noteはそれを踏まえた上での総括とさせていただければと思います。


①Ortizの1年目殿堂入りについて

David Ortiz

 2004年,ALCSでNYYを土俵際で競り勝つなど「バンビーノの呪い」を解き放ってWS優勝。その後も2度の優勝を経験し,計3回美酒を味わったドミニカンスラッガーがDavid Ortizです。人格者としても知られ,痛烈な打球をIchiroに好捕された際のリアクションを捉えた映像は本邦でも大変人気を博しています。引退後もアナリストとして試合中継などに度々露出し,いつまでもかわらないキャラクターで野球ファンから愛されている印象です。

★David Ortiz
2408試合 打率.286(8640-2472)541HR 1768打点 1319四球 出塁率.380 OPS.931 140wRC+ rWAR55.3

【受賞歴】
本塁打王×1回,オールスター×10回,シルバースラッガー賞×7回

 このように個人受賞歴も文句のつけようがなく,私自身もここだけ見れば殿堂入りに相応しい選手と感じています。
 しかしOrtizが殿堂入りする上では大まかに2つの障壁があったのではないでしょうか。

(1)禁止薬物使用疑惑

 何度も取り上げてきましたが,Ortizには2009年に「処分を行わない前提で実施した2003年の禁止薬物テストで陽性(Positive)反応が検出されていた」というスキャンダルがありました。

★概要
2002年8月30日に「共同薬物プログラム」を含んだ新たな労使協定(CBA)が発表されると,2003年にMLB選手を対象として総計1,438件の尿検査を実施。匿名を前提にした本検査では,全体の5〜7%がステロイド陽性であったとされていた。実際には104人が陽性であったとされ,2009年にはそのうちの4人がAlexRodriguezSammySosaMannyRamirez,そしてDavidOrtizであることがスクープされた。

 アメリカ野球殿堂,ひいてはBBWAAの大半は2000年代中盤から禁止薬物使用選手に断固とした姿勢を貫いており,今までRafael PalmeiroMark McGwire,そしてJosé Cansecoなど,多くの実績を持ち合わせていながら「薬物検査で陽性反応が検出された選手」もしくは「自ら禁止薬物使用を認めた選手」はことごとく失格としてきました。
 ここに倣うならばOrtizも今後10年間の投票で75%に達せず,BBWAAを通しての殿堂入り資格を失ってもなんら不思議はないように思います。しかし結果は初年度での殿堂入りと,かつての前例とは対象的な結果となりました。

 考えられる理由として,Ortizが陽性となった2003年の薬物検査の精度・正確性にあるでしょうか。実は2003年に行われた検査では,「規制されていなかった物質にも陽性反応を示していた」という情報もあり,Ortizが禁止薬物を使っていたとは言いきれないとされています。
 また2016年にはMLBコミッショナーのRob Manfredが非常に興味深いことを話しています。

(一部抜粋)
There were at least 10 false positives in the survey testing, Manfred said Sunday before Ortiz’s final regular-season game at Fenway Park, and it’s possible that Ortiz was one of the false tests.
Manfred confirmed that Ortiz also has never failed a drug test since MLB implemented its drug policy in 2004 and strengthened it numerous times in the decade-plus since.
“Even if your name was on that (anonymous) list,’’ Manfred said, “it’s entirely possible that you were not a positive.
“I don’t think anyone understands very well what that list was.’’

Manfred questions David Ortiz's positive drug test, urges leniency by Hall voters

★意訳
ManfredがフェンウェイパークでのOrtizのレギュラーシーズン最後の試合前に述べた言葉。
調査テストでは,少なくとも10件の偽陽性があった
「そして、Ortizは偽陽性の一つであった可能性も考えられる。」
「またOrtizは2004年以降の10数回の薬物検査を陰性でパスしてきた。」
Ortizの名前がその陽性リストにあったとしても,陽性でなかった可能性は十分に考えられる。
「その陽性リストが何であるかを誰もよく理解していないと思う。」

deep L 翻訳

 コミッショナーが薬物疑惑に対してここまで擁護をするのは非常に珍しいことだと思いますし,一見筋が通っているようにも思えます。
 しかし,「少なくとも10件の偽陽性があった」とされているものにOrtizが含まれていたと主張したのではなく,あくまで「104人の陽性者のうち,10人程度は陰性であったこと」を述べているに過ぎません。言ってしまえば人気選手の引退に際して,Manfredが希望的観測を語っただけのように思えます。

Rob Manfred

 また,「2004年以降の検査を全て陰性でパスしてきた」と述べていることは,いままでの禁止薬物の歴史を到底無視したものと言わざるを得ません。
BALCO社の「バルコ・スキャンダル」では,従来の検査では陽性反応が検出されないデザインドラッグ”Clear”や,薬物検査で検知できないように皮膚からクリームを塗ることで少量のテストステロンを接種していた”The Cream”の存在が露見。
 ホルモン治療に長けたAnthony Boschが主導した「バイオジェネシス・スキャンダル」においては,専門家の指導のもと,薬物の用法や接種タイミングを図ることでそれまでの薬物検査を陰性でパスしてきたことは周知の事実であります。Manfredの論法が通用するならば,Ortizがこれらの手法を用いた可能性も同様に否定できないといえます。

 そして必ず毎回触れていますが,2003年の検査において陽性であったことが発覚した4名のうち,A-RODとRamirezの2名は後年,別のタイミングで薬物使用・購入が明るみとなっているなど,決して無意味な検査とはいえないでしょう。(また,A-RODは2003年に陽性が検出されたことに対し,当時薬物使用を認めていることも特筆したい点)

 この複数の事実を見るからに,「2004年以降の検査をパスしてきた」「2003年の検査は無効である」と決定付けることは非常に困難であると思います。

◇ ◇ ◇

 では百歩譲って「2003年の検査を無効である」とした場合はどうなるでしょうか。もちろん,その後の検査で陰性であり続けたOrtizは全く問題無いでしょう。しかし今度議論の矛先が向けられるのは 同じく2003年の検査で陽性を検出したのみにも関わらず,全くといっていいほど殿堂入りのチャンスを与えられなかったSammy Sosaになることでしょう。

Sammy Sosa

 Sosaは通算9位となる609HRの他,1998-99年に渡ってMark McGwireと熾烈なホームラン王争いを演じたことは日本人にも馴染み深いかと思います。両年ともにMcGwireの後塵を拝す結果となったものの,前人未踏となるキャリア3度のシーズン60HR記録は今後も破られることはないと思います。

★Sammy Sosa
2354試合 打率.273(8813-2408)609HR 1667打点 234盗塁 929四球 出塁率.344 OPS.878 124wRC+ rWAR58.6

【受賞歴】
ナショナルリーグMVP×1回,本塁打王×2回,オールスター×7回,シルバースラッガー賞×6回

 これは個人的にですが,Ortizと比較すると安打数は同等,本塁打数はむしろSosaの方が上であることからも,個人Statsのみで考えれば同じくらい偉大な選手であると思っています。しかもSosaはキャリアの大半をDH制ではないナショナル・リーグのシカゴ・カブスで過ごしていました。反対にアメリカン・リーグに在籍していたOrtizは2408試合のうち84%となる2028試合をDHとして出場するなど,守備機会の観点からすれば圧倒的にSosaに分があります。
 ただこれも,Ortizの3度の優勝からすれば「Ortiz > Sosa」と歴史が評価しても異論はないです。
 しかし10回目の投票となる今年,Sosaが得たのは僅か18.5%となる73票のみ。彼らの間になんと234票もの差が生じているのです。この票数差に対して,再度優勝回数を持ち出すのであれば,3連覇含む5度の優勝を果たしながらも今回10.7%の得票に終わったAndy Pettitteだって立派なHall of famerに成り得るのではと思ってしまいます。(もちろん皮肉です)

Andy Pettitte

 これもひとえに,McGwireとSosaがいわゆる「ステロイド時代」の象徴としてスケープゴートに仕立てられているに過ぎません。Manfredが擁護した「2004年以降の検査をパスしてきた」という条件であればSosaもクリアしていますし,彼らの間に一体どんな違いがあるのでしょうか。私としてはOrtizを通すならSosaも通し,Sosaを通さないのであればOrtizを通さないという結果を望んでいました。結局Sosaは失格となり,疑問は拭えぬままに終結を迎えました。

※強いて言うならば,SosaはJose Cansecoの暴露本「禁断の肉体改造」などが発端となって2005年3月にアメリカ合衆国の下院公聴会へ召喚されている。しかしここにおいても禁止薬物の使用を全面否定していることからも,Ortizの立場と何ら変わらないことが分かる。

おまけ:Sammy Sosaのコルクバット事件

(2)Edgar Martinezの10年は一体

 禁止薬物を一切無視したとしても疑問は拭えません。シアトル・マリナーズのレジェンドとして君臨したEdgar Martinezの存在があるからです。彼はOrtizと同じくDHを主戦場として活躍した選手ですが,殿堂入りには最終年限となる10年を要しました。

★Edgar Martinez
2055試合 打率.312(7213-2247)309HR 1261打点 1283四球 出塁率.418 OPS.933 147wRC+ rWAR68.4

【受賞歴】
首位打者×2回,オールスター×7回,シルバースラッガー賞×5回

 彼もWS優勝の経験はありませんが,打率や出塁率,rWARで見てもOrtizを大きく上回っていることからも,殿堂入りに要した年数の違いが浮き彫りになります。
 しかもMartinezは自身の名前が最優秀指名打者賞に刻まれていることなどからDH専任のイメージもありますが,キャリアの29%を占める592試合で守備に就いています。(Ortizは16%)

Edgar Martinez

 確かに「Martinezも結果として殿堂入りを果たしたので問題ないのでは?」という意見もごもっともだと思います。ただ,一貫性のない投票傾向が権威あるアメリカ野球殿堂を左右している現状は見逃せない事実。これはLarry WalkerやTodd Heltonらに代表されるコロラド・ロッキーズ出身選手にも言えることで,一時の流行に囚われない正確性が今後強く求められるでしょう。

②二大巨頭Bonds,Clemensの失格

 Ortizの殿堂入りよりも注目されていたのはやはりBarry BondsとRoger Clemensの殿堂入りの可否についてでしょう。結果として,共に10年連続での75%以下が決定し,あえなくBBWAAを通しての殿堂入り資格を失いました。

★BondsとClemensの投票割合推移
      Bonds    Clemens
2013年   36.2%    37.6%
2014年   34.7%    35.4%
2015年   36.8%    37.5%
2016年   44.3%    45.2%
2017年   53.8%    54.1%
2018年   56.4%    57.3%
2019年   59.1%    59.5%
2020年   60.7%    61.0%
2021年   61.8%    61.6%
2022年   66.0%    65.2%

 両名ともに有資格初年度は30%台であったことからすれば,10年で倍近くまで数字を伸ばしたことで風潮や流行が少なからず変化したことが分かります。特に2016-2019年の間には15%も得票率を伸ばすなど,いずれは殿堂入りを果たすのではという意見も多く挙がりました。

 しかし2019-2021年は大きく伸び悩んだために,いわゆる最終年の「お布施」でも賄いきれず。彼らもMcGwire,Sosaと並ぶ「ステロイド時代」の象徴として様々な批判を浴びてきました。

(1)史上最高のオールラウンダー

 日本においても色んな意味で名高いBondsの実績は圧倒的。私見として,実績のみに焦点を当てるのならば比較対象になるのはRuthかMaysだけと思っています。

★Barry Bonds
2986試合 打率.298(9847-2935)762HR 1996打点 514盗塁 2558四球 出塁率.444 OPS1.051 173wRC+ rWAR162.7

【受賞歴】
ナショナルリーグMVP×7回,首位打者×2回,本塁打王×2回,オールスター×14回,ゴールドグラブ賞×8回,シルバースラッガー賞×12回

 ピッツバーグ・パイレーツとサンフランシスコ・ジャイアンツでキャリアを過ごしたBondsはMLB史上ただ1人の500HR 500盗塁を達成し,左翼手として歴代最多タイとなるゴールドグラブ賞8度受賞など屈指のオールラウンダーといっていいでしょう。通算・シーズンともに本塁打数では歴代1位。これだけ聞けば満票選出に相応しい選手と断言できますよね。
 しかしベテランとなった1999-2000年頃に体型が変化。それまでスリムなアスリートタイプであった体躯は,古典なホームランバッターを思わせるボディに。当時よりアナボリックステロイドの使用疑惑はありましたが,決定的となったのはやはり2003年のバルコ・スキャンダルといえます。

Barry Bonds

 このスキャンダルで同じく大スラッガーであったGary SheffieldJason Giambiらが”Clear”や”TheCream”の使用を認めた一方,Bondsは頑なに自ら進んでの使用を否定。あくまで当時のトレーナー(Greg Anderson)から関節炎に効くクリームや栄養補助の薬剤と説明を受けたために使用したというのです。
 この一件で大バッシングを受けたBondsの地位は失墜し,約20年経った今でも尾を引いています。特に,BALCO社のドーピングは当時の検査を掻い潜る特性を持っていたために,全米反ドーピング機関(USADA)への告発がなされていなければ歴史が大きく動いていたのではないでしょうか。(もちろん悪いほうに)

(2)唸る豪腕"Rocket"

 日本においては実績を置き去りにネットミームとして野球ファン以外にも名前が知られているClemens。もちろん投手としての通算成績は圧巻の一言で,数々の記録を有している大投手です。

★Roger Clemens
709登板 4916.2投球回 354勝 184敗 防御率3.12 4672奪三振 被打率.229 FIP3.09 rWAR139.2

【受賞歴】
アメリカンリーグMVP×1回,サイヤング賞×7回,最優秀防御率7回(内,投手三冠3回),オールスター×11回

 レッドソックス時代で数々の栄誉を手にしたのち,全盛期を過ぎたと思われた34歳シーズンにトロント・ブルージェイズで21勝7敗 防御率2.05 292奪三振の成績を残し投手三冠・サイヤング賞を受賞するなど大復活。その後もヤンキースやアストロズで目を見張るような活躍を続け,サイ・ヤング賞7回は歴代最多で奪三振数は歴代3位と,Bondsにも劣らない実績を有します。

Roger Clemens

 しかし彼もブルージェイズ移籍を契機にトレーナーのBrian McNameeよりヒト成長ホルモンなどの禁止薬物摂取を受けていたとされており,元アメリカ合衆国上院議員のGeorge J. MitchellがMLBからの勅令で禁止薬物の使用者の調査をまとめた報告書「ミッチェル・レポート」(2007年12月)において複数のアナボリックステロイドなどの投与を受けていたと記録されています。報告書にはMcNameeの証言を基に使用経緯が明確に記載されているなど,Clemensの禁止薬物使用はほぼ確実といっていいでしょう。

◇ ◇ ◇

 BondsとClemensの投票に関しては「禁止薬物を使用していたかどうか」は論点にならず,「禁止薬物のルールが設けられた2004年以前に薬物使用していた」という事実に焦点が当てられることがしばしばです。

 BondsがAndersonからの投薬を受けていたのは1999年からバルコスキャンダルまでの2003年とされており,禁止薬物のルールが明文化されたのは2004年となっています。Clemensも,1998年から2001年までMcNameeからの薬物摂取を受けていたと報告されており,どちらも同じく薬物を使用したとされるのが2004年以前となっています。(※ただしBondsは2007年に興奮剤(アンフェタミン)の陽性反応が出ていることも参考までに)
 つまり,両名はステロイドやヒト成長ホルモンが”禁止薬物と定められる前”に使用したにも関わらず,「違反者」として扱われている側面があります。私個人としては,ルール制定前にドーピングを使用した選手に対して,遡及した評価を下すことに関してはあまり思うところはありません。ましてや同じ状況下で殿堂入りを果たせなかったMcGwireという前例がある以上,そこに倣うのはなんら問題ない気がします。ただこれはMcGwireを失格にした前例自体に問題があるといわれればもっともで,今回の2人含めて時代選考で救われても良いのかなと思いました。(変な話ですが,彼らにとって「禁止薬物」は「禁止されていなかった薬物」なんですよね)
 また,これは余談ですが「BondsとClemensは薬物を使用する以前から殿堂入りレベルの活躍を見せていた!」と仰る方も見受けられます。ただ,彼らが一体いつから薬物使用を開始したのかを正確に知る術はどこにもないため,殿堂入りに推す理由としては乏しい印象を持っています。(ただ,そんなこと言い出したらBondsとClemensが2004年以降も薬物を使用していた可能性もあるわけで堂々巡りになってしまいますね。あんまり深く触れないほうがいいのかもしれません。)

 そしてそんな中,今日の結果についてとても参考になる角度から言及した記事があったので参考までに。

(一部抜粋)
2013年に候補資格を得て以来、不正薬物使用が議論されてきたバリー・ボンズ氏、ロジャー・クレメンス氏は落選。私は結局、一度も両者に投票していない。その理由を書いてみたい。(中略)
2番目の理由は、薬物使用選手は既に恩恵を受けている点だ。薬の助けを借りてパフォーマンスを高め、好成績を納め、タイトルを獲り、表彰され、大型契約を勝ち取ったと考えれば、殿堂入りは虫が良くないか。誘惑を断って正当にプレーした選手の正義はどうなるのか。更に、大リーグは過去に遡って記録やタイトルを剥奪しない。自転車界ではツール・ド・フランスのアームストロングの7連覇は無効となり、五輪のメダルは剥奪されたが、ボンズは依然、通算本塁打最多記録保持者であり、クレメンスはサイ・ヤング賞最多(7度)受賞者だ。通算762本塁打も345勝も参考記録になっていない。サイン盗み疑惑が発覚したアストロズは首脳陣が処分されたが、2017年ワールド・チャンピオンであり続ける。過去に遡及しないメジャーの方針が、やったもの勝ちの温床になる可能性もある。

フリーランススポーツライター・一村順子さんの記事より

 ここで名前が挙がったのがかつて取り上げたLance Armstrong。自転車界のレジェンドから一転,血液ドーピングの一種であるEPO(エリスロポエチン)ドーピングの使用が発覚してからは全ての栄誉が剥奪された男です。

Lance Armstrong

 それに対してBondsやClemensの記録はオンペーパーに残ったままであり,ここについてはMLBから遡及処分を下されていないことがわかります。これは恥ずかしながらあまり考えていなかった観点です。とても考えさせられました。(ただ,アストロズのサイン盗みはルール制定後の行為なので同列には語れないのかなとも・・)

おまけ:Bonds,Clemensの殿堂入り問題を打破する論法

③Schillingの思想は実績よりも重いのか

※これから記載する内容について,差別や偏見を助長する意図はないことだけ先に触れておきます。いかなるレイシズムも許容されるべきではありません。

 BondsやClemens,Sosaに隠れて10年連続での75%以下が決定となった大投手がCurt Schillingです。キャリア序盤はフィラデルフィア・フィリーズのエースとして台頭。アリゾナ・ダイヤモンドバックスではRandy Johnsonと共にWS制覇を経験。レッドソックス移籍後には「血染めのソックス」を纏いながらヤンキースに再び立ち塞がるなど,計3度の優勝を経験しました。

★Curt Schilling
569登板 3261.0投球回 216勝 146敗 防御率3.46 3116奪三振 被打率.243 FIP3.23 rWAR79.5

【受賞歴】
最多奪三振2回,最多勝利2回,オールスター×6回

 歴代15位となる奪三振数も去ることながら,通算rWARは歴代65位という数字。Pete Rose(79.6)>Schilling(79.5)>Joe DiMaggio(79.2)の順にランクインしていることからも彼の偉大さが伝わるはずです。ここからわかるように,彼が殿堂入りできないのは例のごとく実績が問題なのではありません。

Curt Schilling

 彼を失格たらしめたのは彼の差別的な思想・言動が一因です。ここでは深く触れませんが,右翼思想の傾向が見られたり,同性での結婚に反対するなど,極めて時代錯誤な発言を過去に行っています。何度も申し上げるとおり,私はこの思想や言動には全く同意しかねます。

 ただし,この思想や言動によってのみアメリカ野球殿堂入りが妨げられるとするならば私は反対の立場,すなわちSchillingは殿堂入りすべきという立場を取らせていただきます。

 第一に彼が野球選手として積み上げた実績と,彼の思想・言動に一体なんの関係があるのでしょうか。BondsやClemensには明らかに成績向上が見込まれる薬物への関与がありましたが,Schillingにはそれがありません。彼がMLBの舞台で長らく活躍できたのは膨大なトレーニング,キャリア後期の膨大なデータ分析,そしてそれを実戦に生かせるセンスがあってのことです。このような要因によって彼が積み上げたキャリアが,果たして思想・言動によって取り払われるべきなのでしょうか。

 もちろん,「MLBの影響力を考えた時,差別主義者の殿堂入りは多大な悪影響を及ぼす」というのは理解しています。しかしここでも第二の疑問が生まれます。それはMLB初代コミッショナーであるKenesaw Mountain Landisの存在です。彼は黎明期MLBの貢献者である反面,強烈な黒人差別主義者としても名を馳せており,実際に彼がコミッショナーの時代にはいわゆる「カラーライン」の撤廃や黒人選手のメジャー参入は全く進展しませんでした。

Kenesaw Mountain Landis

 そんなLandisは早々に「貢献者枠」にてアメリカ野球殿堂入りを果たしていますし,昨年大谷翔平選手が受賞したシーズンMVP賞にも”the Kenesaw Mountain Landis Memorial Baseball Award”という正式名称が冠されています。しかも,そのMVPを決めるのがBBWAAの投票というのは何かの冗談なのでしょうか。彼にはSchillingと異なり,自分の差別思想によって少なからずMLBの発展を遅らせたという負の実績があります。Schillingの殿堂入りが問題であるならば,Landisが今の栄誉ある地位に座っていることのほうが大きな問題のように思えます。

 それでもSchillingの思想・言動が殿堂入り不可に値するとして,今後も差別思想を有した選手は一生アメリカ野球殿堂入りを果たせないことになるのでしょうか。数年前,過去のSNS投稿にて差別的発言を行っていた現役選手が次々に炎上したことは記憶に新しいです。彼らは一様に「当時はまだ若く過ちを犯してしまった。反省している。」と述べたことで鎮火しましたが,今後彼らの過去の発言がSchilling同様に影響を及ぼすのでしょうか。私はそうとは思えません。Schillingと違い,彼らは反省と謝罪の弁を述べたからです。
 問題はそこではなく,今後の争点が「差別思想の有無」ではなく「差別思想から抜け出し,改心したか」に当てられそうなところにあります。つまり今後BBWAAの記者らは,選手投票のたびに差別思想を有していた人物が「反省し,改心したか」を勘案する必要があるということで,まともに考えたらこんな馬鹿らしいことが成り立つはずありません。

 以上の点から,Schillingの殿堂入りは妨げられるべきでないというスタンスです。

 実際には,記者の方々にも「Schillingに投票した場合,彼の思想を認めたことにもなってしまうのでは」と考えた方も多いでしょう。近年のBLMの流れもありましたし,現代社会において至極真っ当な考えと存じますし,賛同します。問題はその選択すらを記者に委ねている事だと思います。Schillingの思想・言動が与える影響がそんなに問題であるならば,記者ではなくしかるべき人が責任を持って彼から被投票権を取り上げるべきでしょう。恐らく批判する人は少ないと思いますし,実際Schillingがそれを望んでいました。

 最後に,引用元は伏せますが私が頭に刻んでいる,ある一節を紹介させてください。

「そもそも考えを揃えるための尺度となるような絶対的基準など存在しない。確かにその時代ごとに多数が支持する倫理はある,がそれはただの流行だ。しかし問題があって大衆はこの流行を真理と錯覚し,そこに正義を見いだしてしまう。そして悲しいかな,いつの時代もその正義は他者へと向いてしまうのだ。他者を揃えようとする行為は仮にそれが遂にたどり着いた究極の終着であったとしても,かつて行われた過ちと本質的には変わらない。」

 もちろん,差別思想や言動で他者に危害を加えるのは許容されるべきでありませんが,それを潮流や流行から判断して「正してやろう」という行為も,見方を変えれば差別に繋がる恐れがあります。自戒の念を込めて。

最後に

 今朝の殿堂入り投票結果を受けて急ピッチで書いたものなので粗はあれど,個人的な所見は全て落とし込むことができました。
今年の投票に関しては2019年に投稿した記事に始まり,常に取り上げてきた話題であり,記者の皆さんも今までで一番困難な投票だったのではないでしょうか。結果としてOrtizのみが殿堂入りを果たしたわけですが,Schillingのツイートにもあるように,落選した選手にスポットを当てるのではなく,当選した選手に賛辞を送ることがまず大事ですよね。偉大なBigPapiに祝福を。
あえて触れませんでしたが,A-RODが無事30%台で安心しました。
モチベーション上がるので,よければスキ!押してくれると嬉しいです😳

以下,関連noteです

いつもはニューヨーク・ヤンキース関連のnoteを書いています。こちらもよければ!

【2022/02/02 追記】
元シアトル・マリナーズのクローザーとして活躍した佐々木主浩氏が1月26日に日刊スポーツへ語った内容も非常に興味深いので参考までに。

(一部抜粋)
ボンズとクレメンスが殿堂入りしなかった。2人はメジャーで一時代を築いたスーパースターであり、今回の結果はとても厳しいという印象を抱いた。 マグワイアも含め、特にストライキ後、MLBの人気が落ちていた時代を盛り上げてくれた。技術の高いボンズとの対戦は楽しみだった。内角高めの直球をフェンス直撃二塁打にされたこともあったが、喜びを感じていた。そういう投手も多かったと思う。クレメンスと対戦した打者も同じだろう。 薬物使用疑惑が取り沙汰されるが、彼らが活躍していた時代は禁止ではなかった。それに、疑わしきは罰せず、ではないのか。私の現役時代、周りで何人も使用していた。尻に注射を打っているのを見たこともある。球速90マイル(145キロ)の投手が95~96マイル(153~154キロ)になった。禁止でなくても自分はやろうと思わなかったし、やっている選手をずるいと思ったこともない。寿命を縮めると言われていたし、命を削ってまでやるのかと感じていた。 薬物を使用しても、投手ならパワーがついて球は速くなるが、コントロールはつかない。使用しても、それだけで何十勝も挙げられない。A・ロッドは薬物使用で出場停止処分を受けたが、チームメートだったので練習への真摯な取り組みを間近で見ていた。彼らに対し、私はリスペクトを抱いている。誰が見てもスーパースターだった人には殿堂入りしてほしい。

【佐々木主浩】当時禁止ではなかった薬物使用 スーパースターに殿堂入りを

衝撃的なカミングアウトですよね。周りの選手が誰だったかよりも,佐々木の目からみても多くの選手が薬物を使用していたという認識があったことに少し驚きました。ボンズやクレメンスと同年代の選手らが彼らに同情のようなコメントを語る理由も頷けます。

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